水瀬家の食卓 栞篇

「そして、辛いものがなくて……」

(「魔法陣グルグル」より引用)

今日は祐一さんの家で、闇鍋というパーティをやるそうです。

お姉ちゃんが、そう言っていました。

わたしが闇鍋の意味を訊くと、

『栞、世の中には知らないことが良いこともあるのよ?』

そう言いました。わたしはどうしても意味が知りたくて、本で調べました。

すると、暗闇の中で鍋をつついて、掴んだ食べ物を絶対に食べないといけないんだって書いてありました。

ちょっと、スリルがありそうで面白そうです。

夕方になると、色んな人が水瀬家に集まって来ます。

みんな、祐一さんの友達なんだそうです。

けど、女の人が多かったので、ちょっと悔しいです。

「お姉ちゃんは、何を持って来たの?」

わたしが食材のことを尋ねると、

「秘密」

と答えました。相変わらず、意地悪です。

だから、わたしの入れるものも秘密です。

そして台所から、秋子さんの声が聞こえて来ました。

「皆さん、出来ましたよ」

わたしは鍋から香る良い匂いに、少しうっとりとしてしまいました。

美味しそうな匂いです。

これで祐一さんの隣に座れたら、もっと良かったんですけど……。

仕方ないですね、遅れて来たんだし。

それにあゆさんのことも、好きですから。

そして電気が消されました。

何も見えないのって、少し緊張します。

とくん、とくん、心臓が少しざわめくのがわかりました。

楽しみです。

わたしが持って来たのは、お餅です。季節外れですけど、お鍋にお餅って美味しいんですよ。

それと、ちょっと意地悪したくなって、わたしはポケットからお菓子を取り出しました。

ヨーグレットという、お薬に似たお菓子です。

えいっ、心の中で呟いて、幾つかそれを入れました。

食べた人、驚くでしょうね。

それも楽しみです。

鍋が閉じられて、瓦斯焜炉に火が灯されて数分、再び鍋の蓋が開けられます。

そこから漂う空気は……先程までの良い匂いが嘘のような強烈な臭気を放っていました。

「うぐぅ、へんなにおい〜」

「あうーーっ、何よこれ」

「……この臭い、嫌い」

幾つかの声が、聞こえます。

わたしは、少し怯んでしまいました。

でも、色々な食材を入れてるんだから、仕方ないですよね。

わたしは秋子さんの合図で、箸を鍋に入れました。

掴んだのは、どうやら野菜のようなものです。

ちょっと恐いけど、思いきって一口。

ぱくっ。

しゃりしゃりしゃり。

その瞬間、わたしは固まりました。

口の中を炎が駆け巡る感じがします。

わたしが食べたのは、唐辛子だったんです。

ああ、お姉ちゃん、祐一さん。

わたしはもう、駄目かもしれません。

「……人類の、敵です」

それが、わたしの最後の言葉でした。

栞篇 終了


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