ナイルに死す

上下巻の自伝を除けばクリスティの作品の中で最長作、そして個人的には最も好きな作品です。私はどうも、ミステリィでは長めの作品を好きになる傾向があるのですが、その原体験の一つとなったのが間違いなくこの作品でした。ちなみにもう一つが二階堂黎人著『人狼城の恐怖』だということは最早、言うまでもないことです。

以前は砂漠の埃っぽいのが嫌だ嫌だと散々口を零していたくせに[注1]今回は、とても楽しそうな探偵、エルキュール・ポアロ氏。ナイル川の優雅な遊覧、更には幸運なことに乗り物酔い[注2]もない様子でしたが、そこはそれ。クリスティの作品だけあって、一癖も二癖も三癖もある登場人物ばかりです。特に新婚夫婦を追い回す女ストーカ? との鬼気迫るやり取りは、前半の山場(修羅場)と呼んで良いでしょう。このような場面も含めて、ほぼ半分が人物紹介とそれに敷衍する事項によって進められていきます。

そして後半、とある一悶着が殺人に発展し、ようやくポアロが本格的に活動を開始します。ここから解決までは、前半に入れておいた予備知識も手伝って、もう飛びつくようにページを進めていきました。前半は些か冗長ではあるのですが、それが後半の展開において物語を印象付ける一種の起爆剤となっています。こういう物語の配置は毎度、巧いと思うと共に、この冗長さに魅入られてしまう故に、私はクリスティ作品の虜になったのだなと実感。よく考えると、仔細もらさず全作品読んでやろうと、一時期意気込んでこの方の作品だけ読むようになったきっかけの一つが、この作品だったのかもしれません。

解決編は――読了した後、非常に大きく思ったことが一つあったのですが、それについては語ること即ちネタバレとなるので、ここでは沈黙しておきましょう。ただ付記するならば、推理小説において、ここまではっきりと文章から殺人の情景を思い起こすことのできた作品というのも、珍しいのではないでしょうか。それほど分かり易い――それでも、私は真相を見抜けませんでしたが(汗

本格ミステリィや、そもそも小説自体がちょっとなあと思う方も、この作品ならすっと入っていけるのではないでしょうか。前半、少し苦しいのを除けばですけどね。

ちなみにこの作品については、運良く何人の方かとお話する機会があったという、そういう意味では非常に珍しい代物。基本的には、現実の人間関係においてもネット上においてもミステリィな話題のできる知人が少ないので結構、哀しかったりします。言い訳がましく言うのなら、私がこういう感想を書くのは、自分と同じ趣味を持つ人間と一人でも多く知り合いたいという、ちょっとした下心もあるからなのです。

[注1]『ポアロ登場』(早川ミステリ文庫)を参照の事。

[注2]『雲を掴む死』(早川ミステリ文庫)を参照の事。

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