THE BOXに寄稿した作品の補遺について

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草枕文庫さんの秘封合同誌『THE BOX』にSSを寄稿したことは以前、ここでも紹介したと思います。

その中で現存する小説に関するネタを結構な数、盛り込んだのですが、補遺という形でこのトピックにて紹介しようと思います。ついでに難しめの物理学用語をちらほらと解説したりもしていきます。

ちなみに箱の一つに関するネタバレとなっているので、本を最後まで読んでからの閲覧を推奨します。

汝、その資格を持つものか。 (Y/N)

Yを選んだ人だけ進んでください。

 

 

 

 

 

 

 

 

1. 京都の冬はかつて死ぬほど… [076ページ 1行目]

天候管理システムというのはSFだとそんなに珍しいギミックではありませんが、まあ。ものが人工的なものに置き換えられるよう、天候もまた同じように置き換えられており、非合理的/情緒的な人間にとっては些か住み難い未来になっているのかもしれません。もっとも地球規模の気候改変は別の環境難を生む(例えば台風が来ないと日本は水不足になる、など)可能性があり、蝶の羽ばたきと呼ばれるほど複雑なのですが、敢えて実装されたのは、かつて20年ほど冬の来ない時期というのがありまして、同じ状況に陥ったときの研究をせざるを得なかったのです(若干手前味噌)。

2. 右目で資料の検索をしつつ… [076ページ 8~9行目]

電脳コイルに出てくるイマーゴを参考にしています。元ネタは脳波での操作なのですが、本作では視線の動きによるフリック入力ないしマウスジェスチャを実現しているという形です。人物の細かい動きを追跡し、それを入力として用いる高度なトラッキング・システムが実現した社会なのです。

3. PM(秘匿通信) [076ページ 9行目]
4. OM(公開通信) [076ページ 10行目]

それぞれPrivate Message、Open Messageの略。元ネタはヴァーナー・ヴィンジの著作「レインボーズ・エンド」で、この作品は電脳コイルと同じくARが日常レベルにまで広まった世界を描いたSFです。ちなみに2007年ヒューゴー章受賞作。この世界ではプライバシーを保つ設定にしていない情報は、基本的に全世界に向けて公開されます。公的、私的というものが割と曖昧なので、そのことをうっかり忘れるなんてこともあるのです。

5. WM(自己診断システム) [076ページ 13行目]

Watch Meの略。前述したAR関連の技術補助、並びに健康管理に使われるナノテク。元ネタは伊藤計劃の著作「ハーモニー」より。多分、ここの文章を読んでる人はほとんどが目を通していると思うのですが、健康主体社会となった近未来の陥穽とその行き着く先を描いた名著です。屍者の帝国は氏の同期/理解者である円城塔によって書き継がれているわけですが、やっぱり本人の書いた帝国を読んでみたかったです。

6. 対話に距離が関係する時代は終わったの [077ページ 8行目]

「どこにいるのかは問題ではありません。会いたいか、会いたくないか、それが距離を決めるのよ」という台詞を意識しています。すべてがFになるより真賀田四季女史の発言です。ここから始まるS&Mシリーズは紅魔郷を始めとして、東方キャラのアーキタイプがずらりと並んでもいるので、東方好きならば読んでみると楽しいことが色々分かります。

7. 十三歳での入学組なのに [079ページ 16行目]

この世界では大学院相当の過程を最短6年で終わらせることができます。ARやナノテクによる学習補助を最大限に受容する(今風に言うならば、試験問題を解くのにGoogleや知恵袋を使って良い、みたいな感覚)からです。もちろんそれで誰もが同じ知識を選べる訳でなく、遺伝子的な選別(この世界ではいわゆる障碍者はいません。過去に遺伝プールを洗浄したからです)はあってもやはり環境などの個人差が発生してしまいます。

6年で卒業できる優秀な人材は13歳組と呼ばれ、最低でも10年の研究期間を与えられ、社会的にも厚遇されます。何故ならば専門分野の研究、特に理系関連の功績や発見は10代、20代に集中しているからであり、最も頭が働く時期をフルで研究に使えるからです。即ち社会への有用性が高いということです。このように能力主義、成果主義は徹底しており、例えば二人の通っているK大には18歳で教授になった人物もいます。

8. 膜理論 [080ページ 1行目]

超ひも理論を包含する理論で、現在TOE候補の一つとされている理論です。先のページで出てくる超対称性粒子というのはこの膜理論(超ひも理論)が預言している粒子で、重力子とともに発見されれば理論を裏付ける証拠になるのではとされています。蓮子が探しているのは後に述べられますが、超対称性粒子の一つでフォティーノ(フォトンに対応する粒子)というものです。

9. エキゾチック物質の容易な取り扱い… [080ページ 3行目]

エキゾチック物質によるワームホール作成というのはスティーヴン・バクスターの「時間的無限大」からほぼまんま取っています。いわゆるハードSFと呼ばれるジャンルのしかも絶版本であるので、手に入りにくいとは思うのですが、ワームホールを巡る異星人との争いから始まり、時間についての驚くべき結論によって終わる、非常にスケールの大きな物語(法螺)が楽しめる内容です。バクスターの作品は特にジーリー・クロニクルと呼ばれるシリーズは巨視的、ユニークな視点で綴られているものが多いです。

10. 異性体との接触 [080ページ 6~7行目]

群体生命というテーマは多くのSF作品に出てくる、個体生命との対比に用いられるモチーフであると思います。幼年期の終り、惑星ソラリスといった名著に始まり、日本では近年、真なる他者として登場する機会が多くなっているように思います。本作ではその中でも00の劇場版に出てくるELSを主なモチーフにしています。個体生命と群体生命の対立と融和を二時間という枠で見事に描ききった第三種接近遭遇ものの佳作です(00のテレビ版を全話見ていることが前提となってしまうのですが……)

11. より高次元の知性体が残したであろう… [080ページ 17行目]

作品名はお楽しみのためここでは明かしませんが、グレッグ・イーガンの著作で仄めかされる事柄です。

12. 選択による世界線の分化実験 [082ページ 2行目]

世界線という単語はSFにちょくちょく出てきますが、ここで言う選択による分岐というのはジャック・ウィリアムスンの「航時軍団」の概念を指しています。要約すると歴史上の重大な選択肢の数だけ世界は分岐しているという考え方で、以降でメリーが語る内容もそれに即しています。ちなみに歴史上の重大な出来事が起きる地点(時間点)を「ジョンバール分岐点」といい、本作の題名の元ネタとなっています。

13. 発狂した宇宙 [083ページ 3行目]

フレドリック・ブラウンの同タイトルからの引用となります。この作品もまた平行世界ものと呼ばれるジャンルの佳品の一つです。

14. TOEは無数にあり、全ては等価なのよ [083ページ 3行目]

これも具体的な題名は明かしませんが(こっちは題名で分かるかなw)グレッグ・イーガンのある作品より取っています。

15. 人類の凋落について [084ページ~085ページ]

群体生命の描写は先の繁栄バージョンと同一なのですが、凋落する文明の描写はラリー・ニーヴンの「リングワールド」を参考にしています。恒星を巡る巨大リング状の物体上を冒険するという内容で、SFの醍醐味の一つである外連味というものを心の底から味わえる内容となっています。何故リングワールドなのかはうん……趣味です。

16. モルドールの炎の眼 [086ページ 15行目]

トールキンの「指輪物語」に出てくる冥王サウロンのことです。古代の戦いによって体を失ったサウロンは炎の眼の姿となり、全ての指輪を支配する一つの指輪奪還を虎視眈々と狙っていたのですが、勇敢なホビットと旅の仲間たち、何よりも彼の醜い半身のような存在によって、彼の野望は挫かれてしまったのでした。目出度し、目出度し。

言葉遊びですが、この世界の一端をこっそりと表していたりもします。

17. 仮想端末 [087ページ 14行目]

この世界ではもはや計算資源へのアクセスにハードウェアは必要ありません。特定の指示を与えればヴァーチャルなディスプレイとキィボードを喚びだし、適切な計算資源を扱うことができます。先に述べたAR技術の発展により可能となっているサービスです。

18. 最後に

この作品の題名は「ジョンバールの娘」ですが、扱われている多世界解釈はジョンバール分岐的なものではありません。もちろんエヴェレットによる量子力学的な解釈とも異なります。この作品の多世界解釈は同一世界、同一時間軸のままに成し得るものであり、それは作品構造そのものとして表現されています。「この作品における多世界解釈の理論とは何か?」というのが、本作の暗黙の問いになっているのでした。蛇足までに。

 

 

 

 

 

 

 

 

19. 最後の最後に

以上、ちょっと長めの……いや相当に長い舞台裏でした。以下、よしなしごとを。

本作は12ページの中に物語を収めるため、既存作品からの引用による描写の省略という手法、濃縮小説(J・G・バラードが提唱した手法、最近だと貴子潤一郎の眠り姫がその手法で書かれている)と呼ばれる小説技法、二つの圧縮を同時にかけるという手順を踏んでいます。表面上は蓮子とメリーの軽快なやり取りにほぼ終始しているため読みにくくはないと思うのですが、二つの解凍を同時に行いながら読まなければならないという行為を読者に求めるため、難しい/よく分からないと評価が多く見られたのだと思います。

今回の補遺は、そのうちの一つを解凍するという試みとなります。楽しんで頂けたなら(あるいは更に多くの疑問符を付けて頂いたなら)幸いです。

秘封に関しては書いてて楽しいものがあったので、機会があればまた書いてみたくはあります。おそらく本作に引けを取らない、へんてこな内容になるような気がします。夢はでっかく宇宙レベルで!(April Foolなのでこれくらいの法螺を言っても良いでしょう(どこまでが法螺かは内緒で

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