黄金の羅針盤

『ライラの冒険(英題名:His Dark Material)シリーズ』という壮大な物語の第一部を成す作品です。本当は三冊まとめての感想をまとめようと思いましたが、一冊ごとの思い入れが強いし、題名も違うので別々に紹介しようということで。

第一部『黄金の羅針盤』は、我々とは少し違う世界から始まる北極圏を目指しての冒険の旅が、ライラという魅力的な少女を通して描かれています。先ず、この少女がぶっ飛んでて良い感じ。所謂、純然とした良い娘ではない、大人にだって平気で嘘を吐くし時には戦いすら挑む勇敢で、悪く言えば蓮っ葉な少女なのですが、大人顔負けの筋の通り方を持つ、なかなか格好良い少女なのです。端的に言えば『不思議の国のアリス』のアリス辺りを思い浮かべて頂ければ、イメージはそれに近いと思われます。それよりは強かだし数倍辛い目に会うのですが、それは物語を紐解いた方だけへのお楽しみということにしておきます。

時は(ライラの時代で)近代、誰もが人にダイモンという守護精霊を持つパラレル・ワールドに存在するオックスフォード大学ジョルダン学寮にて起きた、不可解な幾つもの出来事からライラ(そして彼のダイモンであるパンタライモン)の冒険は始まります。探検家としてライラが敬服を置く、叔父アズリエル卿の毒殺未遂事件、ゴブラーと名乗る謎の子供連続誘拐魔、そして突如、ライラの元に現れたコールター夫人という謎の人物、そして真理計と呼ばれる真理を見る器械。全てはライラを北極の果てに向けての旅へと赴かせることになります。そこで出会うのは水の民ジプシャンたち、誇り高き鎧を身につけたクマ『イオレク・バーニソン』、孤高の気球乗り『リー・スコーズビー』、そして『セラフィナ・ペカーラ』を中心とする魔女の一族など、異邦の者達。何れも一癖二癖あって、魅力的なキャラばかりですし、彼らのお陰でライラの旅が波乱に満ち、また心強くなっていく様が時として活き活きと描写されています。

反面、呆気なく奪われていく人の命や尊厳なき残酷な所業、献身総評議会(ゴブラーと呼ばれる人達)による実験により、切り裂かれしものとされた心無き人間の存在も同様に描写され、冒険に立ち塞がる壁の強さをまざまざと見せつけもするのです。この光と闇を明確に、そして平易に描くことによって『黄金の羅針盤』は骨太の物語を提供してくれていました。今ではない時、そしてこことは少しだけ違う場所を舞台にしたライラの冒険は、最後のページまで息もつかすことのないストーリィと次巻『神秘の短剣』に対する果て無き興味を与えてくれることでしょう。

ただ、最後の場面でのアスリエル卿とコールター夫人の描写からも絶対、この話って普通の児童文学じゃないなーと思うこと頻り。しかし、最初の数ページより魔法がかかったと思えるほど一気に読み通せました。久々に文章というものが持つ圧倒的な力というものを垣間見たような気がします。訳も非常に丁寧で良く出来てますし、何よりストーリィ・テリングの能力が並外れてる。ファンタジィの魅力を十二分に含んだ物語と言えるでしょう。

私的には、イオレク・バーニソンというクマの活躍がこの巻の最たる見所です。彼とクマの王との一騎打ちは、私的にこの本最大の山場と決定(笑

[TO BOOK ROOM INDEX] [TO SITE INDEX]