私がそれと出会ったのは、高校二年の春だった。

心の欠片
〜Heart of Sword〜

高校一年は私にとって、変わり映えのしない一年だった。
或いはごく一時、佐祐理との日常を異質なものとして捉えていた時もある。
しかし、その時には既にそれも学校生活も日常の一部だった。
昼は生徒として、夜は魔を狩るものとして私は学校にいた。
それを変わり映えのないと思えるほど、私の日常は緩慢だった。

魔物を狩るためだけに剣の腕をあげ、
魔物を狩るためだけに体を鍛え、
魔物を狩るためだけに他のことを全て犠牲にしていた。
しかし、それは私にとって当然のことだった。
魔物は恐ろしい存在だと思っていたから。
私が戦わなければいけないという義務感を持っていた。

私がそれと出会ったのは、高校二年の春だった。
その時は春休みで、私は魔物と戦うためだけに学校へと通っていた。
春休みは宿題がないから手持ち無沙汰で、私は当てもなく色々な場所へ散歩に出かける。
と突然、私の目に古びた一軒の骨董屋が飛び込んで来た。

時代物の蓄音機やラジオ、無線機、電話機などが所狭しと並んでいた。
和紙に書かれた説明書きは達筆に、これらの機械がまだ動作することが示されていた。
歴史の教科書にも出てくるような古めかしいデザインに、私は思わず惹きつけられていた。
ガラス越しにそれらを眺めていると、奥の方に座っていた店主がこちらに歩いて来た。
見た所かなりの年で、髪も長く伸ばした顎鬚も黒い所を探す方が難しいくらいだった。
顔には幾つもの皺が刻まれており、年輪のようにその老人の年を顕わしていた。

「若いお嬢さん、この子たちがお気に召しましたかな?」

老人は柔らかな笑みを浮かべながら、話しかけてきた。
私が驚いたのは、年代物の機械たちを人間のように親しげと呼んだことだった。
そんなことを考えながらこくりと頷くと、老人は愉快そうに顎鬚を何度か擦った。

「ふむ、最近の若いものはこんなもの見向きもせんのじゃが……」
「……面白そうだったから」

それが私の素直な思いだった。
「成程……それでどの辺りが面白いと思う?」
老人が私に尋ねてくる。私は少し考えてから答えた。
「……おもちゃのような形をしているところ」
すると老人は、再び愉快そうに笑った。
私には、どの辺りがおかしいのかさっぱり分からなかった。

「そうじゃな、弄って面白いという点じゃ玩具と変わり映えしない」
老人はそう言いながら、一つのラジオに手を延ばす。
「これなぞ、音が出るようになるのに二年もかかったよ。
勿論、ずっとかかりっきりだった訳じゃない。
けど、他にすることもないからこつこつと修理しておったんじゃ」

それから電源プラグをコンセントに挿し込んだ。
耳障りなノイズが辺りに広がる。
老人が周波数を調整すると、やがて微かに声が聞こえて来た。
それは私でも聞き取るのがやっとのものだった。

「わしも最近は耳が遠くなっての」

老人は自らの耳にラジオを近づけ、漏れる音を必死に掴み取ろうとしていた。

「ふむ、今日は電波の調子が良いようじゃの。少し寒いからかな。
 電波というのは、気温が低いとよく届く……知っとるか?」
「……知ってる」

確か、科学の授業で教師がそう話していた筈だ。

「知っておるのか、最近の学生は博識じゃな」

老人は関心げに頷くと、再び顎鬚を撫でた。どうも老人の癖らしい。

「こいつは気紛れでな、わしの言うことをてんで聞いちゃくれない。
 偏屈爺さんの言うことなぞ聞いておれるかと、そっぽ向いてばかりじゃ。
 今日は晴れてるし、可愛いお嬢ちゃんもいるから機嫌が良いらしいな」

とても不思議な話だった。機械が人間によって機嫌を変えるなんて。
でも、今にも話しかけてきそうな機械類に囲まれていると、
それもまんざら嘘でない気がする。

「……今日は機嫌が良いのか」

そう呟きながら、もっとラジオに顔を近づける。
すると途端に、鼓膜を弾くような大音量が耳を突いた。
私は慌てて遠ざかると、耳鳴りのする左耳を強く塞いだ。

「それと言うのを忘れ取ったが、そいつは根っからの悪戯好きじゃ」

老人はその姿を見ると、再び大袈裟に笑い出す。
私は少し恥ずかしかった。

「……そういうことはもっと早く言って欲しい」

俯きながら、小さな声で抗議する。

「ふむ、そいつはうかつじゃったな……」

老人は、風がぴたりと止むように笑うのを止めた。
それから店内をぐるりと見渡す。

「と言っても、お詫びできるものなど何も無いしな……はて」

別に構わなかったのだが、老人の方はすっかり考え込んでしまった。
真剣に考えているようなので、私は邪魔せぬようにと視線を映す。
老人がやって見せたようにぐるりと店を見渡すと、様々な骨董品が
所狭しと並んでいるのが分かった。そこに、見慣れたものを発見する。

それは一振りの剣だった。
鞘は古めかしく、特に銘といったものも存在しない代物だ。
だが、私はその剣を手に取り、思わず刀身を曝していた。
刃には幾つもの零れがあり、切れ味の方は望めそうに無い。
しかし、それを超えた何かの力がこの剣からは感じられた。

刀を鞘に収めると同時に、空気が埃と共に静かな拡散を起こす。
その後は、何の力も放たない普通の刀となってしまった。
私は元あった場所に剣を収めると、老人の所へと戻る。

すると丁度妙案を思い付いたのか、老人は嬉々とした表情を取り戻していた。

「この中で、わしの宝ではないやつを一つだけ差し上げよう」
「……宝じゃないもの?」
「ああ、ここから……」

老人は機械類の置いてある棚に手を伸ばすと、そこから左側を円で囲んだ。
これだと、店にある品の90%は宝物ということになる。
これで商売は成り立っているのかと訝しみながらも、迷う事なくあの剣を手に取る。
剣は、丁度円からはみ出した部分にあったからだ。

「ほう……そういうものが好きなのか……もしかして剣道でもやっとるのか?」
「……今はやってない」

中学の頃、魔物退治の足しになればと僅かに嗜んだ程度だ。

「……けど、この剣は必要になると思う」
「ふむ……それは如何なる理由からじゃ?」

私は少し躊躇ったが、本当のことを話した。

「……魔物を倒すために使う」
「魔物? というと、御伽噺にでてくるような人間離れした存在のことか?」

私は小さく頷いた。すると老人は少しの間驚いていたが、
やがて真面目な顔でこう問い掛けて来た。

「成程……で、魔物というのはその剣があれば倒せるのか?」
「……分からない」

それは、或いは私の力と忍耐が相手を上回った時だろう。
だから、剣があるからといって勝てる勝負では無い。
そう答えると、老人は意味も無く溜息を付いた。

「相手のことも知らずに戦っておるのか? 何故、知ろうとしないんじゃ?」

相手のことを知る。それは、背後からの一撃の如く唐突な考えだった。
しかし、私はその考えを恐いと思った。だから……こう答える。

「……知りたくないから」

「……そうか、じゃあわしは何も言わん。だが、戦っている内に自然と相手のことは
 知れてくるかもしれん。その時、どうするつもりじゃ?」

「……分からない」

相手は魔物……敵なのだ。
そんなことを知った所で、意味はない……筈だ。

「答えを知るのは恐いかな?」
「……かもしれない」

「何故、恐いと思うのだ?」
「……それも、分からない」

「では、剣は必要なものなのかね?」
「……そう」

最後の答えに、老人は諦めにも似た表情を宿す。

「真実より剣を取るか……だが、忘れてはいけないぞ。その剣もまた、真実の一つなのだ」

そこで、風景は途絶えた。
不思議に思って辺りを見回すと、そこは私の部屋だった。

「……夢?」

しかし、それが真に夢でないことは手に当たる堅い感触から分かる。
それは、一振りの抜き身の剣だった。夢で見たものと同じの。
夢と違うのは、その剣に鞘が付いていないことだった。
それは、何を意味しているのだろうか?

「……真実より、剣か」

私は刀身を目を細めて眺める。その身に、僅かな私が映りこむ。
その分身に向かって、私は思わずこう問いかけていた。

「……貴方は真実を知っているの?」

しかし、剣は鈍い光と沈黙を以ってそれに答えたのみだった。

そして、今夜も私は魔物を狩りに出かける。
真実の欠片である、鋭く拙い刃と共に。

真の邂逅の時は、まだ遠い……。


あとがき

何故、バナナも切れない剣が魔物に効くのか?
ということを私なりに考えて、出来あがった話です。
さて、貴方が読んだ物語は現実だったのか? それとも夢だったのか?
そんなことを考えると、面白いかもしれません。

ちなみに、英題はTMRの「Heart of Sword〜夜明け前〜」より拝借しました。

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