記念すべき矢吹駆シリーズの第一作目。現象学的直観に基づき、推理ではなく己の哲理で以って不可能犯罪の謎を解明していくという、他には見られない作品です。ちなみに言うと、初笠井潔。まあ――当たり前か(笑
この作品は事件の謎、背景に流れる哲学も去ることながら『名探偵登場』の場面が非常に鮮やかで印象的です。詳しいことは読んでからのお楽しみにしておきますが、禁欲にして思索深い心理の探求者、矢吹駆の一端を垣間見ることは間違いない筈です。事件は彼と事件の語り役、ナディア=モガールの出会いから暫く経ったある日のこと。かつてスペインでレジスタンス活動を行っていたIという人物から届いた手紙。興味を惹かれたナディアは、関係者が揃う誕生会に参加し、参加者達を見据えるも謎は以前混沌としたまま。翌日、その誕生会の現場、ラルース家で首なし屍体殺人事件が発生し、そこから幾つもの推理的、哲学的変容を経て、続く第二、第三の事件と共にそれは終焉へと近づいていきます――探偵、矢吹駆のもたらす終焉へ。
最後の部分だけがその性質上、少し浮いているような気はしましたが、首切り、密室等の現象が解き明かされるラストは隙がなく、それでいて微かに隙の残るような内容でした。それは、事件が解決しても探偵の求める解決はまだ遠くにあることを示唆しているようにも思えるのです。単体としても質が高く、シリーズの第一作目として再読した時、また別の味が分かる作品でした。正面切っての本格ミステリィが好きで、探偵の醸す衒学的な雰囲気が好きだという方にはお薦めな作品です。