肉饅事件 問題編

 

廊下をバタバタと駆ける音。
それは水瀬家にとって、既に日常茶飯事となっていた。
不躾な音を立てて、相沢祐一の部屋のドアが開かれる。
朝っぱらから騒々しいな、そんなことを考えながら、祐一は部屋の入口を見た。
起きたばかりで歪んでいた映像が、次第に鮮明になっていく。

「祐一、私の肉まん、取ったでしょう」

焦点が完全に定まる前に、祐一にはそれが誰だか分かった。
肉まんのことで怒って突っかかる奴なんて、この家には一人しかいない。
沢渡真琴、現在水瀬家に居候中の少女だ。
性格は短気、悪戯好き、天邪鬼、甘えん坊。
但し最後の項目は、祐一にのみ当てはまる。
今年の冬、祐一と真琴は実に数奇な巡り合わせを果たしたのであるが……。
そのことは今回の話とは関係無い。

「祐一、あたしの肉まん、返しなさいよぅ」

真琴は涙目に訴えるが、祐一にはさっぱり覚えが無かった。
確かに一週間ほど前、漫画を集中して読んでいる真琴の側に置いてあった肉まんを
失敬したが、そんな昔のことを真琴が気に留めているとは思えない。

「俺には、全く覚えが無いんだが」

しかし真琴は、不信な目で祐一を睨み続けている。
とにかくこのままではどうしようもない。
取りあえず、真琴から事情を訊いてみることにする。

「とにかく白状しなさい」
「いや、だって本当に覚えが無いんだからしょうがないだろ」

しかし、真琴は全く信用していない。
いかに前科者とはいえ、冤罪というのは気持ちの良いことではなかった。
祐一は真琴に、後で肉まんを買い与えることを約束することで機嫌を取り、
詳しい話を訊いてみることにした。

「昨日の夕方、肉まんを買って来たでしょう」
「ああ、確かあの日は四つも買って来たんだよな」
「それで三つしか食べられなくて、一つは次の日の朝に食べようと思って、
 冷蔵庫の中に入れておいたの。それで今日になって冷蔵庫を見たら……」
「肉まんは無くなっていたということだな」

涙目になる所をみると、図星なのだろう。
しかし、肉まんが一つ無くなったくらいでこんなに騒ぐなんて……。
よくよく平和な奴だな……そう祐一は思った。

「というわけだ。犯人は名乗り出てくれ」

祐一は台所に水瀬家の人間を集めると、いきなりそう切り出した。
ちなみに台所にいるのは……。
水瀬家の謎多き家長、永遠の二十代、水瀬明子。
その一人娘、眠り姫、水瀬名雪。
真琴と同じく居候、うぐぅマスター、月宮あゆ。
真琴に招かれて昨日から泊まっている、天野美汐。
そして祐一と真琴の六人であった。

「私、肉まんなんて盗んでいません」 と美汐。
「わたしだって、そんなことしないよ〜」 続けて名雪。
「じゃあ、うぐぅか?」 と祐一。
「うぐぅ、ボクじゃないよ。それにボク、うぐぅじゃない」 とあゆが抗議する。

秋子はその様子を、頬に手を当ててにこにこしながら見ている。
祐一はこの場に集まった面子をじっと観察した。
この犯行は、天野のキャラクタとはあまり思えない。
あゆがやるならたい焼きだろう。
同様に、名雪ならイチゴサンデーだろう。
最後に秋子だが……疑いでも抱こうものなら謎ジャムの刑が執行されると祐一は思った。
或いは、真琴が祐一に肉まんをたかるために、嘘を付いている可能性もあった。
だが、真琴の剣幕は演技とは思えない。
真琴の演技なんてたかが知れており、祐一なら簡単に見抜けるからだ。

最後に祐一は、冷蔵庫の中を見た。
もしかしたら真琴が見逃していると思ったからだ。
しかし冷蔵庫、挙句には冷凍庫までくまなく探したが、肉まんはなかった。
となると、やはり肉まんは誰かに盗まれたことになるのだが……。

問題編終了


[解決編へ]