魔女とは一体、誰でしょうか?
いや、別にそんなこと考えなくてもこのSSは読めますが。

 

十月の魔女
〜Who Is The Witch?〜

 

「祐一っ!!」

と声を荒げながら入ってきた真琴。

いつものことながらノックも伺いも無い不躾な態度ながら、
もう真琴だからしゃあないと諦めの気持ちまでついている。

俺は今日買ってきたばかりの漫画を読みながら、
そんな真琴の言葉を適当に流した。

「魔女の衣装って、どこで手に入るの?」

ぶっ!!
その怪しげな質問に、俺は漫画に思いきり唾を吹きかけてしまった。

「魔女って……」

斑色に湿った本を思わず閉じると、思わず呟く。
こいつは何を思って、そんなことを言っているのだろう。

第一、何故に魔女なのだろうか。
その辺りの認識を間違えると大変なことになる……そう思い、
俺は15歳くらいの少女が魔女の衣装を欲する理由を考えてみた。

考えてみた。

考えてみた。

考えて……。

(んなもん、あるわきゃないだろうが!!)

心の中の相沢祐一二号が、心の中でツッコミを返した。

「すまん真琴、俺にはさっぱり事情がわからん」

俺は素直に、真琴に敗北宣言することにした。

「えっと、まだ何も説明してないけど……」

真琴にしては冷静な受け答えに、心に隙間風が吹くのを感じる。

「そうか、ではこの俺にとっくりと事情を説明して見せるが良い」

ここは相手に気圧されないよう、自我をしっかりと持つのが大切だろう。

「なんか妙に偉そうなのが気に食わないけど……、
まあそれは置いといて祐一、魔女の衣装ってどこに売ってるか知らない?」

「知るかんなもん。俺は黒魔術に造詣も深くないし、コスプレ癖もない」

最初の質問と全く変わらない内容に、俺は思わず声を荒げた。
と、そこに謎を解くヒントが隠されていたことに気付いた。

「そうか真琴……お前、実はコスプレデビューする気だな!!」

15歳くらいの少女が魔女の服装を欲する理由など、それしか考えられない。
俺は、謎は全て解けた!! と確信する。

「……コスプレって何?」

しかし、真琴は俺の推理を一挙に打ち砕いた。

「それはだな、アニメや漫画に出て来るキャラクタを服装から真似るという、
その手の人間にとっては究極的な饗悦感を得られる行為なのだ」

「違うわよっ!! そっちも結構面白そうだけど、真琴の求めているものはそんなんじゃないの。
振り向く人間が皆、恐いなと思うような魔女の服装よ」

成程、本格嗜好というわけか……。

「心配するな、真琴」

俺は真琴の手に、ポンと手を置く。

「お前ならそんなことしなくても、振り向く人間が皆、恐怖で脅えるから」

在り難い忠告のお礼は真琴の気合のこもったパンチだった……。

「いってえ、まぢで殴ることないじゃないか」

「祐一が変なことを言うからよっ」

何故か真琴は、頬を膨らませて精一杯怒っていた。
いや、単にいつも通りからかってみただけだが。

まあ、ふざけるのはこれくらいにして……。

「なんですってぇ」

何気に真琴のパンチがもう一撃、正確に同じ場所をいぬく。

「真琴は本気なんだから、ふざけないでよ」

何故……考えていることが分かった?

「真琴、地の文を読むのは反則行為だぞ」

「口に出してたっ」

ぐあっ……。
どうやら俺の封じていた悪癖が、弾みで再現されたらしい。

「分かった、俺も本気になる」

俺は三度拳を握る真琴を抑えると、そう宣言する。
というか、これ以上殴られると口内炎になりそうだ。
今も、口に僅かな血の味が滲んでいるし……。

「で、魔女の衣装ってどこに売ってるの? さっさと白状しなさいよ」

「だから、知らんって言ってるだろ」

いくら俺だって、知らない世界など沢山あるのだ。
特に、そんなディープな世界は……。

「でも美汐は、こういうものは男の方が知ってるものですって……」

……天野、面倒だと思って俺に押し付けやがったな。
流石おばさんくさいだけあって、老獪な戦術を心得ているようだ。

いつか必ず復讐してやると心に誓いながら、俺は思い当たる節を適当に口にした。

「秋子さんなら、何か知ってるんじゃないか?」

というより、秋子さんなら笑顔で作ってくれそうな気がする。

「そっか……秋子さんならトカレフの入手方法ですら知ってそうだもんね」

トカレフって……そんな露西亜製の極めて殺傷能力が高い銃を、
こいつは何に使いたいと思っているのだろうか?

……明日くらいに、南京錠でも買って来ようかなと俺は密かに思った。

 

「それくらいだったら、二、三日もあれば作れますよ」

下で優雅にお茶を飲んでいた秋子さんは、
真琴の相談に案の定、華麗な微笑で以って答えてみせた。

「本当?」 真琴は満面の笑みで秋子さんの左腕を掴んでいる。

「ええ……本職ですから」

……今、何かとんでもないことを言わなかっただろうか?
というか以前にしていた、株の取引関係の会話はフェイク?
取りあえず、イリーガルな製品の闇取引よりはマシだが……、
って、そんなことは今はどうでも良いことだ、多分。

「で、ステッキはどんな奴ですか? やっぱり今、日曜日の朝……」

秋子さん、貴方もですか!!

真琴が一生懸命に首を振って違うと強弁するのを聞きながら、
そう言えば、俺は何故真琴が魔女(の服装)に拘るのか、
その理由をまだ一言も説明されていないことに気付いた。

「実は……」 真琴はもじもじしながら事情を話し始めた。

「ハロウィーン・パーティって、知ってる?」

「ええ。十月三十日に、子供達が魔女や怪人に扮装して、
近くの家々を周り歩くお祭りのことよね」

それは俺も知っている。
菓子か悪戯か……かなり理不尽な二者一択を以って、
大人たちから菓子を巻き上げる阿漕な行事だ。

「そうか……お前、そうやって商店街を練り歩いて菓子をせびるつもりだな」

「そんなことしないっ」

言葉と同時に、本日三発目のパンチが頬骨の辺りに炸裂した。
その様子を秋子さんは、頬に手を当てながら楽しそうに見ている。

「その日に、園の子供たちにお菓子をあげるって計画があるの。
でも、恐い魔女や怪人がいないと面白くないから」

いや、子供は菓子さえ貰えりゃ満足だ……と言おうとしたが、
真琴にまた殴られそうなので沈黙を貫くことにする。

「そうね……私はなかなか良いアイデアだと思うけど。魔女と……」

そこで一旦言葉を止めて、意味ありげに俺の方を見る秋子さん。
というか、なんでそんな楽しそうな笑みを浮かべてるのですか?

「怪人役」

秋子さんはあっさりとそう言ってのけた。

「あっ、それ面白そう〜」

しかも、真琴は相当乗り気になってしまったようだ。
そんな真琴を見て、ふふふと笑う秋子さん。
俺にはその仕草が、魔女に思えて仕方がなかった……。

というか、俺だけこんな目に会うのは理不尽だと思うのだが。
そう、俺だけこんな目に会うのは……。

そうか……。
その手があったか……。

できるだけ、道連れは多い方が良いのだ。
俺は悪魔的な考えを浮かべると、秋子さんと真琴に俺の考えを話した。

「了承」 秋子さんは笑みを浮かべて、ジャスト一秒後に言った。
復讐の機会は、思ったより早く訪れたようだ。

 

そして当日、十月三十日の昼。
俺は不審げな顔を見せる一人の少女を連れて、目的の場所へ辿り着いた。

「あの……」

理由を説明されないことを不審に思ったのだろう。
その少女、天野美汐はおずおずと口を開いた。

「ここ、真琴の働いている保育園ですよね」
「ああ、そうだぞ」
「……なんで、こんな所に私を連れてきたんですか?」
「……さあな」

俺は適当にお茶を濁しておく。
その時、奥の方からハロウイン用の扮装をした真琴が走ってきた。

「美汐〜、こんにちは〜」

にやけた顔と礼儀正しい挨拶と服装に、思わず一歩後ずさる天野。
ちなみに真琴が着ているのは全身を覆う黒のローブに、
真琴の背丈と同じくらいの竹箒……とんがり帽子と黒猫の人形だ。
恐さは全く無いが、真琴は非常に楽しそうだった。

「えっと、私、無性に帰りたくなって来たんですが……」
「不許可」
「却下」

直感の鋭い天野を遮るように、俺と真琴でブロックする。

「実はさ、今日来る筈だった人が風邪で寝込んじゃったんだよな、真琴」
「うん、それで凄く困っちゃって……」

勿論、これは嘘だ。
そんなやつ、最初からいやしない。

「それで私に真琴と同じ格好をしろと言うんですか?」

天野は全身を以って、嫌悪感を表明している。
だが、こちらとて天野の性格など完全に把握済みだ。

「美汐……お願い」

真琴が僅かに涙を滲ませて、上目づかいに天野を見る。
元々真琴のことは目にいれても痛く無いと思っている天野、
そんな顔をされて思わずひるんでしまう。

「まあ、人助けをすると思って何とかやってくれないか。俺だって参加するし」

道連れが他にもいる……その思いが、最後は背中をもう一押ししたのだろう。

「……仕方ありませんね」

天野はそう言って、渋々納得したのだった。

 

「あはははは、祐一、凄く変〜」

更衣室から出てきた俺を出迎えたのは、真琴の哄笑だった。

「あっ、かぼちゃ男〜」
「変なの〜」
「ばっかでえ」

真琴の前に集まっていた園児から、そんな無邪気な攻撃が跳ぶ。

想像の通り、俺は今、南瓜の仮面を頭からすっぽり被っていた。
中世欧州風の普段着を着込み、その上から軽くマントを羽織っている。
南瓜の仮面がリアルに重いせいか、バランスのせいで頭がふらふらした。

こんな辛い目にあって、しかも子供から馬鹿にされて……。
俺は思わず泣きたくなる。

こうなると俺の楽しみは、道連れ一号こと天野しかいない。
俺は園児に石を投げ付けられながら、その時を必死に待っていた。

「あ、あの……」

その時、正に天は俺に微笑んだ。
か細い天野の声が耳に届き、俺は素早くその方向へと注視する。

俺や真琴、園児たちの視線に気付いたのだろう。
天野は帽子で目を隠すと、顔を俄か朱に染めた。

真琴が栗色の髪をした見習魔女なら、
天野はそれを嗜める先輩魔女といったところだろう。

「あ、えっと……」

ますますもじもじと身体を動かす天野に……。

「ぷっ、あははははははははっ」

俺は笑いを堪えることが出来なかった。
いつもでは全く見られない、可愛らしさ溢れる天野の姿が見れたからだ。

だが……。
俺はその脇で膨れあがる殺気を不覚にも見逃してしまっていた。
そして、天野は怒らせると非常に恐いということも……。

また、一人で笑い転がる姿も園児たちの不信感を呷ったのだろう。

「皆さん、良いですか?」

天野にしては余りに明る過ぎる声に、思わず背筋が冷える。
俺は笑うのを止めた。

それから僅かに遅れて、はーーいと、子供たちが返事をした。

「私とあの南瓜のお化けと、どちらが良い人に見えますか?」

おねえちゃんの方、と子供たちは同時に返事をした。
今時の子供には珍しい、天真爛漫とした声だ。

「じゃあ、今からみんなであのお化け南瓜をやっつけちゃいましょう」

はーーいと、子供たちが同時に返事を……って、え?
天野さん、先程あなたなんとおっしゃられましたか?

「それでは、れっつごー」

はーーいと返事する子供たち。
間髪いれずに、砂煙をあげて子供達が全速力で駆けてくる。
その隙間から見えたのは、天野の怒りに満ちた清々しい笑顔であった……。

「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」

晴天に響いた悲鳴が誰のものであるかは、今更推測するまでもないだろう。

俺は薄れゆく頭の中で、果たして魔女は誰だったのだろうと考えていた……。


あとがき

魔女とは誰だったか、分かったでしょうか?
天野? 真琴? それとも秋子さん?
答えは私にも分かりません。

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