誰もが傷付かない方法って、実は一番難しかったり。ない頭で必死に考えても、結局は浮かんで来なかったり。

 でも、例え答えはでなくても考えることには意味があるのだと思う。後になって、こうすれば良かったなと後悔することがなくなるのだから。

―一―

 いつもの電車を乗り、いつもの駅で降りる。駅員が一人しか常駐していない小さな場所だが、人の乗り降りは結構多い。特に、朝夕は学校帰りの電車通学者で結構

賑わっていたことを思い出す。

 まだ下校時間まではかなり時間がある。目指す高校が、以前に通っていた自分の高校と同じ時間割かは分からないとして、一時前と言えば大抵は昼食タイムの筈だ。

 この時間から校門を見張っていれば、目的の人物を発見できる可能性はかなり高い。必ずと断言しなかったのは、裏門から出る、標的が休み或いは早退、などの不意の理由が考えられるからだ。しかし、それなら何日でも張っていれば良い。

 勿論、見つけたからといってすぐには襲いかかったり詰め寄ったりしない。みさきを襲った奴らは絶対にすとぼけるだろうし、俺もそんな弁解を許す気はなかった。しばらくは奴らの行動を監視し、そして……一気に片をつけよう。

 今の世の中、銃だろうとボウガンだろうと金を出せば手に入る。本当なら、みさきとの旅行にと貯めていた軍資金だが、それも叶いそうにないのだから惜しむ必要はない。

 黒く沸き立つ凶暴な衝動を抑えることなく、俺は駅の周りを見渡した。どいつもこいつも標的に見えてしまうが、よく見ると体調が悪かったり授業が面倒臭かったりして授業をふけたであろう単独行動の生徒が殆どだった。それに、誰も手に怪我など負ってない。

 手の怪我……みさきの母親からより詳しい話を聞いた時、唯一犯人の手掛かりになりそうなものがそれだった。ただの切り傷や擦り傷なら傷テープを軽く巻いているだけで、決定的な証拠にはならないだろう。

 しかし、手を思いきり噛まれたならくっきりと歯型が残る。よって、もっと大きなガーゼか包帯を巻いてる可能性が高い。流石に歯型を世間に曝すのは厚顔無知な犯罪者としても防ぎたい……いや、犯罪者だから余計にそうなのだ。

 そして、複数で行動しているなら可能性は尚高い。本当なら包帯という目印も充分ではないが、複数いるなら全てを当たるのみだ。もっとも、傷もやがては癒えてしまう。体の傷は、心の傷と違って簡単に消えてしまう。だから、できるだけ急がなければならない。

 大学も無断で休み――もっとも、休みますなんて連絡を律儀にいれる学生なんていないが――今日のバイトもおそらくふけるだろう。何日かもすれば、叱咤の電話がかかるに違いない。が、その時にはもう真っ当に太陽を拝めない体になっている筈だ。

 血に塗れた手、最早愛する人に触れることもままならないだろうな。

 願わくば、もう一度だけこの無骨な手にみさきの手を重ねてその感触を確かめたかった。

 が、それは叶わぬことだ。

 自らに残る少しの未練を振り払うと、一歩一歩、暗闇を噛みしめるようにして進んだ。空には、そんな俺を嘲るかのように初夏の眩しい太陽が照り付けている。まるで、この太陽の元では犯行を起こさせないと言ってるみたいに。

 だが、白昼にも悪魔は潜むものなのだ。現に、みさきを襲った奴らがそうだった。太陽の浄化作用なんて、心を布団に付着する黴菌と混同した愚か者の戯言にしか過ぎない。俺は太陽を見上げると、己の中に潜む魔性を再確認した。

 それから十分ほど歩いただろうか、例の高校は呆気ないほど簡単に見つかった。学校なんて、特に中学や高校なんてどこも大して変わり映えはない。鉄筋コンクリートの建物に、ただっ広い運動場、談笑を交わす人の流れ。正面に取り付けられた時計は、一時丁度を示している。

「さてと……」俺はなるべく不審に思われぬよう、学校に入ってすぐの木立に隠れた。逆に、校門の前をうろうろしていると目立ってしょうがない。

 無駄に生えた緑が、かえって好都合だ。太陽の光を避けるようにして陣取ると、任務を全うする軍人のように正視して校門の方をただいじっとみていた。チャイムが鐘を鳴らす度に、刻限はどんどんと狭まっていく。そして、何度目かのチャイムがなった頃だった……途端、学校全体が騒がしい雰囲気を醸し出し始めた。

 どうやら放課後らしいな……活気に満ちゆく学園を横目に、俺は軽く目を狭めた。包帯の跡どころか、黒子の場所だって見逃すものかという気概で次々と現れる学園の生徒たちを吟味していく。こいつでもない、こいつでもない、こいつは怪我しているが足だ……。

 十分ほど経ち、学生の出もようやくまばらになってきた頃だった。男子学生の三人組が、下駄箱からこちらへとゆっくり歩いてくる。制服のせいで個性は分からないが、眼鏡をかけた明るそうな男が両端に友人を伴っている、そんな至って普通の男子高校生だ……そう、普通の人が見れば。

 しかし、俺は右手に巻かれた包帯をしっかりと目に焼きつけていた。

 やっと見つけた……相手が本当に自分の狙う人間なのかと考える暇もなく、足は動き出していた。

 他愛もないドラマやゲームの会話、時折もれる笑い声、その様子に罪の意識は微塵も感じられない。もしかしたら、彼らは違うのではという思いが段々ともたげてくる。

 犯罪を犯した人間が、その翌日に脅えもせず談笑できるなんて生理的に信じられなかったから。もっと何かに恐れたような表情を見せるんじゃないか……。

 そんなことを考えているうち、三人組は例の公園へと入っていった。みさきが襲われたと言っていた、あの公園の中に……。遮蔽物が多い森林公園は、追跡者にとっては本当に好都合だ。昨日の犯人も、こうやって相手をせせら笑いながら後をつけていたんだろう。

 と、楽しい話題に興じていた筈の学生の一人が不安げに包帯を巻いた男子に問いかけた。

「なあ……ここって昨日、俺らがあの女を襲った場所だろ? うろついてて大丈夫か?」

 突然現れた、確信をつく言葉。

 やはりこいつらだったのだ、みさきを襲ったのは。

 爆発的な怒りを辛うじて抑えると、俺は足を留めた三人組の会話に耳を注目させた。冷笑的な様子を見せて答えを返したのは、例の包帯の男子生徒だった。

「ばあぁか、俺らは毎日ここを通って帰ってるんだろ。それが、いきなり別の道で帰るようになってみろ、俺らが犯人だって、言ってるようなもんじゃないか。それに、あの女は目が見えないんだから証言能力ないって。側にいた男には面割れてないし、気にするなって」

 包帯を巻いた眼鏡の学生は、不安げな友人の肩を二、三度叩くと両腕を頭に組んで再び歩き始めた。

「それにしても惜しかったよな。彼女、相当の美人だったのに」

 今まで口を噤んでいた三人目の男が、好色そうな笑みを浮かべる。眼光が鋭く、どちらかというと人を上から見下すようなタイプに見えた。対して、包帯男は巻かれた手を擦りながら渋い顔を作る。

「ったく……大人しそうな顔してると思ったら、いきなり噛み付くんだからな。今度はもうちょっと、御しやすいのを選べよ。しっかりと尽くしてくれそうな、気弱で簡単にヤれそうな奴を」

「贅沢だなあ……だったらさあ、もう一回襲っちゃえば。今度はこっちのこと恐れてる訳だし、簡単に言うこと聞くぜ」

「あっ、それナイスアイデアだな」

 耳を塞ぎたくなるような、悪魔の会話。それを、あいつ等は嬉々として話していた。まるで先程までの雑話と同じレベルで撒き散らしていた。罪悪感などなく、犯した罪などなかったかのように、次の犯罪まで示唆する悪意。

 刹那、俺は胸糞悪い会話を続けている三人の前に飛び出した。

 さて、その時の俺がどんな表情をしていたのだろうか……それは俺には分からない。だが、三人が三人とも奇妙な表情を浮かべていた。

 もう、今日は追跡だけとかそんな感情は吹き飛んでしまっていた。酷い目にあわせてやるとかそんな感情も関係なくて。

 目の前の相手がとにかく憎くて……。

 無意識に振り上げた拳は、包帯男の顔面を直撃していた。蛙のような呻き声をあげてよろける相手に向けて、同じところをもう一度殴り付けた。どろりと拳に滲む感触が、少し不快だった。

 あと二人。

「な、ななんだいきなり……」

 次に狙ったのは、震え声をあげた奴だった。鬱陶しいので、鼻に拳を叩き込んでやる。同じように、無様な声をあげて転げ回る姿には何の感慨も生まれない。

 あと一人。

 しかし、俺の攻撃はそこまでだった。右頬に鈍い痛みが走り、俺は地べたへと転がり落ちてしまう。

 残る一人が硬直から立ち直り、我武者羅に放った一撃がが直撃したのだ。痺れるような感触を堪えて立ち上がろうとしたが、うまくヒットしたらしく世界が歪んで立ち上がることができない。

 ようやく正常の意識を回復した時には、既に三人は俺を取り囲んでいた。

「くそっ、何なんだよこいつ……」

 手に加えて、顔に二つ傷を増やした包帯男が憎々しげにこちらを眺めている。

「畜生……ぶっ殺してやる」

 別方向から、そんな声が聞こえる。そして、俺が判別できたのはそこまでだった。刹那、飛んできた蹴りの嵐に耐えるため、耳を塞いで無様に閉じ篭る亀のポーズを取らざるを得なかったからだ。

 鈍い痛みが走る度、頭の中が真っ白になっていく。くそっ、もう少しで皆ボコボコにしてやれたのに無様だ。もうちょっと気をつかえば良かった、でもあんなことを大声で話しているのを聞きながら黙っていられるほど俺は人間ができてない。

 結局、計画的とかそんな性質とは無縁なんだなあ。仇が取れないのはとても悔しい、せめてこいつらが次の犯罪を起こすことはやめさせられないだろうか……ああ、痛いなあ。

 意識が薄れる……俺、死ぬのかなあ。

 死んだら、みんな悲しんでくれるのかな。みさき……きっと、泣くだろうな。

 みさきにもう一度会いたい。

 それが駄目なら、せめて声だけでも……。

 もう……何も考えられない……。

―2―

「川名さん、調子はどうですか?」

 何も考えず、心を空白にすることで埋めてきた時間を溶かすような看護婦さんの言葉。

「ええ、調子は悪くないです」

 確かに、調子は悪くない。擦り傷や痣も大して痛まないし、みんな親切だ。けど、心のどこかで一線をひいている自分を感じる。食欲だって全然ない。

 中くらいのサイズのお茶碗にご飯一杯の量でさえ、胸に痞えて通っていかないのだ。

 お父さんもお母さんもああ言ってくれたけど、駄目かもしれないって思う。もう、光の当たる場所を堂々と歩くことができないんじゃないかって。

 でも、それより辛いのは……。

 その先に至ろうとする思考が、不意に聞こえた足音によって掻き消される。

 廊下を早足で駆ける音……誰だろう? ひどく慌ててるようだけど。

「みさきっ!」

 怒声のような第一声に、思わず体を竦ませる私。けど、次にはその声がお母さんの声だと理解できた。息を切らせて、何度も苦しそうに呼吸している。

「お母さん、どうしたのそんなに慌てて。何か……あったの?」

 いつまでも話を始めないお母さんに、私は表向き冷静に問いかけた。でも、心は早鐘を打つようにどんどんと興奮を強めてきている。

 何か、また悪いことがあったのかな……。

 そんな私の予感は、最悪の現実によって証明された。

「それが……みさきの着替えを取りに戻ろうと玄関ロビーまで戻ったら、急患が運び込まれて来たの。その急患が……浩平くんだったの。全身傷だらけの姿で……」

「浩平が? 全身傷だらけで? どうして? なんでそんなことになったの」

「分からないの、私も治療室に運ばれてくのを見ただけだから。でも、あれは間違いなく浩平くんだった……」

 そんな……何で浩平がそんな目に会わないといけないの?

「兎に角、私はこれから確認にいってくるから。みさきはそこで待ってなさい、良いわね」

お母さんの言葉に、私はやっと小さく頷くことができた。でも、心の中は浩平の安否のことで一杯だった。混乱する頭で考えるのは、浩平がどうか無事でありますようにってことだけだった。その祈りがどれくらい続いただろうか……お母さんは再び病室に現れた。

「みさき、浩平くんの意識が戻ったわよ」

 その第一声に、私はほっと溜息を一つ吐いた。

「それで、浩平の様子はどうなの? 傷だらけって言ってたけど、大丈夫なの?」

「ええ。打ち身の跡が全身にあったけど、骨折とか内臓破裂とかそういう危険な症状はないって。気を失ってたのは、ちょっとしたショック状態みたい。だから、治療して今日一日入院すれば退院できるそうよ。でも……」

 お母さんから聞く限り、浩平の傷はそんなにひどくないみたいだった。けど、何故か言葉の端に困惑の様子が見られた。傷は深くない筈なのに、どこか良くない事情を隠してるみたいな……。

「でも……どうしたの、お母さん」

「ええ。医師の方が言うには、浩平くんが倒れていたのって昨日みさきが襲われた公園と同じ場所らしいの。それに、何だか一方的に殴られてたって喧嘩を止めた通り掛かりの人が話してたのよ。だから……もしかしたら……」

 そこで、再び言葉を詰まらせるお母さん。でも、言いたいことは大体分かる。私だって馬鹿じゃないから。

「つまり、浩平が私を襲った人たちのことを調べるか……或いは、危害を加えようとしていたところを逆に暴力を受けて担ぎ込まれたってこと?」

「……そうらしいの。よく考えれば浩平くん、執拗に事件のことを聞いてたし、そういう兆候があるのを

こちらで気付くべきだったのかもしれない……」

 お母さんは、後悔と悲しみの入り混じった声を病室に響かせた。

 私は……とっても奇妙な感情を抱いてた。浩平が私のせいでひどい目にあってしまったという罪悪感と、私のために頑張ってくれたんだなっていう感謝の気持ちと。どちらも確実に胸の中にあって、だから自分は結構、嫌な人間なのかなって思ったりもした。

 けど、それよりも何よりも……今は浩平に会いたかった。

 私は布団をはねあげると、震える足でゆっくりと立ち上がる。

「お母さん……浩平はどこなの? 浩平のところに連れてって……」

「みさき? うん……そうね。でも、どうやって……そうだわ、ちょっと待っててね」

 お母さんは独り言を呟くと、急いで病室を出ていく。それからすぐに、車輪の音と共に帰って来た。

「ほら、車椅子を借りてきたから。これなら、直接触らなくても案内できるでしょ」

「うん……ありがとう、お母さん」

 私は心からの感謝の言葉を述べると、ゆっくり車椅子に腰掛けた。軋む車椅子の音と、少しばかりの恐怖を抱きながら、私は浩平のいる所に早く辿り着くようにって祈った。

 エレベータで一階まで下り、それから長い廊下を車椅子で進む。その動きが徐々に緩慢となり、止まったところでお母さんが声をかけた。

「ここよみさき、浩平くんがいるのは」

 そして、ゆっくりとドアを押し開ける音が聞こえた。中に入ると、重たい沈黙から解放されたように戸惑いの声が聞こえてくる。

「……みさき?」

 それは、間違いなく浩平の声だった。

「良かった、本当に元気だったんだね。良かった……ひどい目にあったって言うから……私には分からないけど、心配したんだよ。凄く心配したんだよ」

 昨日から、私は何度涙を流しただろうか。絶望のため、悔しさのため……でも、今回は安らぎのために流された涙だった。

「ごめん……でも、みさきがひどい目にあったって聞いて自分が抑えられなくてさ。何が何でも俺が犯人を突き止めて……」

 浩平は気まずそうに言葉を伏せると、しかしきっぱりと言葉を続けたのだ。

「みさきが受けた以上の苦しみを相手にも味合わせてやる……殺してやるって、ね。でも、結局は鼻っ柱を殴るのが精一杯だったよ。情けないよな、俺って……ははは」

 力ない笑いを浮かべる浩平。でも、私は……その言葉にどう返して良いか分からなかった。浩平は、私を苦しめた人をひどい目に合わせたら全てが解決するって思ってる。私の心も救われるって思ってる。でも……私はそんなことして欲しくなかった。

 浩平の明るい未来を、私のせいで壊すなんて……あってはいけないことだから。

「駄目だよ、浩平……」

 私は嗚咽で上手く出ない声を必死に振り絞った。

「浩平はね、光の中を堂々と歩ける人なんだよ。私のせいで、人をひどく憎んだり殺そうとするような、そんな暗い思いを持ったらいけないの」

「でも、みさきはそんなひどい目に……」

 私は弁解めいた浩平の口調を咄嗟に遮った。

「ううん、別にそのことはもう余り気にならないよ。実際には何もやられなかった訳だし……傷はまだ、少し痛むんだけどね」

 それはどちらの痛みなのかな……。

「でも……でも、本当に大丈夫なのか。ひどい目にあって、何も気にならないのか? だったら、手が軽く触れるだけであんなに取り乱したりしないだろ」

「そうだね、うん……そうなんだろうね」

 大丈夫だって言ったけど、でも浩平の言葉も確かに正しい。何故、私は他人に触れられることを

 恐れてるんだろう。愛する人の手すら、拒んでしまうのだろう。それは何度か考えたことだったが、今の浩平との会話でようやく分かったような気がした。

「浩平のさっきの言葉で、一つだけ分かったよ。何で、こんなに恐いのかって。私、世界ってもっと綺麗なものだと信じてた。最初は分かってくれなくても、ちゃんと説明すれば分かってくれる……分かってくれなくても認めてくれるって思ってた。でも、世の中には問答無用で危害を加えようと、私のような人間を傷付けようって思ってる人がいるんだって。それが……悲しいのかな?」

 今までの私なら、無条件で外からの接触を受け入れてきた。けど、今はそれができない。だから、全ての手を拒んでしまう。そうすれば、良いものにも触れないけど、悪いものにも触らないから。私が接触を嫌がる理由って、そうなのかもしれない……。

「じゃあ、みさきが信じてた世界を取り戻すことができたら良いんだな……」

 長い沈黙の後、浩平がぼそりと呟いた言葉。

「浩平……それってどういう意味? それって……」

 人を殺そうとまで考えてた浩平のことだ。もしかしたら、もっと恐ろしいことを考えてるんじゃないかって不安になった。けど、そんなことを微塵も感じさせない、優しくそして決意を秘めた口調で言った。

「大丈夫、もう無茶なことはしないって。それに、俺がやろうとしてたことはみさきのためっていうんじゃなくて単なる八つ当たりに過ぎないって分かったから。俺がやらなくちゃいけないのはそう、もっと別のことなんだと思う。単なる自己完結的な復讐じゃなくて……」

 浩平は、言葉を迷ったのだろうか? 少し間を置いてから、こう繋いだ。

「みさきは体を労わってゆっくり休んでれば良いから」

 励ましは嬉しかったけど、浩平が何をしようと考えているのか……それを考えるとやっぱり少し不安だった。

「本当? 本当に危険なことじゃないの? だったら、私に話してくれても良いんじゃないの?」

「ごめん、今は言えないんだ。けど、絶対に危険なことじゃない。とても難しいことだけど、危険じゃないから。だから……安心して」

 浩平はそう言ったけど、私はそれじゃ納得できない。でも、何度聞いてもお茶を濁すだけで、何も詳しいことは答えてくれなかった。

 治療室を出ると、私は不安に思っていることをお母さんにぶつけてみた。

「ねえ、浩平は何をしようとしてるのかな?」

「さあ……彼の考えてることは私にもよく分からないわね。けど、危険な感じはしなかったから大丈夫だと思う。私は未来のみさきのお婿さんを信じるから」

「お、お母さん……そうだね、浩平は真剣な部分では私に嘘はつかないから」

 取り乱す自分を感じながら、私は精一杯の冷静と信頼をもって答えた。だから、大丈夫なのだと思う部分があるけれど、やっぱり浩平がどんなことを考えてるか不安なところもある。

 そして、結局は待つしかないという事実をもどかしく思った。

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