生徒会室の謎


生徒会室の謎(解決編)

第六幕 祐一、推理を披露する

「はえー、犯人……ですか?」

佐祐理さんの何故か間の抜けた声に、俺は強く頷いた。

「そうですか、だったら安心ですよね」

何が安心なのかはさておき、俺は佐祐理さんに先程思い付いた推理を話すことにした。頭の良い佐祐理さんなら、俺が間違ったことを言っても、ちゃんと指摘してくれる筈だから。

「じゃあ佐祐理さん、今から俺の推理を話す。聞いてくれるな」

「ええ、勿論です」

「じゃあ廊下で立ち話もなんだから……」

そう言って、俺と佐祐理さんは近くの教室に入った。当然のことながら人のいない教室で、俺は話を始めた。

「今回の事件で一番の謎は、やっぱり密室にあったんだと思う」

「ええ、佐祐理もそう思います」

珍しく(と言っては失礼か)真面目な顔で、佐祐理さんが合の手を入れる。

「問題は、犯人がどこから抜け出したかってことだ」

そう、問題は犯人の侵入経路にあったのだ。

「まず、窓から脱出することは不可能だ」

裏庭には新雪が積もっていたし、踏み荒らされた形跡は何処にもなかった。

「となると犯人の侵入経路はただ一つだ……犯人はドアから入り、そしてドアから出た」

これが、俺の出した結論だった。

「ふえ、そうだったんですか?」

俺の推理に、佐祐理さんはぽかんとした表情を見せた。

「でも、生徒会室の前には、ずっと副会長さんが立っていたんですよね」

「……その姿を、佐祐理さんは見ていたか?」

「ええ、佐祐理が駆け付けた頃には生徒会室の前にいましたよ」

「そう、俺が駆け付けた時にも彼女はいた。しかし裏を返せば、俺と佐祐理さんが駆け付けるまでに、空白の時間が存在するんだ」

俺の推理は段々、核心に迫りつつあった。

「つまりはこういうことだ。彼女は放課後、久瀬と口論になり、かっとなって生徒会室にあったあの土産物で久瀬の頭を殴った。しかし直前、叫び声をあげられてしまう。

慌てた彼女は生徒会室を出ると、予め持っていた合鍵を使ってドアを閉めたんだ。その直後に俺と佐祐理さんが現れ、彼女はずっとドアの前に立っていたふりをした……多分、これが事件の全てだと思う」

鍵を掛けたのは、侵入経路を特定させないようにして、捜査を混乱させるためだろう。咄嗟によく考えたものだ……と、俺は感心した。

「じゃあ、犯人は……」

「生徒会副会長、彼女が久瀬を殴り倒したんだ」

実に綺麗な推理だと思った。というより、反駁のしようはないだろう。そう、その時は思っていた。

しかし佐祐理さんの様子は、相変わらず虚空を見ているような、気まずそうな、そんな雰囲気だった。

「どうしたんだ佐祐理さん、俺の推理に何か穴があるのか?」

「……はい」 佐祐理さんは申し訳無さそうに頷いたのだった。

 

第七幕 佐祐理さん、推理を披露する

「まず副会長さんですけど、なんでその時に限って都合良く合鍵を持っていたんでしょうか。祐一さんの話だと、事件は突発的に起こったものだから、それはおかしいですよー」

うっ、それは考えてなかった。

「それに生徒会の方々は、皆合鍵なんて作れないと言われてましたよね」

「それは……何かの方法で手に入れたんだと思う」

佐祐理さんの反論に、俺は辛うじて答えた。しかしそれは二つの質問の答えには、到底なり得ないものだった。

「そして最後ですけど、久瀬さんの倒れていた現場は血が沢山飛び散っていましたよね。普通、あんなに血が出ているなら、犯人にも血が飛び散る筈ですよ」

とどめの一撃だった。確かにそうだ、人を殴れば少なからず血が飛び散る。そんな跡があれば、警察がとっくに発見しているに違いなかった。

俺は論理の綺麗さに酔って、現実の現象を鑑みようとしていなかったのだ。しかし……それでは密室の謎が復活するではないか。窓からでもドアからでもないのなら……。

「じゃあ、犯人はどうやってあの密室から脱出したんだ?」

当然の疑問だった。その疑問を解き明かす術を、佐祐理さんは既に手に入れているのだろうか。しかし佐祐理さんの言葉は、俺の想像の外にあった。

「そうですね、誰もあの部屋からは脱出しなかったと思います」

何だって?

「じゃあ犯人は、生徒会室にずっと隠れていたって言うのか?」

いや、それはない。俺は部屋に入る前に、人が潜んでいられそうな場所を全てチェックしておいた。それは不可能だ。

「違いますよ。つまりですね、今回の事件に犯人はいないんです」

「は、犯人は……いない?」

我ながら素っ頓狂な声だと思う。

「ちょ、ちょっと待った佐祐理さん。犯人はいないって、じゃああの悲鳴は?」

久瀬は誰かに襲われたから、悲鳴を上げたのではなかったのか。しかし佐祐理さんは全く動ぜずに、あっさりとそう答えた。

「あれは、舞台の台詞なんですよ」

「舞台の……台詞?」

舞台……俺にはその意味がすぐにはわからなかった。しかし、すぐに今朝の登校風景が思い起こされる。

「けど、久瀬は演劇部員でもなんでもって……」

ふと、そこで言葉を止める。そしてまだ鞄の中に入っている演劇部のビラを取り出して広げた。

演劇部 公演案内
日時 三月六日午後二時より
場所 体育館
公演演目 不如帰の籠
あらすじ 声の出せなくなった少女がある事件で……
…………
…………
なお、特別ゲストの出演もあり。

「も、もしかしてこの特別ゲストって……」

「はい、これって久瀬さんのことだったんですね。最初は佐祐理も確信はなかったんですけど、さっき演劇部の娘に尋ねたら答えてくれましたよ」

ぐあっ、さっき佐祐理さんが廊下で話してたことって……。

「佐祐理はこの劇の内容がサスペンスだって知っていましたから、ピンと来たんです」

サスペンス? そう言えばビラの中にも、「ある事件で」というくだりがある。

「じゃあ、久瀬が浮かれたような様子だったり、発生練習をしてたり、芝居がかった振る舞いだったりしたのは……」

俺は、恐る恐る声を出した。

「ええ、密かに演劇の練習をしていたんですね。特別ゲストですから、大っぴらに振る舞うわけには行かなかったんですよ。多分、久瀬さんはあの時、自分の演技がどれくらいのものか試して見たかったんですよ。

それで叫び声をあげた後、そわそわしていたらワックスがけをしたばかりの床に足を滑らせて、机の上にあった置物に頭をぶつけたんです」

「あっ、そうか……」

昨日は大掃除で全校ワックスがけをやっていたのだ。だから今日の朝、机が廊下に並んでいたわけだが……。俺は昨日、掃除を休んでいたから今まで失念していた。

そしてもう一つ思い出したことがある。久瀬が黙秘していたことだ。

もし久瀬が、自分を襲った人物を見ていたとしたら、間違い無く久瀬はそのことを喋っただろう。基本的に自分本意な奴だから、他人には容赦はない。

そして何も見ていなかったら、正直にそう答える筈だ。しかし久瀬はあえて黙秘した。となると原因は、自分の恥を隠したかった、としか考えられない。

考えれば考えるほど、佐祐理さんの答えが正しいように思えて来る。それと同時に、先程までの俺の自信満々な態度が恥ずかしく思えてきた。

「それで、どうですか? 何か間違っている所はあるでしょうか?」

俺は黙って首を振るしかなかった。

この先、述べることはほとんどない。偶然、学校にいた刑事を捕まえて、佐祐理さんの推理を聞かせたのだ。警察は半信半疑だったが、少し締め上げると、あっさり事故であったことを白状した。

「今更、ふざけてやったなんて、恥ずかしくて言えませんよ」

開き直って言った久瀬に、警官の雷が落ちたのは言うまでもない。

そんなことを聞いたり、舞の様子を見に行ったりで、学校を出た頃には既に七時を回っていた。

「はあ、何かひどい脱力感がする……」

散々走り回ってあの結論じゃ、気が抜けるのも当然だと思う。しかし佐祐理さんは、

「祐一さん、元気出して下さい」

と満面の笑みだった。多分佐祐理さんは、俺が間違った推理をしたことを気に病んでいると考えているのだろう。勿論、それもあるのだが……。

そして暗闇の別れ道。

「……ありがとう」

どこからか、感謝の言葉が聞こえた。

「えっ、さっきの舞か? でも……」

俺は感謝されるようなことはしてないぞ、そう言おうとした時だった。

「祐一も佐祐理も、私のために走り回ってくれた。だから……ありがとう」

舞は少し、顔を赤くしていた。こうなると、からかいたくなるのが性分と言うものだ。

勿論、その後チョップの嵐を受けたことは言うまでもない。

そして後日、俺はあの日から気になっていたことを佐祐理さんに尋ねてみた。

「なあ、佐祐理さん」

「えっ、何ですか?」

「佐祐理さん、事件のあった日、暗い顔をしていただろ。あれって結局、何があったんだ?」

俺がそのことを訊くと、やはり佐祐理さんはバツの悪そうな顔をした。

「それは……本当にちょっと、先生と話していただけなんです。お前なら、もうちょっと上を狙えたのにって……」

「あっ……」

思わず息が漏れる。その言葉で、佐祐理さんが何故暗い顔をしていたのか、何となくわかったのだ。

多分、その先生は舞のことを悪し様に言ったのだろう。そりゃ、普通に見れば舞のやって来たことは不良の行いに相違ない。

『そんな奴に合わせてやる必要なんてなかったのに』

そいつは、それくらい言ったのかもしれない。だから佐祐理さんは……。

「でも、いいんです」

俺が俯くと、佐祐理さんは一転、いつもの笑顔を浮かべた。

「佐祐理は舞のことが好きですから、それに祐一さんも。それで充分だと思うんです」

「……ああ、そうだな」

俺は佐祐理さんの言葉に、力強く頷いたのだった。


後書きなんだよもん

どうも、お待たせです。Sシリーズ第一段(本当はKanonサスペンス劇場ではなくて、こちらが正式名称)、生徒会室の謎、解決編をお送りしました。皆さんは真相まで辿り付けたでしょうか。

正解者の方は、恐らく私の仕掛けたトラップ(真の探偵役は、祐一ではなくて佐祐理さんである)も、素早くかわせたと思います。

ちなみに、久瀬の事件は事故だったと指摘していれば正解とします。問題編にも、犯人は誰かということは聞いていません。こういう言葉使いは厳密にしなければ、アンフェアになってしまうので……。

Sシリーズというからには続き物です。ネタは今の所、二つあります。

一つ目は三人の同居編、タイトルは『亡霊の手』です。内容はシリアルキラーもの……と言っても、心理科学、俗に言うプロファイリングの知識は全く不要です。物語色の方が強い作品ですので、ミステリに寒気が感じる方でも、平気となっております。

二つ目は舞と佐祐理の通う大学で起きる事件、タイトルは『吸血鬼の密室』です。これは、あるノベルゲームに出て来る不可解状況を、ミステリ的に解決するとしたら……という考えが念頭にあります。タイトルからもあるように、主題は勿論密室……あとは思い出、かな? こっちはひたすら本格色の強い話にする予定。

タイトルが怪しいって? まあ、こういうハッタリ臭いタイトルはミステリの常套ですからね。

しかし、Kanonキャラでミステリをやろうとすると、当然以下のような制約を受けるわけです。

こんな規則はありませんが、特に上二点を実行してしまった場合には、どんなことをされるかわかりません。メール爆弾、暗殺者、悪戯電話、密室殺人、ゴキブリ大繁殖、魔の狐狩り、スター・プラチナ怒涛のラッシュetcetc……。

あと補足ですが、舞のことを悪し様に言った教師とは、石橋のことではありません。

でわ次回、亡霊の手でまたお会いしましょう。

追記:うぃさん、ご指摘ありがとうございます。以後は(以後があるのか?)その辺りの描写に手を抜かないようにしておきます。

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