誕生日は嫌いだった


主な登場人物
相沢祐一(あいざわゆういち)…高校三年生。現在、両親の都合で母方の妹に当たる水瀬家に居候して
いる。
水瀬名雪(みなせなゆき)…高校三年生。祐一とは従兄妹である。寝起きが悪く、天然ボケで、無類の猫
好きにして猫アレルギーという、何やらとんでもない少女なのである。

Wed 22th December

「ねえ、祐一」

珍しく慌てた様子もない朝の登校中、不意に名雪が尋ねて来た。

「明日って何の日だか知ってる?」

「ああ、天皇誕生日だろ」

「祐一、それ本気で言ってる?」 名雪が責めるような目線で訊いて来る。

「ああ、他に何があるって言うんだ?」 そう言うと、名雪は途端に膨れ顔になる。

「祐一、嫌い」

名雪が不機嫌そうに歩いて行くのを見て、流石にちょっとからかい過ぎたかな……そう思った。そして早足で歩いて行く名雪の肩を捕まえると、

「冗談だって、名雪の誕生日だろ」

「あ、忘れてなかったんだ」 俺の言葉に、名雪はぱっと顔を輝かせた。

(そりゃ前からよく聞かされてたからな、名雪に)

心の中でそう思いながら、苦笑した。

「どうしたの、何かおかしかった?」 その様子を、名雪が不思議そうな表情で訊いて来る。

「いや、何にも」

そう言って手を振ると、頭の後ろで手を組んだ。地面には昨夜降った雪が、靴とこすれてしゃりしゃりと音を立てていた。空からは微かであるが、未だに雪が舞い落ちている。

「でも、もうすぐ一年になるんだね。祐一がこの町に来て」

名雪が感慨深げにそう言った。もうそんなに経つのか、道理で寒くなるわけだよな……そう思う。七年ぶりに訪れたこの町も、比べようもないほどに寒かったからだ。しかも待ち合わせの時間になっても誰もやって来ず、今の自分ほど惨めな奴はあまりいないんじゃないかと思っていた。

そして三時過ぎ、既に頭の雪を払うのも鬱陶しいと思っていた時、現れたのが隣にいる名雪だった。

「そうだな、それにそれから色々あったもんな」

そう色々……色に例えればどんなものなのかはわからないが、少なくとも雪のように白一色というわけではなかった。

「でもね、私は……祐一がわたしのことを好きだって言ってくれたことが一番嬉しかったよ。それに……祐一のことが好きでいられる自分も」

名雪は笑顔でそう言った。屈託のない、眩しい笑顔だった。

「お前、恥ずかしいこと言ってるよな」 

俺は少し呆れ口調で言った。そこには少し照れ隠しもあったのだが。

「えっ、そうかな……」

名雪は頬を少し染めながら、俯き加減に言う。

「まあ、俺も似たようなもんだけどな」

顔を背けるようにして、小さく呟く。それははたで見ると、まるで透明人間に話しかけているようだった。そのまま俺と名雪は、気恥ずかしさで黙り込んでしまった。

「と、ところでさ」 勿論、沈黙を破ったのは俺の方だった。

「次の日はクリスマスイブだろ。二日連続で祝いごとなんて、大変じゃないか。あ、それとも二つ一度に祝うとか」

「ううん、誕生日もクリスマスもちゃんと祝うよ」

その言葉に、名雪は笑顔で答える。

「そうなのか? じゃあプレゼントも二日連続で貰えるのか?」

「うーん、今は違うよ」

「今はってことは、昔は貰ってたのか」

「うん」 名雪は真面目な顔で頷く。

「けど、それはわたしの我侭だったんだよ」

「我侭?」 俺は思わず問い返した。

「うん。わたしって誕生日とクリスマスが重なってるからプレゼントも一つしか貰えなくて。普通は誕生日とクリスマスで別々にプレゼントを貰えるけど、わたしはそうじゃなかったから。それで、自分はクリスマスの前の日に生まれたから損をしてるんだって思ってた」

「でも、普通はそう思うんじゃないのか? 俺だってそう思うけどな」

しかしその言葉に、名雪は首を振った。

「うん、そうなんだけどね。それでね、小さい時お母さんに言ったの。わたし、誕生日が嫌いだって。そしたらお母さん、びっくりして。わたし、お母さんの驚く顔、その時初めて見たうような気がする」

「ふーん、それは俺も見てみたかったな」

秋子さんが驚く顔なんて、そう見られるもんじゃないからな……俺はそう心の中で付け加えた。

「でね、それからお母さんの帰りとかが遅くなって。わたしと会ってもいつも通りじゃなかったから。それでわたし、あんなこと言ったからお母さん、怒ったんじゃないかって。わたし、幼いながらも凄く心配だった。お母さんに嫌われるのは嫌だったけど、でも自分だって悪くないんだって思ってた。

そしたらその年は、誕生日にもクリスマスにもプレゼントをくれたの。そしてお母さん、こう言ったんだ。『プレゼントなら何とかしてあげられるけど、自分が生まれた日を嫌いだ、なんてことだけは言わないでね』って。わたし、その時、凄く感動したの」

「へえ、秋子さんらしい話だな」 俺は素直に感心した。

「それでわたし、思わず泣いちゃって。それでお母さん、笑顔で背中を擦ってくれたんだ」

名雪の言葉を想像して、俺は思わず微笑ましい気分になった。本当に仲の良い親子なんだな、と改めて思った。

「で、今は名雪、自分の誕生日、好きなのか?」

言うまでもない質問だった。名雪の誕生日に対するはしゃぎようからみても、そうなのは明白だったからだ。勿論、名雪は屈託のない笑顔で、

「うん、わたし、自分の誕生日、大好きだよ」

そう答えた。

「でも、二十歳を過ぎれば蝋燭の数が恨めしいって言うじゃないか。もっと年を取ったら、名雪もまた誕生日のこと、嫌いになるんじゃないのか?」

「うー、そんなことないもん」

俺がからかい半分で発した言葉に、少し考えてから名雪はそう答えた。と、名雪の目が悪戯っぽく光る。

「ねえ、祐一はわたしが誕生日なんて嫌い……なんて言ったらどうする?」

名雪は笑顔で訊いて来る、しかしその面持ちは真剣そのものだった。

(こりゃ、冗談言ったら怒られるかな)

そう思い、俺は頭を巡らす。

「そうだな……取りあえず、誕生日は盛大に祝いたいな。クリスマスはみんなが祝ってくれるけど、誕生日はそうじゃないからな。それに名雪が生まれた日なら、俺にだって特別な日だ」

言ってみて、ちょっと恥ずかしかった。

「じゃあクリスマスの方は?」

「うーん、イチゴサンデー二つくらいで許してくれないか?」

とてもじゃないが、生活費だけでぎりぎりの俺にプレゼントを二つなんて無理だ。すると名雪は、声をあげて笑い出した。

「あははは、祐一らしいね」

「俺らしいって、どういうことだよ」

だが、名雪は俺の言ったことには何も答えず、代わりにこう言った。

「さっきのは全部、冗談だから……」

そして、俺の方を向くとこう言った。

「でも、イチゴサンデーは食べに行こうね」

「おい、さっきのは全部冗談だって……」

だが、名雪は既に逃げるようにして走って行った。俺も慌てて追いかける。

雪はいつの間にかやんでいた。


後書 名雪のバースデイと言うことで急いで書いた作品です。製作時間、一時間半かな? まあこのネタ自身は前々から思いついてたものなんですが……。しかし時間が短い分、ちょっと粗い感じもします。

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