まこぴー事件 問題編

 

「う、ううっ……」

祐一は鉛のように重たい頭をけだるく振ると、
シャッタのように固い瞼をこじ開けた。
居間……らしき部屋(というのも、そこは一升瓶やコップや人間が転がっていたから)
を見回す。祐一は何故か、椅子とテーブルの隙間に挟まって眠っていたようだ。

祐一の隣には椅子寝をしている水瀬秋子の姿もある。
そして、祐一の上に乗っていたため、起きた反動で吹き飛ばされて、
向こうでうぐぅと言っているのが月宮あゆ。
ちなみに疾しいことは何もなかった……筈だ。

「うーん、もう食べられないよ〜」

何を食べているかは言ってないが、見当は付く。
涎まで垂らして、本当に幸せそうな顔をしている。
幸せそうだから、今起こすのは酷だろう。
仏心をだした祐一は、次に荒れ放題のテーブルを見る。

中身が空の一升瓶が数本、透明なコップが五つ。
酒のつまみになりそうな、味付けの濃い小料理の残りが数点。
一升瓶のラベルには、梅正宗という名前がプリントされている。
何故か、床にはけろぴーまで転がっていた。
そして、祐一を襲う鈍痛。

「えっと、何があったんだっけ」

確か、今日は……えっと今日は何日だったか。
祐一はそれを確かめるために、テレビを付けた。
日曜の朝にやっている政治系の堅苦しいニュース番組だ。
左上に表示されている時計は、10:27分を指していた。

「十時半近くか……今日は日曜だよな」

平日だったら、えらいことになっていたと祐一は思う。
正直言うと、まだ体はだるいが、いい加減に起きる時間だ。
大きく伸びをすると、祐一は呆けた頭と共に立ち上がった。
少し眩暈がして、祐一は椅子の方によろめく。

「あいたたた……俺、低血圧じゃない筈だけど……って、うわっ!」

祐一は軽く頭を振るが、やがて自分の手があらぬ所に伸びていることを知り、
慌てて手をそこから離す。
祐一が触ったのは、椅子で寝ている秋子の胸だった。
幾ら不可抗力とは言え、これは気まずい。

「えっと、眠ってるみたいだよな……」

秋子は驚く様子もなく、健やかな寝息を立てている。
祐一は安堵の溜息を付くと、昨夜の記憶を辿って見た。
頭を苛む鈍い鈍痛、居間のこの惨状。
とにかく、水を一杯飲もうと思い、台所へと向かった。

「ああ、なんでこんなに喉が乾くんだ……」

祐一は蛇口から出る水をラッパ飲みすると、洋服で口を拭いた。
都会では決して出来ないことだが、この辺りは余り水が汚染されてないため、
こういうことも出来るのだ。
水が胃に染み渡ると僅かだが、頭の痛みが遠のいたような気がする。

「あれは確か……」

祐一は段々と、昨晩のことを思い出していた。
発端は……秋子が職場から貰って来たというものだった。
一升瓶に入った透明な液体は、決して水などではない。
世間一般では、日本酒と呼ばれるものだった。

「職場の人で、実家が酒造りをやっている所がありまして……」

三本ワンセット、合計5.4リットルの大人への旅。
お酒は二十歳になってからと言う奴もいるかもしれないが、
祐一はそんなことを言う奴は偽善者だと思っている。
露西亜では、子供だって酒を飲んでいる筈だ。

いや、そんなことはどうでも良い。
祐一は酒の残り香のせいでいらぬ方向に向かっていた頭を殴り付ける。
そして、更に記憶を辿る。

「でも、お母さん以外、皆未成年だよ」 名雪が文句を言い、
「まあ、一杯くらいならいいんじゃないか?」 祐一が言葉を返し、
「了承」 秋子が笑顔で了承し、
「えっ!!」 名雪が目を丸くして驚いていた。

最初は、ほんの一杯の筈だったのだが……。
祐一は居間に戻ると、転がる一升瓶を集めた。
三本とも、既に空になっている。
コップにも何も入っていないから、
五人でこれを飲み干したことになる。

あゆは羽生えたように暴れ回り、
真琴は祐一に延々と愚痴をこぼし、
名雪は二階からけろぴ〜を連れて来て、
秋子は物凄いスピードで顔色一つ変えずに飲み続けていた。

祐一の頭を過ぎる、過去の断片。
まるで、悪夢を見ているようだった。
祐一は体を震わすと、
重い頭を覚ますために顔を洗って来ることにした。

「そう言えば、服も昨夜のままだよな……」

祐一は洗面台で顔を洗うと、
鏡に移った自分の服をみてそう思った。
それから、散らかった皿やコップを片付けようと、
居間に戻って来た時だった。

「きゃあーーーーーーっ」

二階の方から悲鳴が聞こえた。
その甲高い声に頭が少し疼いたが、
今はそんなことを気にしている場合ではない。
祐一は急いで部屋を出ようとした。

「名雪の悲鳴でしたけど」

秋子がいつの間にか、祐一の後ろに立っていた。
二日酔いという様子は全く無く、
寝起きのだるそうな表情でもない。
親子でこの寝付きの差はなんなのだろうと思ったが、
今は考えないことにした。

階段まで来た所で、祐一と秋子は絶句した。
その数段目から、血が点々と上に向かって伸びていたからだ。
二人はそれを踏まないようにして、
二階まで一気に駆け上がった。

二階の廊下に倒れていたもの。
額から血を流し、蒼ざめた顔をしている。
真っ赤なリボンは、どす黒い赤に染まっていた。
沢渡真琴……この家の居候トリオの一人だ。

「お、お母さん、祐一……真琴が……」

祐一はすぐに駆け寄ろうとしたが、秋子がそれを制した。
彼女は手早く脈を取り、傷口の様子を確かめる。
そして、安堵の表情を漏らした。

「大丈夫、頭を切ってるみたいだけど、命に別状はないわ」
「でも、こんなに血が出てるよ」
「それは、アルコールを大量に摂取したからでしょうね」

秋子は、まるで専門家のような口調だ。
祐一もそのことは、救急医療の特番を見たことがあるので、
酒を飲むと血の止まりが悪くなることは知っていた。
どういうメカニズムなのかは知らないが……。

「血は止まってるみたいだけど、手当てをした方が良さそうね」

秋子は珍しく険しい顔をしている。
祐一もそれにあてられ、ぐったりとしている真琴を背負う。
秋子は救急道具を取りに下へ戻り、
心配そうな顔をしている名雪を引き連れた祐一は、
真琴の部屋へと向かった。

布団に真琴を寝かせると、しばらくして秋子がやって来た。
彼女は素早い手付きで消毒液を付けると、
何やら不思議な形をした針で、真琴の額の上にある傷を、
目にも止まらぬ早さで縫合していった。

「秋子さん、なんでそんなことが出来るんですか?」
「それは、企業秘密です」

祐一は当然の疑問を口にしたが、秋子は柳のようにそれを交わす。
また、秋子の謎が一つ増えてしまったが、
それを追求する気はとうに失せていた。
しつこく聞くと、まるでえるくぅのようなオーラを発するからだ。
尤も、祐一はえるくぅなんて見たことないのだが……。

しかし……祐一は先程から考えていることがあった。
階段に残る血の痕。
誰かが真琴をあそこまで運んでいったのだ。
もしかしたらこれは、事故ではないかもしれない。
祐一が秋子の方を見ると、

「大丈夫です、金目の物は盗まれていませんでした」

秋子は待っていたかのようにそう返した。
つまり、彼女もそのことを疑っていたのだ。
真夜中に何者かが家に押し入り、
目撃者である真琴を殴り付けたという可能性を……。

「でも、不可解ですね……」
「えっ、何がですか?」
「いえ、こっちの台詞です」
「……??」

秋子お得意のはぐらかすような口調。
祐一はその様子に疑問を持ったが、
そういう時は何度聞いても答えることは無い。
自分で考えても見たのだが、やはり何も浮かばない。

「取りあえず、祐一さんはあゆちゃんを呼んで来てください」

分かりました……そう言おうとした時、ベッドの方から呻き声が聞こえた。
真琴は苦しげに呻き声を上げながら、
ゆっくりとその目を開けた。
真琴は心配そうな六つの瞳を、不思議そうな目で眺めている。

「うーっ、三人ともどうしたの? それより、なんか頭が痛いんだけど」

事情の分かっていない真琴に、祐一は手早く説明する。
すると真琴は、被害者とは思えない程の大声を、
部屋中に張り上げた。

「真琴、誰かに殴られたの?」
「まあ、確実ってわけじゃないけど……真琴、何か覚えてないか?」

祐一が尋ねると、真琴は首を傾げた。

「え〜っと……秋子さんが貰って来た飲み物、
 何杯か飲んだ所までしかおぼえてないよぅ」

弱々しい声で言ったが、やがて思い出したように言葉を続けた。

「そう言えば……うっすらだけど、頭を何度も殴られたような気がする」
「本当か? 真琴」
「うーん……よく思い出せないけど」
「それで、そいつの顔は見たのか?」

真琴は少し考えた後、ふるふると首を振った。

「あっ、みんな、ここにいたんだ」

その時、そんな声と共に、居間で寝ていた筈のあゆがやって来た。

「なんか、頭ががんがんするんだけど……」
「それは二日酔いという奴だ。大人の証の一つだぞ」
「えっ、そうなの? 祐一くん」
「まあ、それよりもだ。あゆ、お前昨日の夜に、変な音とか聞かなかったか?」

あゆは疑問に答えない祐一に判然としない表情を浮かべた。
しかし、真琴のことを聞くと、心配げに真琴を覗き見た。
精神年齢が近いせいか、やはり二人は仲が良い。
真琴が大丈夫だよと手を振ると、あゆも少しだけ安心したようだった。

「それで、何か音とか聞かなかったのか、あゆ」
「ボク、昨夜の記憶が全然ないよ」
「ほんの些細なことでも良いから」
「えっと……そう言えば、空を飛んでる夢を見たよ」

その言葉に、祐一は溜息を付いた。
昨夜、あゆがぴょんぴょんと跳ねまくっていたのには、
そんな理由があったのか……そんなことを思ったからだ。
いつも羽を生やしているから、そんな夢を見るのかもしれない。

「じゃあ、名雪は?」
「わたしも、何も覚えてないよ〜」
「本当に、何も覚えてないのか?」
「えーっと……確か、けろぴーと遊んでる夢なら見たけど」

祐一は再び、溜息を付いた。
夢の話など、もう沢山だと思う。

「それでね、朝起きたらけろぴ〜がいないから、外に出たら……」
「真琴が廊下に倒れていたんだな。その時の様子で、変わったことは?」
「うーん……わたし、慌てていてよく見てなかったよ」
「そっか、俺も余りよく覚えてないし……」

と言っても、祐一がおぼえているのは、
『光の翼〜』 とか叫びながら跳ねているあゆの勇姿に、
『けろぴ〜』 と、まるで晩酌の一員のようにけろぴーを抱えている名雪に、
『祐一〜、あんた最近付き合い悪いわよ〜』 と絡んで来た真琴の姿くらいだ。

その真琴に無理矢理飲まされたせいで、
祐一は部屋に戻る気力もなく居間で眠ってしまったわけだが……。
不審な物音は、祐一も聞いていない。
となると最後は……。

「すいません、私も前後不詳で……」

秋子が申し訳無さそうに言う。
しかし、となると何が起こったのか知るものが誰もいない。
真琴を殴打した奴が誰かは、結局分からないままだ。

「とにかく、警察に電話した方が良いんじゃないんですか?」
「……そうですね」

秋子は祐一の言葉に強く頷いた。
しかし、未成年が酒を飲んだことを問題にされないか、
祐一は少し心配だった。

祐一と秋子は、血だまりの残る場所を見る。
丁度、階段の手前だ。
それから、血の点々と続く階段。
秋子は何故か、階段を降りきった所で足を止める。

「秋子さん、どうしたんですか?」
「いえ、ちょっと変だと思いまして……」

祐一はそう言われて、足元を見る。
しかし、回りを見渡しても不審な所などどこにもない。
勿論、血がついているとか、そういうこともなかった。
と、突然、秋子の顔色が変わる。

「祐一さん、どうやら警察に電話する必要はないみたいですね」
「えっ……それはどういう意味ですか?」

いきなりそんなことを言われて混乱する祐一に、秋子はこう言った。

「それは……解決編までの秘密です」

▼舞台暗転、全ての人物が凍り付く中、秋子にスポットライトが当たる。

「さて、水瀬家で起こった不可解な事件も、どうやら解決のメドがついたようです。
 皆さんは、真相が分かりましたか? ヒントは……血と夢です。水瀬秋子でした」

▼舞台、元に戻る

「秋子さん、何かあったんですか?」
「いえ、何もありませんよ」


あとがきだよもん

というわけで、また訳の分からない作品が一つ……。
一応、真相当てっぽい体裁は取っていますが、
あまり真面目に考えない方が良いかもしれません。

[答えを見るのっ!!][あうーっ、戻るの!!]