水瀬家の食卓 佐祐理篇

「…な、なんだか、あのふたりって、とってもなかよしみたいねっ」

(「痕」より引用)

今日は、祐一さんの家でお鍋大会があるらしい。

ただ、闇鍋っていうのが少し心配ですけど……。

まあ、祐一さんのお誘いですから大丈夫ですよね。

佐祐理はそう思うことにしました。

 

ちなみに、佐祐理が入れたのは卵です。

普通ならゆで卵なんでしょうけど、今日は卵焼きを入れて見たんですが……。

ちょっと鍋から漂って来る匂いは独特ですけど……大丈夫ですよね。

具材を放り込んだ鍋から漂う匂いに、佐祐理はそう考えました。

「あうーーっ、何よこれ」

「うぐぅ、へんなにおい〜」

「……この臭い、嫌い」

いくつかの声が聞こえて来ました。その中には、舞の声もありました。

……やはり、危ない匂いなんでしょうか。

気を取りなおして、佐祐理は鍋に箸を入れました。

そして掴んだのは、何かごぼうのような細い物です。

でも、それとも違うような……。

そんなことを考えていると、突然奇妙な叫び声がこだましました。

「……人類の、敵です」

「無理すれば、食べれないこともありません……だって? あかね〜〜〜〜っ!!」

男の人の声と、女の人の声。

なにやら異様な雰囲気に満ちた叫びと共に、ふっと意識が消えたような気がしました。

……多分、気のせいですよね。

「おいしいよ〜、お肉」

「うぐぅ、あったかいイチゴ……」

「あう〜〜っ、梅干し……」

「……卵」

他の人は、割と普通のものを掴んだようです。

どうやら舞が、あの卵焼きを食べたんですね。

味はどうだったんでしょうか。

そんなことを考えながら、佐祐理が口に運んだものは……

「……紅生姜?」

変なものが入っているんですね〜。

それから佐祐理は再び、鍋に向かいました。

今度はもう少し慎重に掴もう……そんなことを考えていた時です。

「ふふ、ふははははははははははは、あはははははははははっ……」

祐一さんの笑い声が聞こえて来ました。

何かただごとではない、鬼気迫る笑いに、佐祐理は硬直して動けません。

「キョウジ兄さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

「ニンニン○コピョーン」

更に、奇妙な叫び声が続きます。

何が……起こっているのでしょうか。

佐祐理がいくら考えても、それは分かりませんでした。

分かるのは、何か得体の知れない出来事が、暗闇の中で進行しているということだけ。

「ボクのこの手が……省略、ゴッドフィンガー〜〜〜〜」

「ぎゃ〜〜〜〜〜〜っ」

「ひいいいいいいと、えんどおおおおお」

そんな怒号が響く中、佐祐理は舞と祐一さんの無事を祈ることしか出来ません。

そして、ようやく明かりが点いた時、佐祐理は真っ先に舞の方を見ます。

舞は、ボーっとした様子で佐祐理の方を眺めていました。

でも……何か変です。

「舞、どうしたんですか?」

けど、佐祐理が声をかけても、舞は熱っぽい視線を佐祐理から離しませんでした。

そして突然、佐祐理の体を強く抱きしめました。

「ま、舞、ど、どうしたんですか?」

いきなりの行動に、上手く言葉が出ません。

舞の突飛な行動。

服越しに伝わって来る感触。

佐祐理は、何故かそれに抗うことが出来ません。

そして体を離すと、舞は顔を赤らめて、更に強い視線と、思いとを向けて来ました。

「……佐祐理、愛している」

「え、ちょ、ちょっと舞……」

そして薄めを瞑りながら、顔を、体を、そして唇を近付けて……。

「ま、舞……」 逃げなきゃ、佐祐理はそう思いました。

でも、それと裏腹に、体は……。

そして舞との距離が極限まで近付いた時、不意にふわっと距離が離れました。

一人の女性が舞の服を引っ張っていたのです。

助かった……そう思い、佐祐理はほっとしました。

でも、舞は……佐祐理が今まで見たことのないような怒りを発しています。

「……人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に落ちろ」

ぞくっとするような台詞でした。

いつもの舞じゃない。

今の舞は、舞じゃない。

「な、その剣はどこから……そ、そんなことより、やめてください」

舞を止めた人もそのことを感じたのか、恐怖に脅えた表情をしていた。

舞は容赦なく、渾身の力を込めて剣を振るった。

それを辛うじてかわす。

しかしその反動で、その人は足を滑らせて、床に頭を打ち付けてしまった。

そしてそのまま昏倒する。

「……コレデオワリダ」

それでも、舞はとどめをさそうと、狂気に似た笑みを浮かべて、剣を構えなおした。

止めなければ。

舞は、彼女を殺してしまう。

「やめてください、舞」

佐祐理は、ありったけの大声で叫びました。

するとその思いが通じたのか、舞はこちらを振り返って……。

ガンッ!!!

瞬間、鈍い音が部屋中に響いて……。

舞は、ゆっくりと崩れ落ちていきました。

そしてその背後には、いつの間にか秋子さんが……。

右手に鈍器を、左手は頬に当て、優雅な微笑を浮かべて……。

「舞、大丈夫ですか?」

佐祐理は舞の側に駆け寄りました。

「舞、舞……」

必死で体を揺すっても、舞は全く反応しません。

どうして、こんなことになったの?

舞……ごめんね。

佐祐理が舞の心に答えてあげなかったから。

そう、やっと佐祐理は分かったんです。

自分の本当の心に。

ごめんね、舞。

仇は取ってあげるから。

そして佐祐理は、秋子さん……いや、犯罪者にさんづけはやめましょう。

秋子を鋭く見つめました。

「どうしたんですか、佐祐理さん」

秋子は余裕の笑みを浮かべたまま、立っています。

佐祐理は初めて、人が憎いと思いました。

この人だけは、許せません。

「佐祐理は……あなたを殺します」

頭が真っ白になった佐祐理は、一直線に秋子に突っ込みました。

でも、甘かったんです。

「これ以上、手間を取らせないでくださいね」

秋子は笑顔で佐祐理の突進を交わすと、

ガンッ!!!

後頭部に鈍器を叩きつけました。

途端に意識が遠のいて行きます。

……ごめんね、舞。

佐祐理は仇を取れませんでした……。

 

佐祐理篇 終了


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