第十三話 終わり無き夜の終わり

 

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五月十六日 日曜日

交番で被害届を出したその日の晩、早速警察の方からマンションの方に電話が掛かって来た。

『私は事件を担当している世田谷というものですが、詳しく訊きたいことがあるのでこちらの方に来ていただけないでしょうか』

声の枯れ具合からして、かなり年配の人物だろうと祐一は思った。

それと何処かで聞いたことのある声だったが、祐一には思い出すことが出来なかった。

こうして日曜日の朝、雲一つない最高の天気の中、陰鬱な調子で警察署まで足を向けたのだ。

四階建ての古びたコンクリートの箱のような建物は、いかにも堅物が多そうな警察という組織を象徴しているようだ。屋上からは「交通安全週間」や「薬物撲滅運動」など、いかにもな垂れ幕が吊るされている。

入口には白のオートバイとパトカーが何台かあり、少し奥の方には普通の乗用車が並んでいる。それはここで働いている警官のものなのか、それとも覆面パトカーと言われるものなのか、祐一にはよく分からなかった。

第一、こんな所に足を運ぶのは、まっとうな生活を送って来た祐一にとっては初めてのことなのだ。勝手を知らないのも当然と言える。

結局、入るのをしばらく躊躇していた後、

「……入るの、入らないの?」

という言葉とともに、舞はスタスタと建物の中へと入っていってしまった。祐一と佐祐理は、それを追い駆けるようにして、中に入った。

それから受け付けで事情を話して、あっさりと捜査課の場所を知ると祐一たちは、ひどく汚れていたり剥がれたりしているリノリウムの床を、靴との摩擦音を響かせながら、ゆっくりと歩いていく。

途中にも警官らしい人物が何人か側を通りかかり、意味もなく緊張したりもした。

「大丈夫ですよ、別に祐一さんをとって食おうって思っているわけじゃないですから」

佐祐理がそっと耳打ちして来る。

「……祐一を食べるの?」

「馬鹿、それはものの例えだよ。本当に食べるわけないじゃないか」

舞のとぼけた言葉に、祐一は咄嗟にそう返した。

こんな場所でとぼけた会話ができるとは、舞も胆が座っている……いや、単に天然なだけか、祐一は頭の中でそう訂正した。

捜査課は二階の一番左奥、思ったよりも狭い感じのところだった。

二十畳ほどの部屋に、事務机が十五個ほど詰められて並んでいる。どれもが多少の個人差はあるものの、資料や食料、パソコンなどのものに占領されていた。

壁には警察関連や健康診断などについてのポスターが手狭に貼りつけられており、テープを剥がした沢山の後でかなり黄ばんでいた。

資料棚には、多分事件の報告書などが収められているのだろう……古めの資料までが、幾つかの棚に分けられてぎっしりと詰まっていた。

それらは、せわしなく動き回る刑事たちと相俟って、一種独特の淀んだ空気というか、そのようなものを醸し出している。少なくとも祐一にとって、あまり居心地の良いものではなかった。

「あの、世田谷という人はどこにいるんですか?」

祐一は取りあえず、近くに立っていた刑事に尋ねた。

「世田谷さんならちょっと外に出てるよ。それで君たちは、何の用なの?」

その刑事は、何やら疑わしいものを見るような目で祐一の方を見た。

「それは……」

祐一がくちごもっていると、

「えっと、君たちかな、例の件でやって来たというのは」

入口の方から、男性の声が聞こえて来る。振り向くと、そこには資料の入った封筒を抱えた、スーツ姿の男が立っていた。

年は三十過ぎだろうか……しかし祐一が思ったのは、その刑事に見覚えがあるということだった。確か、以前に何処かであったことがある筈だ……祐一が思いを巡らせていると、

「あれっ、君たちは前に学校にいた……」

男が驚きの表情を、三人に向けた。その様子で、祐一もようやく思い出すことが出来た。

馬鹿生徒会長がすっ転んだ時に、やって来ていた刑事の内の片割れだ。

確か、舞のことを犯人扱いしていた奴だ……そう思うと、祐一は少し腹が立った。見ると、佐祐理も複雑な顔をしており、舞だけは飄々としている。

しかし、向こうの方は意も介していないようで、友好的な笑顔を浮かべていた。

「ふーん、あの時のお手柄少女たちか……奇遇だね。あっ、世田谷警部なら、隣の部屋で待っているよ。早速だけど、話を聞かせてもらって良いかな? あっ、僕は如月と言います。えっと君たちは……」

早口でまくし立てる如月。祐一、佐祐理、舞はそれぞれ名前を名乗ると、スタスタと歩き出した彼の後を急いで付いて行った。

 

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「はあ、それにしても、あの時の奴らが今回、被害者として警察にやってくるなんて……世間っていうのは案外狭いものだな……」

机とパイプ椅子、後は書類がまばらに入っているだけの部屋で、佐祐理の向かい側に座っている刑事、世田谷はそう感慨深そうに言う。

彼は久瀬生徒会長の事件の時にやって来た刑事だったので、佐祐理も顔は覚えていた。

「そっか、だから声を聞いたことがあったんだな……」

隣で相沢祐一が、そんなことを呟く。

「まあ、あの時はすまなかったな。そこのお嬢ちゃんを、早とちりして疑ってしまって」

世田谷は友好的な表情のまま、軽く頭を下げた。どうやら、そんなに鹿爪らしい人物でもないようだ……そう佐祐理は思った。

「……構わない」

舞がそう答えると、世田谷は一つ息を吐き出した。

「そう言って貰えると助かるね。ところでだが、早速川澄さんだったかな? あなたが襲われた時の状況を話して頂きたいんだが」

慇懃な口調で尋ねる世田谷。その言葉に、舞はぽつりぽつりと、時々祐一が言葉を補いながら、淀むことなく事件のことを話した。

「では川澄さんは、犯人の顔とかは見てないんだね」

その問いに、こくりと頷く舞。

「そうですか……状況はよく分かりました。では、こちらで巡回のものを何人か手配しておきますので。それで、何かそちらで訊きたいことは?」

そう尋ねてくる世田谷。その質問に、祐一と顔を見合わせた佐祐理は、一つの質問をぶつけた。

「ではー、最近この辺りに出没している、ペット殺害犯は既に捕まったんですか?」

佐祐理の言葉に、世田谷と如月の顔がびくりと歪む。思った通り、この質問は確信をついていたようだ。更に続けて祐一が、

「何しろ、大事な親友が殺されかかったんです。こっちも、それなりに調べたりしましたから」

そう言葉を繋いだ。二人の刑事はしばらく黙っていたが、やがて慎重そうに口を開いた。

「……成程、しかしそれは警察の仕事だからね。君たちは心配しなくても、こちらでちゃんと犯人は捕まえる。君たちは心配しなくてもいいんだよ」

物腰は普通で、しかしきっぱりと言い切る世田谷。

「そうですか、こっちでは犯人の検討が付いている……と言ってもですか?」

佐祐理の言葉に、肩を震わせる二人の刑事。そして驚きの顔を見せる祐一。

「お、おい、佐祐理さん、本当なのか?」

慌てた様子で耳打ちしてくる祐一に、佐祐理は答えた。

「それは、これから見付けるんです」

要するに、さっきの言葉はブラフだ。相手から情報を聞き出せれば良い。

「……佐祐理さん、大丈夫なのか?」

「ええ、祐一さん、頑張って下さい」

「俺か? 俺がやるのか?」

「佐祐理も頑張りますから」

こうして話がまとまった頃、向こうの方でもひそひそ話が収まったようだった。

「それは、本当か?」

「ええ、けど、それには警察の人の協力がいるんです。つまり捜査状況をですね、佐祐理たちに聞かせて欲しいんですよ」

佐祐理がそう言うと、二人の刑事は再びひそひそ話を始めてしまった。

「……大丈夫かな、佐祐理さん」

再び、耳打ちをしてくる祐一。佐祐理は僅かに笑みを浮かべると、

「大丈夫ですよ……多分」

それからしばらくして、話がまとまったようだ。

世田谷はわざとらしく咳払いをすると、

「……まあ、君たちには以前も協力してもらったことだし、ここでの話は絶対に他言無用ということでならば……」

「それに、実は捜査も進んでませんしね……」

続いて軽そうな口調で言う如月に、世田谷は鋭い一瞥を食らわせた。

「というわけだ、こちらで答えられる範囲で情報を提供しよう……それで良いかね」

立ち竦む如月を尻目に、あくまでも世田谷が冷静な口調で尋ねてくる。

「ええ、良いですよ」

佐祐理が答えると、早速祐一が質問を始めた。

「じゃあ、警察はどうしてペット連続殺害犯と、城という警官を殴り殺した事件が同一の人物による犯行だと分かったんですか?」

その質問に、如月は眉間に僅かに皺を寄せて答えた。

「まあ、半分は勘みたいなものだよ。ようやく犯人の姿を見たって所に、その本人が殴り殺されたって話だっただろう? それに司法解剖の結果を見て、あることを調べてもらった」

「あることって?」

「頭部の打撲跡の照合だよ。すると思った通り、犬を撲殺する時に使っていた凶器と、警官殺しに使われた凶器が一緒だって言うことが分かった。それともう一つ、城巡査部長と一緒にいた梨元という警官だが……」

梨本と言えば、先日駅前の派出所であった人物だ。確か彼も、何度か命を狙われたという話だったが……。

「彼に送られて来た封筒の中身に塗られていた毒物……硝酸ストリキニーネという毒物なんだが、それを同じく犬の殺害に使われたものと照合してみた。DNA鑑定というやつだが……ほぼ間違いなく、二つの毒物の出元は同じだということも分かった。

これらのことを見ると、二つのことを切り離して見ろと言う方が難しいだろう?」

最後に語尾を少し上げて、首を傾げる振りをしてみせた。

「ええ、そうですね……」

そう答えながら、何か犯人の特定に繋がりそうなことを考えていたのだが……やはり一朝一夕で良いアイデアなど浮かんでは来なかった。

「じゃあ、その巡査部長が殺された時の状況はどうなんですか? あと、さっき話した元暴力団員の男性の事件……」

「ああ、巡査部長殺害のことなら詳しく答えられる。もう一つの方だが、そっちは別件で捜査してたからな。如月、ちょっと行って資料を催促して来てくれないか」

「あ、はい、分かりました」

如月は軽く頭を下げると、小走りで部屋を出て行った。それを確認すると、世田谷が口を開く。

「まず巡査部長殺害の件だが、彼は見回りのルート近くにある廃工場で、殴り殺されていた。死亡推定時刻は五月五日の午後三時から四時、発見者は廃工場を根城にしている若者四人組。ちなみにその四人にはきちんとアリバイがある。

死因は後頭部殴打に伴う頭蓋骨陥没、財布は盗まれていないが、拳銃が紛失していた。恐らく、それは犯人が持って行ったものだと思われる。凶器は細い棒状のもの、目撃証言は無し……分かってるのは、そんなところだな」

彼は手帳の内容を無機質的に朗読した後、最後にそう付け加えた。

「で、その凶器って何なんですか? 鉄パイプか何かですか?」

祐一が尋ねると、世田谷は首を振った。

「いや、鉄パイプじゃないな。もっと細い……例えば木刀のようなものだというのが鑑識の報告だった」

「木刀……ですか?」

「まあ、あくまで例えだが……どうした、何か思い当たる節でも?」

「いえ、そういうわけじゃないですが……」

世田谷の鋭い目に、慌てて答える祐一。

「それで、何か分かったことがあるかな?」

その言葉に、佐祐理は僅かに肩を震わせた。隣の祐一と舞を見たが、二人は黙って首を振るだけだった。そこで、佐祐理はもう一つの質問をぶつけた。

「あのー、実はもう一つ、訊きたいことがあるんです」

「ふむ……まあ、質問は一つとは言ってなかったが……」

そう言いながら、世田谷の目は僅かに疑いの色を強くしていた。どうやら彼は、こっちの言葉がブラフではないかと勘繰っている様子だ。

佐祐理はあくまでも冷静を装うと、息を一つ吐いた。

「では……以前に刑事の人が、緑川動物病院って所に足を運んでいましたよね。それは、どうしてですか?」

それは以前に、水瀬秋子から少しだけ聞いたことだった。

「玄関で緑川医師の奥さんと言い争っているのを、知り合いの人が見ていたんです」

そして、そう付け加えた。その質問に、世田谷の表情が、少し翳る。

「なるほど、その件か。まあ、確かに一時期、あそこの従業員や何やらを疑っていた時もあったが……」

「あった、ということは今は疑ってないんですか? そもそも、あの病院のことを疑い出したのはどうしてなんですか?」

佐祐理が尋ねると、世田谷は再び手帳を開き始めた。

「ふむ、それはだな……四月十七日だったな、ある訴えがあったんだ。怪我で入院させていたペットが、病院の中で突然急死した。その死因が怪しいので調べて欲しい……とね。最初は窓口の方が突っぱねたんだが、私が担当している事件と関係があるかもと思ってね。

それで検死してもらったら、その犬の体から毒物が検出された。更に調べると、前足の付け根に注射の跡が見付かったんで、これは誰かに殺害されたってことが分かった。

そうなると勿論、怪しいのは入院させていた動物病院ってことになるだろ? 病院なら、毒物だって比較的簡単に入手可能だしな。それで後日、私が病院の方を尋ねてみたというわけだ」

最初は門前払いされたんだが、後日尋ねると今度は途端に協力的な態度だ。これは怪しいなと思って、鑑識を派遣して徹底的に調べて貰ったんだが……」

そこまで言うと、世田谷は大きく溜息を付いた。

「でも、結局は空振りだったんですね」

「ああ、そうだ。危険な毒・劇物は倉庫のような頑丈な棚に鍵を掛けて保管してある。その鍵は院長である緑川高彦が肌身離さず持っていて、自分以外が持ち出すのは無理だときっぱりと言っていた。

鍵は簡単には複製できないような代物だったし、棚には硝酸ストリキニーネもあったんだが鑑定の結果、犯行に使われているものとは別物だと判明したんだ。毒・劇物の購入リストからも、不審な点は発見できなかったしな。

それに、密かに部下に命じてあの病院、奥には緑川夫妻の住む住居があるんだが、夜間は見張りをべったりと付けてたんだ。けど、その間も犯行はきっちり起こっていた。だから……」

「あの病院の人間は、ペット殺害事件の犯人ではない……」

祐一が言葉を繋ぐと、世田谷は深く頷いた。

「つまり、空振りってわけだな。あそこで助手として働いている三園って女獣医の方にも同じく見張りを付けてたんだが、そっちも空振り。で、結局は犯人が忍び込んでやったんだろうという結論になった。もっとも奥さんの方、緑川良子って言ったかな? 戸締りはきちんとしたと言い張っていたが、うっかりと忘れていたのかもしれない」

佐祐理は、今までの話を頭の中で整理する。そして、一つの疑問が浮かんで来た。

「その病院で殺された犬のことなんですけど……やはり硝酸ストリキニーネを注射されたんですか?」

「いや、その事件だけは硝酸ストリキニーネじゃない。使われたのは、クレゾールだよ」

「クレゾールって……ぎょう虫の駆除に使われる?」

祐一の言葉に、世田谷は思いきり顔を顰めた。

「……余り良い例えじゃないが、そうだ。以前にも、毒物事件が流行っていた時、痩せ薬とか言って中学生が入院するとか騒ぎがあったのは君たちも覚えてるだろ? あれだよ」

「あ、ええ、ニュースで見たことが……」

祐一は先程の発言を誤魔化すように答えた。

「で? 何か分かったかな?」

世田谷が聞いてくるが、佐祐理にはもう一つ質問したいことが出来た。多分、今まで忘れていたことだ。

「もう一つ聞いていいですか。ペットの殺害は、今何件起きているんですか?」

「えーと、十件かな。もっとも、最近はなりを潜めているようだが……」

そう言うと、世田谷は書類の中から殺害された犬たちのリストをこちらに渡した。佐祐理と祐一、舞の三人は、黙ってそれに目を通す。

殺害された犬のデータ(住所と電話番号は、事件に関係ないため省略)

殺害された日時 殺害方法 殺された犬の名前
4/2 撲殺 レイン
4/7 撲殺 ウインディ
4/11 撲殺 フォルテ
4/16 撲殺 ポチ
4/15〜4/17 薬殺
(クレゾール)
順一郎
4/20 撲殺 クルミ
4/22 薬殺
(硝酸ストリキニーネ)
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4/25 薬殺
(硝酸ストリキニーネ)
ジョニー
4/30 薬殺
(硝酸ストリキニーネ)
サム
5/4 薬殺
(硝酸ストリキニーネ)
セティ

「四月二日から始まって、五月四日までで十件か……」

祐一がポツリと呟く。

「殺害日時は不規則的……ところで、七件目の事件だけ、犬に名前が無いんですけど、どうしたんですか?」

続けて祐一が質問した。

「あ、それか? そいつは殺される前日だったかな? 駅前の方で暴れたって言うんで保健所の方に捕獲されて来た……つまりは野犬だよ。だから名前が無いんだ。ついでに言っておくと、硝酸ストリキニーネはどうやら、ここの保健所から盗まれたようだな。だが、管理は杜撰だったようで、比較的簡単に薬物は手に入れられたようだ」

世田谷が簡単に説明する。

佐祐理は表をその言葉を聞いて、もう一度表をじっと見つめた。

そうか……。

あの時感じた微かな違和感はこれだったのか……。

佐祐理の頭で、一つの考えがまとまる。

あと、分からないのは二つだけ……。

何故、犯人は舞を狙ったのか?

そしてもう一つは……。

「世田谷警部、資料を持って来ました」

その時、佐祐理の思考を声が遮断する。

「遅いぞ如月、何やってたんだ?」

世田谷が、威圧感のこもった声を向けると、如月は肩をすぼめて反論した。

「いや、それが入口の方でちょっとしたいざこざがありまして」

「いざこざとはなんだったんだ?」

「いやー、ひどい修羅場ですよ。不法侵入やら、泥棒猫やら怒鳴りまくってて……」

如月が頭を掻きながら答えた。

「……如月、そういう痴話喧嘩は他所の方でやってもらえ」

低くくごもるような、怒りのこもった声に、如月は思いきり萎縮する。

「それでその元暴力団員の事件ですが、名前は亀川茂、年齢は三十二、話によると浅知恵が働く奴で、その辺りから属していた団を破門になり、今は無職。近所の人の話によると、始終そこらをぶらぶらして、典型的な生活不適応者……。

死因は後頭部殴打による頭蓋骨陥没、これは城巡査部長のやり口と同じです。凶器は細くて固い棒状のもの、死亡推定時刻は深夜の一時から二時で、目撃者は無し……。

それで、これが写真です」

そう言うと、如月は写真を舞に見せる。

「この人で間違いないかい? 君が夜道で見たというのは」

「……多分、そうだと思う」 そう、舞が答えた。

「刑事さん、例の五月四日の逃走劇の時ですけど、周辺の地図とかってありますか?」

佐祐理が尋ねる。

「あ、ああ、それならあるが、そんなものを見てどうする気だ?」

「ちょっと思い付いたことがあるんです」

それからしばらくして、如月が周辺地図を資料から引っ張り出して戻って来た。

「これが周辺の地図ですね」

そう言って、机の上に地図を広げる。

「舞の立っていた場所は何処ですか?」

佐祐理が尋ねると、舞は少し迷った後、一点の場所を指し示した。

「殺された城巡査部長は、裏門から出て来る犯人を……」

と、そこで佐祐理は言葉を切った。

だから、舞も襲われた……。

「世田谷さん、至急調べて欲しいことがあるんですが、いいですか?」

「あ、ええ、構わないが……それで、何をだね?」

「ちょっとした記録です。結果は分かっているんですけど、一応、念のために。あと、もう一つ頼みたいことがあるんですが……」

 

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倉田佐祐理が頼んだもの、それはある患者のカルテだった。

患者名 相田陽子

病状 右手中指、及び薬指骨折。

4月20日午後5時11分、駅前で犬に噛まれた女性を治療。レントゲンの結果、右手の中指と薬指が骨折していた。その後、十日間の入院の後、退院。現在は通院治療の最中である。

「佐祐理さん、こんなもので何か分かるのか?」 祐一が尋ねると、

「ええ、これでペット連続殺害犯の正体がはっきりと分かりましたよ」

佐祐理はきっぱりとそう答えた。


あとがきだよもん

さて、亡霊の手第十三話をお届けしました。これで問題編は全て終了です。つまり、今までに与えられた材料だけで犯人を指摘しなければいけません。

前回は余りにも簡単に犯人を当てられ過ぎたので、少しヒントは少なくして見ました。とはいえアンフェアではなく、全ての手掛かりは与えられて然るべき筈です。

今回は、何も真相を全て暴けとまでは言いません。求めることはただ一つ。

今回起きたペット連続殺害・及び連続殺人事件の犯人は誰か?

このことがずばり指摘出来ていれば、正解とします。

故に当てずっぽうでも正解する可能性はあるのですが、私としては論理的に解いて頂きたいものです。但し、真相の奥の奥まで探り当てることはかなり難しいと考えます。

次回からは解決編となりますので、推理してみたかったら、ここまでの内容を何度か読み返して、自分なりの考えをまとめてから解答編を見てください。

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