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夜半に俺を起した電話は、俺の意識を覚醒状態にまで追い遣るのにさほど時間を要さなかった。
受話器を静かに置くと、深い寂寥感に俺は縛り付けられた。

ついに来たか。

薄々感じ取っていることではあった。
カタストロフィーが近いことを。
俺は名雪に気を配ることなく、ドタドタと音を立てて身支度を済ませてしまうと、急ぎ足で病院へと向かった。

夕方から宵にかけて降った雪は、もう止んではいたものの踏み固められていないせいで、一歩踏み出すごとにスピードが削がれていく。
転げるように病院へと辿りついて、休む間も与えられないまま病室へと駆け上がった。

それから小一時間くらいだろうか。
美汐と話が出来たのは。
それが最後の会話だった。

美汐の母は健気にも俺を気遣い、却ってそれが痛々しかった。
何かを話した方が楽だと思ったのだろう。
美汐の母は吶々と美汐のことを語り始め、俺は抑揚だらけのイントネーションが目立つその言葉をじっと聴いていた。

……この結果は明らかだった。
美汐の母の話を聴いて俺は確信を強めた(かといってそこには虚しさしかなかったが)

美汐が数年前に発症した時も、原因不明の発熱に襲われたらしい。
医者は全くのお手上げ状態で、精々ブドウ糖を点滴するくらいしか能がなかったが、生理機能を無力化するような高熱を美汐の躯はぎりぎりのところで耐え凌いだ。

しかし、その代償としての傷痕はけして安いものではなかった。
美汐には記憶障害の症状が確認された。
そして人格にも変化のきざしが見て取れたと言う。

そのことが美汐が体験したというものみの丘の狐の話に直結しているのは疑うべきもなかった。

だがそれでもその後は再発する様子もなく、症状は順調に回復して無事退院した。
それから普通の少女として、あの日まで、駆けるような月日を過ごしていた…。
その日々に思いを馳せて、俺は今更喪失感を強く味わう羽目になった。

それが今夜、何かが罅(は)ぜ割れたような、降って湧いた高熱によって永遠に失われた。

そうだ。明らかだった。美汐自身が語っていたことではないか。
「二度目を越えることはない」と…!

「あの子、甘えん坊で……昔からこうやって頭を撫でてやると落ちつくんです」

その美汐の母の言葉が、美汐に捧げる追悼のレクイエムに思えてならなかった。
それはひどく頼り無げで、そのくせ耳孔にいつまでも残って離れようとはしなかった。

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俺は秋子さんがいなくなった日から初めて名雪を抱いた。
そしてこれが最後になるだろうという予感があった。

美汐の死から二日経って、今ごろ涙が滲み出てきて、恐らくそれは美汐のことだけではないのだろうと思った。

首筋に名雪の熱い吐息の流れを敏感に察知して、抑えこむように露になった双丘に顔を埋める。
こうしていないと不安で仕方ない。
人との温もりだけではなく、俺の全身が絶えず乾いていくようで、俺は脣を名雪のそれに押しつける。

挿入をせずに俺達は稚拙で激しい愛撫を執拗に続け、その途中で俺は二度果てていた。

白い背中が、薄い闇の中でぼぉっと光を放っているようで、俺はそれが目に入らないくらいに密着する。

たおやかな裸体からこらえるように、それでも漏れてしまう甘美な吐息と声とが俺の脳髄にうずたかく積もっていった。

透明な唾液がつっと糸を引いて乳房をデコレートする。
全身の愛撫は舌に任せてしまい、俺の手は気がつかぬうちに名雪の髪を弄んでいた。

さらさらとした手触りが心地いい。
弄るように髪の中を泳がせていたが、俺はいつか名雪の髪を三つ編みに編んでいた。

あの頃に戻ろう……。
真琴、あゆ……。
今、行くから……。
美汐お前も連れて行くよ…。
そして…………
      ………名雪………

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