アリスのための物語・覚書

目次

0. 序文

作品の解説なので初めまして、ということはないと思うんですけど、一応。初めましての人は初めまして、そうでない方はお久しぶりです。読んでくださった方、ありがとうございます。永遠の零細二次創作小説サークルを営む仮面の男と申します。

いつもはこのような文章は書かないのですが、今回は良くも悪くも文章量が膨大であること、引用物が多岐に渡り、かつそれがお話にも結びついてきたりするため、このようなまとめを作ってみました。本当ならばあとがきに書く内容かもしれませんが、最初に読んでしまう方が少なからずいると聞きますし、うっかり目に入れてしまい、少しでも先入観を持たれると悲しいことでもありますので、こうして後日Web掲載という形にさせていただきました。以降、適度なよしなしごとが少々、引用物を軸にして解説を少しばかり書いておくことにします。

もしそのようなものが苦手な方、関係のないという方、では本編を読んでからにしようというありがたきお方につきましては、この段階でブラウザの戻るボタンを押してくださるようお願いします。

1. 題名について

1.1. メインタイトルについて

このアリスのための物語ですが、元の後書きにも述べられている通り、長谷敏司氏の著作「あなたのための物語」のパロディタイトルとなっています。少しだけ「あなたの人生の物語」も意識していますが、メインは前者です。

名著ですし、是非とも読んで頂きたい作品でありますから詳しい内容は避けますが、この「あなたのための物語」には主に二つのことが書かれています。

  1. 栄光に満ちた女性研究者に訪れる死と、その道程
  2. 脳機能を拡張する情報チップ技術

もっともこの二つは独立している訳ではなく、密接に結びついています。後者の研究によって脳が徹底的に科学の光に照らされた結果、魂は否定され、神秘体験も含めてあらゆる思考現象は、ある言語で記述されることが実証されています。故に人は、特にチップの研究をしている人は神などの既成概念なしに死と立ち向かわなければなりません。肉体と脳しかないと証明された人間にとって、死は縁のない絶対的な恐怖であり、そのことが300ページ近くかけてがっつりと描写されます。

ピンと来た方もいるかもしれませんが、本作のアリスは魂のない肉体と思考器官のみの存在であると言及されています。題名はアリスのことを物語るという宣言であると同時に、またアリスがそういった存在であることも控えめに示唆しています。

現実の世界では当然かもしれませんが、東方は「魂の存在が日常的に言及される世界」です。ゆえにアリスはあの世界では異質であり、その異質性を意識しなければなりません。それだけでなく、己は唯一のものではなく、複製されうるもの、代替されうるものである(アリス自身はまがいものという言葉を使っています)という恐怖を抱いてもいます。アリスが後半、魔理沙に対して支離滅裂に近い愛情と憎しみを抱いたのは、それも理由の一つになります。

だからこそ、己が個であると自覚し、明確に行動し始める場面を物語のゴールに置いています。アリスという花が、自分を慈しんでくれる王子様の存在を知る、ということです。だから表紙が「星の王子さま」で、冒頭の引用にあの一文が来るのです。ただし最初はもう少し、大人向けの童話という雰囲気で行きたかったのですが、サン・テグジュペリの真似をするなど一昨日きやがれという調子であり、結局のところ概ね、いつものような調子の文章になりました。

1.2. サブタイトルについて

サブタイトルですが、これも本作の後書きで述べたとおりにカズオ・イシグロの著書から取っています。完全一人称になるのだから、一人称巧者である氏にあやかる気持ちが半分、もう半分は「信用のできない語り手」を使うという控えめな宣言です。イシグロ氏の作品には己の自覚なしに偽る主人公が多くを占めており、本作のアリスも踏襲して自覚のない偽りや勘違いを数多く示します。イシグロ作品ほど幻惑的でなく、もどかしくもないのですが、過ちを犯していることを気付かずひたすら突き進む様が表現できていれば良いなあとは思っています。

2. 内容について

本文についてはくどくどしく説明はしません。いちいち詳しく解説しても詮無きことであり、読者を縛る行為であり、時間がいくらあっても足りないからです。

構成が全四章+αからなる内容であることは、別所に書きました。これはタクティクスオウガの構成を強く意識しています。最初の構想では全五章になる予定でそういうことはあまり考えていなかったのですが、全四章になるのでそういうことにしました。後述しますが本文の中に使われているオウガネタと呼応させている形です。あの章題デザインはタクティクスオウガではなくてFFTじゃないの? と思われた方もいるかもしれませんが、英題も併せて載せたかったので……愛に全てを。

あと一つだけ特筆すべきことがあるとすれば、本作はR-18ではありません。直接的な描写があることは重々承知なのですが、そのために劣情を催すような描写(喘ぎ声を使わない、行為はできるだけ淡々と描写するなど)は極力避けました。読んでいて罪悪感ややるせなさのほうが募るように。具体的な例を述べると。ジョン・アーヴィングの「ホテル・ニューハンプシャー」の性行為場面をかなり意識しています。ただしこの判断が正しかったかどうかは、未だに悩んでいるところです。意図はともかく、直接的な性描写があるのならば、注意を喚起する一文はあって然るべきではないかと思っています。悩ましいですね。

3. 表紙と挿絵について

本作では表紙と裏表紙、そして挿絵三枚をフカヒレさんに依頼しました。

この方に依頼したのはたまたまWebサイトに掲載されていた、人形のように佇むアリスに心を打たれたからです。本作のアリスは色々な特徴がある関係で、相矛盾する要素を表す必要がありました。生物的であり、しかし別の角度からみれば非生物的でもある。女性として麗しく、かつ中性的な麗しさを併せ持つ。人工的なまでに美しいけれど、自然な可愛さも持っていなければなりません。私の目の前にその理想があるのを知ったとき、どれだけ興奮したかは筆舌に尽くしにくいものがあります。

閑話休題。

以下には各イラストについてごく控えめに述べておきます。

3.1. 表紙について

上でも述べたとおり、表紙は星の王子さまを強く意識しました。指定にも「星の王子さま風の星に座る二人」みたいな指定を入れたはずです。ここにいる大人のアリスと子供のアリスは、それぞれが願い求める楽園の姿を象徴しています。

大人のアリスが求める楽園のあり方は「誰にも煩わされず、悩まされず、妙なる孤独を抱き、あらゆる過去を投げ捨て、ただゆらゆらと時を貪る。思索すら止め、絶対零度の瞬きに身を任せれば、どんなに幸せなことか……」というものです。

子供のアリスが求める楽園のあり方は「想いの通じあう喜びと怖さ。すれ違うことの寂しさと悲しさ。綺麗なところを見られる嬉しさ。醜いところを見られる悔しさ。その全てをしっかりと受け止め、恥ずかしいこともできるだけ伝えていこう。わたしは鈍感で面倒臭がり屋だから、上手くできない時もあるかもしれないけれど、それすらも受け止めてくれるものたちがいると信じられるからきっと大丈夫だ。」というものです。

どちらにしろ楽園はその人の心の中にあり、どちらの楽園を求めますかということを、ひっそりと訴えているのでした。

3.2. 裏表紙について

アリスを囲んで魔理沙とメディスンが笑いかけるというほのぼのとした絵ですが、これは第四章でアリスが停止する直前に見た光景です。本作を読む前と読む後ではまるで趣が違う絵になるよう、文章によって切り替えを行うという試みを行ってみたのですが、上手く行ったかどうかは分かりません。あまり気付かれなかったのではないかと思われます。

3.3. 挿絵について

一枚目の挿絵は「アリスが魔理沙を平手打ちする場面」を切り取っています。ここに挿絵を入れたのは、魔理沙とアリスが知り合いとして以上の関係を抱きあうことになる明確な起点であることを、はっきりと示したかったからです。文章だけでもできるとは思いますが、絵のインパクトがあるとそれが強く補強されます。

二枚目の挿絵は「アリスとメディスンが敵対的に対峙する場面」を切り取っています。メディスンがきちんと治っていることを改めて示したいということ、アリスとメディスンの関係のクライマックスであるという点から、この場面を選びました。

三枚目の挿絵は「魔理沙がアリスの指を愛おしげに舐める場面」です。ここを選んだ理由について色々語るのは弁解がましくなるので怖ろしいのですけれど、二人の関係が共依存であることを強く匂わせるのに一番良いと感じたのがここでした。官能的な場面は他にいくらでもありましたが、先に述べた通り本作はR-18ではないので、そういった考えは最初からありませんでした。綺麗で、背徳的で、取り返しのつかない感じ。

以上です。特に執筆の後半では「この絵に負けない……のは無理だから、少しでも迫るように」という想いが強烈な求心力となってくれました。それほどに素敵なイラストであり、色々と冥利に尽きると今でも頻りに思います。

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挿絵の三枚、きちんと色をつけてからグレースケールにしてますよね。この塗り方であることを鑑みると、依頼が遅すぎたなあとしみじみ。後悔先に立たずなのですが。

4. 引用文について

本作では冒頭と各章ごとに、色々な話から引用しています。海外物でよくある作品装飾の手法であり、ほぼ毎回のように好んで使っています。この編を解説するのも一度やってみたかったので、今回こっそりと差し挟んでみました。

Prologue 世紀末の詩

世紀末の詩は野島伸司監督のドラマ作品です。私が恋愛ものを書くにおいて、最も参考にする作品の一つで、失脚した大学教授と元エリートサラリーマンが、職にもつかずにぶらぶらと、愛とは何かを延々と論じあう作品です。作者のユーモアセンスと愛に対する厳しく優しい視線が入り交じった、恋愛ドラマの傑作であるとわたしは考えています。

引用元の台詞は第八話「恋し森のくまさん」で使われたものであり、この話はある男が家族のクローンを作り、人形のように配置して、理想の家族を作り上げて幸せに暮らしているという、何とも薄ら寒い内容となっています。森の中に一人住み、人形だけを縁に暮らしてきたアリスの内情がどうなっていたかを暗示するとともに、アリスの正体(悪い魔法使いが自分の転成先として使うための有機人形)であることもうっすらと示しています。オープニングでここを引用しているのを見て、嫌な予感を覚えた方とは仲良くなれそうな気がします。

Chapter-1,Chapter-4 土くれと小石

ウイリアム・ブレイクの詩集に収められている一遍です。愛というものを二極的にとらえ、対照的に歌いあげたものです。前半は愛が他者への思いやりに溢れていることを、後半は愛が他者を用意に蔑ろにして壊し得ることを示しており、この話がどう転がるかの伏線の一つとなっています。この二つをわざと分割して配置したところに、作者のそこはかとない悪意を感じ取って頂ければ幸いです。ちなみに同様の趣向は「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」でも使われていたりするのでした。

Chapter2

この章では個人の言葉から引用します。まあ不思議の国のアリスや鏡の国のアリスを書いたキャロルらしい言葉であると思います。ちなみに作中で私は氏のことをロリコンと散々に書きましたが、現実のキャロルはロリコンではないという説が今では有力です。子供の写真を撮るというのも当時は問題視されるような趣味ではなく、割と当たり前に認められていたものであるらしいです。本人の名誉のために、ここは割と強く主張しておきますよ。

Chapter3. オズの魔法使い

ライマン・フランク・ボームによる超有名作品であり、特に言及する必要もないでしょう。考えること、誰かを想うこと、どちらも大事だとは思うのですが、ここではブレインで戦っても駄目だったアリスが、心でメディスンを説得したこと、過去において心に刻んだことが今のアリスの大事な一部になっていることを、そろりと示しています。ただし、メディスンの件を通して想うことの大切さを自覚したのが結果的に、Chapter4の転倒的な展開に繋がっていくわけで、ままなりません。

Epilogue ヴァンデミエールの翼

人形を書くとき、私が考えるのは常にこの作品です。誰かに依存すること、誰かに依存されることに依存すること、この二つから解き放たれたとき、依存者と被依存者はともに個として生きることができるようになる。そのような新しいアリスと魔理沙の関係が始まることをほんのりと暗示しています。それがハッピィなことであるかはまた別の問題ですし、それは各々の思う次第ということで。

5. 参考書籍

ある意味、ここがメインです。作中に示された書籍やネタについて、つらつらと述べていきます。直接に名前の出てきたもの、間接的に示されたもの、ひっそりと提示された物など、色々とあります。文学少女ほどではないのですが、引用された作品は本作の雰囲気を構築するのに使用しているので、あとで色々読んでみると楽しいかも知れません。

5.1. 直接的に提示された作品

5.1.1. 帽子収集狂事件 [ディクスン・カー/P38-L15]

主に密室の名手と呼ばれる著者による作品で、日本では江戸川乱歩が激賞したために、大きく取り扱われるようになりました。紅魔館の地下図書館には大量のミステリが蔵書してあるという伏線が必要であったため、この一冊を選びました。帽子が目立ち、収集癖のある魔理沙が読む本としては面白いと思ったからです。ちなみにマッドハッターは『不思議の国のアリス』の登場人物でもあります。今年公開された映画版ではジョニー・デップが演じていて、実に格好良かったです。

5.1.2. みにくいアヒルの仔 [ハンス・クリスチャン・アンデルセン/P111-L4]

これも特筆するべきがないほど有名な作品です。輝夜さんはこの話を引用することで、人間と妖怪の種族差、寿命の異なる相手に思い入れることから生まれる辛さについて、ごくささやかに釘を刺しています。表面的には辛辣でわがままにしか書かなかったのですが、根は優しく思いやりがあることを、この前後から感じ取ってもらえれば幸いです。ちなみにどちらがアヒルでどちらが白鳥かについてはノーコメントで。

5.1.3. メランコリイの妙薬 [レイ・ブラッドベリ/P186-L3]

異色作家短編集という、日本オリジナル短編集シリーズの一冊です。英題がMedicine for Melancholyで、花映塚をプレイしたときメディスン・メランコリーの名前を初めて見たときには、そのまんまではないかと画面にツッコミを入れたくなりました。ブラッドベリには「置き去りに去れゆく古き世界と、置き換わる新しい世界」というテーマで書かれている作品がいくつもあり、おそらく神主の幻想郷感に影響を与えているところがあると思われます。

5.1.4. ロンドン橋 [マザーグース全集/P197-L9]

子供の頃にこの詩を口ずさんだ人は多いのではないかと思います。おそらく日本で最も有名なマザーグースの一つです。子供向けの愉快な節回しですが、このロンドン橋は「人柱」にされた人のことを歌ったものであるという説もあり、メディスンがある意図をもって埋められた存在であることをほんのりと示唆しています。

ちなみに後半でアリスが同じ詩を歌いながらパチュリーをリョナする場面があるんですが、これもアリスが「墓に埋め続けられてきた存在」であることを示唆しています。単純に時計仕掛けのオレンジがやりたかったというのもあるのですが。雨に歌えばを歌いながら超暴力を振るう場面は初めて見たとき戦慄し、いつか使ってみたいなと思っていたのでした。

5.1.5. オズの魔法使い [ライマン・フランク・ボーム/P228-L13]

上で述べたためここでは省略します。オズの魔法使いは同作者による原作が他に13作あり、しかも別作者によるスピンオフなども書かれているそうです。ミュージカルとして異例のロングランを記録した作品でもありますが、私は観に行ったことがありません。いつかミュージカルの形で鑑賞してみたい作品です。

5.1.6. ピノッキオの冒険 [カルコ・コッローディ/P235-L1]

オズの魔法使いと同様、メディスンの在り方を計るためにアリスが聞かせた作品です。ディズニーや後の児童用にまろやかな味が加えられたものに比べ、原作は風刺色が強く、また主人公のピノッキオもわがまま放埒な、子供らしい子供として描かれていて、趣が随分と違います。興味があれば読んでみるのも良いかもしれません。

5.1.7. 不思議の国のアリス[ルイス・キャロル/P244-L15]

これ以前にも何度か言及されていますが、本という形で出てくるのは確かこのページが初めてのはずです。本作のエッセンスの一つであり、これを読んでいるのとそうでないのとでは、作品への移入度が大分変わってくると思います。ちなみにメディスンが述べたキャラの中で、グリフォンとドーマウスが誰かは言及していませんが、花瑛塚に出てきたキャラを横断すれば、検討はつくかと思います。ちなみに以前出したメディスンメインの作品である「対消滅の夜」と同じ配役だったりするので、既刊を読んでくださっている方は、少しくすりとできたかもしれません。

5.1.8. 星の王子さま [サン・デグジュペリ/P427-L5]

冒頭で引用されていることからも分かる通り、不思議の国のアリスと並んで本作の重要なエッセンスの一つとなっています。上述したのでここでは省略します。

5.1.9. 夜間飛行・人間の土地[サン・デグジュペリ/P427-L14]

この二作は星の王子様と同じ著者によって書かれました。前者は夜間郵便飛行を運営する硬質な男性による劇的な一夜と勝利の物語、後者は作者自身の体験を通して世界とは、人間の強さとは何かを、力強い筆致で描いたエッセイです。本作では魔理沙の愛読書の一つという位置づけにしてあります。ちなみに作者が飛行機乗りであるのは有名ですが、腕のほうはあまり良くなかったそうです。それ故の波瀾万丈や遭難がのちの名作に結びついたのですから、正に人間万事塞翁が馬と言わざるを得ません。

5.2. 間接的に示された作品

5.2.1. 二十五文字からなるあらゆる組み合わせの本が貯蔵された図書館

13ページ3行目より。ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『バベルの図書館』のことです。途方もない図書館の例として出しました。

5.2.2. 六人の首なし騎士の短剣の力によって《時間の因果を越えて書物を集める》最果てという名の図書館

13ページ4行目より。北山猛邦の『『瑠璃城』殺人事件』に出てくる図書館のことです。好きな作家の一人であるのと『『アリスミラー城』殺人事件』という題名の著書を書いていることから引用しました。アリス繋がりというやつです。これも途方のない図書館の例として出しました。

5.2.3. ドゥームズデイ・ブック

131ページ4行目より。魔理沙の祖母の魔理沙が、手製で作り上げた魔法・妖怪辞典です。作中では土地台帳という表現をしてますが、実際に意識しているのはコニー・ウィリスによる時間ものの傑作「ドゥームズデイ・ブック」のほうです。現代と過去を行き来する内容、過去に起きる悲劇とそれによって生まれる主人公の変遷、などの要素はこの作品を割合に意識しています。1200ページを越える大著なんですけど本当に面白い内容です。少なくともわたしは時間ものSFのベストと聞かれれば迷わずこの作品を答えるくらいには好きです。

5.2.4. メディスンをぐっすりさせるための物語

237ページ11行目より。この後に「第二のアッシャー邸」というくだりがあるところから分かった人もいるかもしれませんが、この本はレイ・ブラッドベリ「火星年代記」のことを指しています。ブラッドベリは叙情的な短編に名作が多く、その中でも最も優れた作品の一つと誉れ高い短編集です。

5.2.5. それにしては虎がどうの、不死がどうのと、物騒な感じがした

335ページ15行目より。CHAPTER-3の後半で大半の歌詞が隠されていた、魔理沙がアリスに聞かせた詩ですが、これはウイリアム・ブレイクの「虎よ! 虎よ!」です。同名の有名SFに使われていることもあって、SF好きの中では最も有名なブレイクの詩であるかもしれません。

虎の美しさと雄々しさ、またそれを創り上げた神に対する賛辞の内容であり、ここでは魔理沙がアリスに対する気持ちを間接的に打ち明けるために用いられています。金の髪に黒い心を持ち、荒々しく自分に襲いかかってきたアリスを虎に見立てたのです。後にも述べていますが、魔理沙の乙女性がここでは完全に暴露されています。

詩を読めば分かるとおり、その賛美は熱烈であり、この段階で魔理沙がアリスにどれだけ懸想しているかが、一目瞭然……とまでは言いませんが、かなりはっきりと伝わる内容です。だからこそ歌詞を全伏せしたんですが、アリス以外の感情や行動が伝わりにくい形式であるから、もう少し露骨に提示しても良かったかもしれません。

5.2.6. クリスティの著作

作中でも述べたように、クリスティの作品は毒殺が多いことで有名です。これは作者に看護師としての豊富な経験があるからとされています。どれくらい多いかというと、アリスを最後の凶行に走らせてしまうくらいに多いです。同時代の女性推理作家でも、ドロシー・セイヤーズはそこまで毒々しくはなかったんですけどね……ゆえに女性だからというのはあまり正しくないと思います。

5.2.7. 魔理沙がスケキヨーと変な呪文を唱えながら

438ページ13行より。このスケキヨとは横溝正史の書いた推理小説の傑作『犬神家の一族』に出てくる登場人物です。映画版で湖の真ん中に足だけ突き出して死んでいる映像を見て、トラウマになられた方は多いと思います。魔理沙が温泉の中で足とお尻を半分だけ突き出して湯船に浸かっている様を想像すると、何とも微笑ましい気持ちになりますね。直後の展開でぶち壊しになるのですが。

実はあの水死体、事件を彩る見立てを匠に表現しているのですが、映像化されると悉くその説明が省かれてしまい、少し勿体ないなと感じてしまいます。

6. オウガバトルシリーズ関連の引用

何人かは気づいた方もいるのですが、この話は色々とオウガバトルシリーズのネタを使っています。半ば混ぜてるというか、寧ろ一割くらいはオウガバトルシリーズの二次創作という気持ちで書いていたりします。このシリーズをプレイしているのとしていないのとでは、作品への移入度がかなり変わってくると思います。

以下に引用一覧を述べておきます。かなり引いてきているのが分かると思います。

6.1. 混沌の門(カオスゲート)

17ページ18行より。オウガシリーズに出てくる、地上と異界を繋ぐ門のことです。このゲートは神界や魔界とも繋がっており、主に作品ラスト付近でラスボス御登場のために開かれる場合が多いです。パチュリーはそういったものを割とほいほい開いて本を召喚しています。手練れですね。

6.2. ゼテギネア

オウガバトルサーガの舞台となる時代の呼称です。ちなみにサーガはおおよそ紀元前四〇〇〇年前頃の神話という設定があり、そこからアリスの実年齢が推定されます。本作でも数千年前に作られた存在であることは書かれていますが、より具体的な数値が分かるわけです。主が滅び、アリスは魔界神である神綺に見出されるまでの数千年を、ただひたすら孤独に過ごしてきたことになります。精神の同一性を保つ(コンピュータでいうスリープ状態みたいなもの)ため、最低限の機能を保ち、それでも孤独に耐えきれずに精神の自死とフォーマットを繰り返すこと百数十回、それから物心がつくまで千年以上、齢百年少しと告げたアリスの下には莫大な時間と暗黒が、残酷に横たわっています。

6.3. アルビレオの怪物

34ページ17行目より。アルビレオというのは、オウガバトルシリーズに出てくる悪い人形遣いのことです。主のラシュディに従って悪行を尽くし、おそらく第二次オウガバトルで滅ぼされる運命にあるはずです。アルビレオは人間の肉体を乗っ取っての転生を繰り返しており、朽ちぬ衰えぬ理想的な肉体を模索していました。そんな彼が理想的な転生のために作り出したのが、アルビレオの怪物と呼ばれる人形であり、その正体は本作で明らかにされた通りです。

6.4. アリスの使う魔法について

名前こそ出していませんが、Chapter-4でアリスが使う魔法は、オウガバトルシリーズに出てくる禁呪や竜言語魔法の名前を持たせています。発動順に、竜炎「アニヒレーション」、隕石「メテオストライク」、竜氷「ホワイトミュート」、竜雷「テンペスト」、禁呪「エアリアルクライ」、そして最後が禁呪「デッドスクリーム」となります。ちなみに「リーンカーネイション」も竜言語魔法の一つです。本作では転生の設定上、禁呪という扱いにしてありますが。

7. 後文

以上、アリスのための物語に関する簡潔な覚え書きでした。こういったものを長々と書くのは初めてであり、非常に手前味噌な気がしてならないのですが、一度くらいならやっても問題ないと信じたいものです。

あと、これは私的な覚え書きという意味合いが強く、もしかしたら知りたかったことが記されていないということもあるかもしれません。そのときはブログなりついったなりで質問頂ければ、多分回答できるのではないかと思います。どうして作者なのにそう自信がないのかと問われそうなのですが、作者でさえ完全に統御し切れていない部分が微かにあるからです。一パーセント未満ではあると思いますが……。

とまれ、この長い長い後書きのようなものを最後まで読んで頂き、ありがとうございます。その感謝を締めの言葉に替えさせて頂きます。

2010年8月23日 仮面の男