部屋の掃除を終えると、早苗は鳥居の上にごろりと寝転がり、四肢を広げ、冬の緩やかで柔らかな陽光を一身に受ける。時折、冷たい風が頬を撫でるものの、とても心地よかった。社の屋根に登るのは少しばかり不敬かなと思うのだけれど、そこから眺めることのできる諏訪の湖と針葉樹林は清々しいほどに鮮やかで、早苗はその光景を気に入っていた。役得だなとつくづく思う。
ここに来る前は、読書をするとき時折眼鏡をかけなければならないくらいだったけれど、こうして毎日嫌でも遠くを見るようになって、みるみる間に目が良くなった。あるいは霊力が研ぎ澄まされてきたからだろうか。今では代わり映えのしないように見える眼前の景色に、日々ごと移り変わる微かな違いすら捉えられるようになった。そのことを実感すると早苗はいつも、頑張ろうという気持ちになれる。わたしたちのような異邦者をも悠然と内包する自然と世界に、感謝の思いが湧いてくる。
けだし敬虔な気持ちになりかけていた心を射貫くかのように、空腹の鐘がぐぅと鳴る。早苗は仄かに赤面し、それから一人分の食事を用意する面倒さを思う。あちらの世界では当たり前だった冷凍食品はもちろんなく、他に不意な空腹を埋める術も浮かばない。外回りに出るわけでもなし、抜いてしまおうかなと気持ちを固めかけたとき、社に近い岸付近の湖面が泡だった。何だろうと目を凝らすと、不意にフェルト帽と顔の上半分が湖面から姿を現す。そのまま水平移動でこちらに向かって来るその様を見て、早苗は腰を抜かしそうになった。
その物体は突如、湖面から一気に飛び出し、青いワンピース姿の少女として、一直線にこちらに向かってきた。そして屋根の上に器用に着地する。以前、早苗がある理由で訪ね、その時から何となくうまがあって懇意にしている河童の少女だった。
「こんにちは、早苗さん……あれ、どうしたの? そんな驚いた顔して」
早苗は少女の呑気な声を聞き、ようやく安堵の息をもらす。
「にとりさんだったんですね……地獄の黙示録みたいに現れるから吃驚しましたよ」
「地獄の黙示録……ってなに?」
今度はにとりの訳が分からなくなる番だった。一九七〇年代の映画がこちらに伝わっているわけないよなとすぐに合点し、しかしどう説明して良いか分からず、早苗は俄にしどろもどろとなった。
「えっとですね、映写機……じゃ分からないですよね。幻灯機、と言えば分かるでしょうか?」
「それなら知ってるよ。少し前に天狗の間で幻灯機が流行ったとき、それ用のレンズを納めたことがあったから。スライドに色をつけたものを、白い幕に投射するんだよね。何台も使って動きがあるように見せるのが面白いよね」
「ええ。それを地上では、もっと薄いフィルムのロール状のものを作り、回転させながら拡大、投影することで、躍動感のある動きを表現することに成功しているんです」
早苗の説明に、技術家のにとりは目をらんらんと輝かせながら聞き入っており、終わるや否や質問をぶつけてきた。
「それはもちろん、電気の力で動くんだよね?」
以前、倉庫にしまわれている品物を見せたとき、洪水のような質問攻めにあったのだけれど、にとりはそのことを踏まえた上で質問をしてきた。流石、技術家と名乗るだけあって思考は柔軟で、理解も舌を巻くほど早い。だから早苗も、くだくだとした基礎中の基礎を再度説明することはしなかった。
「あちらの世界では大なり小なり、力を必要とするものはほぼ全てといって良いくらい、電気を動力源にしていました。もっと爆発的な力が必要な場合は草水を圧縮して燃やすんですが」
「あ、そっちのほうが動力としては理解できるかな? でも、凄いなあ。前に話してくれた、レールに沿って時速何百キロで動く鉄の箱って奴も電気で動くんでしょ? 巨大な力にも、繊細な動作にも一つの動力で対応するなんて、これまで想像したこともなかったなあ。そもそも動力を生み出す装置という考え方すらなかったし」
にとりの説明に、早苗はなるほどなあと思う。
個体差はあるものの、河童は強い力と知恵を持つ妖怪の一種だ。早苗の世界では河に住む怖ろしいものとして描写されることが多いけれど、妖力と変化の優れた使い手、ひいては水神の化身として畏怖されることもある。どちらにしろ力の強いものとして認識されているわけで、光学迷彩などという代物を平気で使いこなしているにとりの様子からして、遠く離れた印象ではないと考えている。
「電気を統一した動力源にするというのは、自らで力を発することのできない人間だからこそ思いつき、成し得たものなんですね」
そう考えると、普段から何気なく使っていた電気もなかなかに感慨深い。
「だね。でも、現実に成し得たってのは十分に凄いと思うな……と、そうだ。技術の話にかまけて忘れるところだった。今日は早苗さんにちょっとしたものを持ってきたんだ」
そう言うとにとりは背嚢を下ろし、中を漁り始めた。先ほどまで湖に浸かっていたにも関わらず、全く濡れた形跡のないのが不思議なのだが、河童だから撥水の妖術くらい使えるのだろうと敢えて突き詰めては考えなかった。背負えるくらいの背嚢だというのに目的のものを探し当てるのに偉く長い時間がかかっているのも、そんなものだろうと受け流した。つくづく幻想郷慣れしてきたなと早苗は思う。
更に数分後、にとりは長いホースのようなものがついた寸胴状のものを取り出した。明らかに背嚢の倍くらいの大きさがあるのだけれど、早苗が最初に気にしたのは見覚えのあるその形状だった。
それは業務用の掃除機によく似ていた。ただしキャスターとコードリールがない上、本体は木造り、ホースは何枚もの紙を重ね合わせた蛇腹である。蓋と思しき場所にいくつかの水晶が埋め込まれており、漆で描かれた文様と相まってどこか呪術的なものを感じさせる。
「これって掃除機なんですか? このホースで塵を、円筒状の本体まで吸い上げるんですよね?」
「うん、そうだよ」
「でも、動力源がなさそうですけど大丈夫なんですか?」
早苗が訊ねると、にとりはうきうきした表情で肯いた。
「これは元々、天狗が作り上げた代物でね。霊力を源に、塵や埃をホースで吸い上げ集めることができるの。吸塵器、って名前なんだけどね。それを早苗さんにも扱えるよう、ちょちょいと改造してみたというわけで」
にとりは掃除機、もとい吸塵器をぽんぽんと叩く。まるで親しい友人にするような仕草。それだけで彼女がいかにその器械、改造っぷりを気に入っているか、分かろうというものだった。
「早苗さんは天狗と同じで風の相だから、弄るのは楽だったんだけどね。効率をぐんと高めて、霊力の消費をぐっと抑えることに成功したんだ。同世代の機器ではお目にかかれないほどの高性能だよ。試しに使ってみる?」
ずずいと迫られれば、押しに弱い早苗は肯くよりほかなかった。それから吸塵器を抱えて居殿に戻り、今日掃除する予定のいなかった部屋の中に入る。
「真ん中の大きな石に手を載せて、霊力を直結すれば動き出すよ。最初はちょっと体に違和感? みたいなものを覚えるかもしれないけれど」
何気に怖いことを言ったような気もしたが、にとりへの信頼と器械への好奇心が勝り、早苗は水晶に手を置く。普段は凪の状態になっている霊力が自然と励起し、少し息苦しい気がしたものの、他に異常らしいものは現れない。少しすると突風の轟と立つ音が聞こえ、ホースが空気を吸い込み始めた。同時に本体がホバーのように浮き上がり、地面との摩擦が零になる。
「これはいよいよ、わたしのいた世界で使われていたものと遜色がありませんね」
底の平たい吸塵口ではなく、ホースの先を塵に直接宛がわなければならないけれど、これは倉庫にある掃除機のパーツを使えば補えそうだった。吸引力もかなり強いし、操作感も酷く隔たってはいない。早苗は慣れた手つきで吸塵器をすいすいと動かし始める。
「どう? 力ががくっと抜けてく感じとかしない?」
「大丈夫ですけど……」やはりそういう危険性があるものだったのか指摘しようとしたとき、不意にぼす、と鈍い炸裂音がして、器械が動きを止めた。「あれ、動かなくなりましたけど……使い方が悪かったですか?」
「いや、そんなはずは……ちょっと調べてみて良い?」
早苗の了解を待たず、にとりは吸塵器の蓋を開け、人間が作るものとは明らかに異なる内部構造を露出させた。
「ありゃりゃ、過剰入力の抑制装置が壊れてる」
「それって、どういうことですか?」
「要は早苗さんの注いだ霊力が強すぎたってこと」
「強すぎ、ですか……そんな力んだつもりはなかったんですけど」
「うん。だから悪いのはわたしのほう。早苗さんの出力を見誤ったってことだね。でも驚いたなあ、並の霊力使いじゃないってのは分かってたけど、それなりに使える人間の情報を基にかけた抑制だったんだけどね。ものの数秒で壊れるなんて。初めて会ったときは……あ、気分を悪くするかもしれないけど、そこまでの遣い手とは思ってなかったんだけど」
その言い方には流石に少しむっとしたけれど、しかしにとりの言う通りだ。彼女と初めて会ったのは秋も暮れ頃だったと記憶しているが、その頃と比べて力に関する手応えが段違いなのだ。
「最近、とみに調子が良いんですよね。ここに来たばかりのときは、力の通りが良過ぎて体調が悪くなるくらいだったんです。でも最近では大分慣れてきたみたいで、すると何というか巡るようになった感じで……」
上手く説明できずしどろもどろしていると、にとりが助け船を出してくれた。
「人間の霊力使いは、全身に力を巡らせる道のようなものを持っていることが多いから。早苗さんもきっとその類なんだろうね。そう言った力は定期的に力を流し、淀みなくすることで鍛えることができるんだけど……早苗さんの場合は、これまでずっと外の世界にいたんでしょ? 噂によると、あちらでは霊力が乱れきって殆ど力にならないって話を聞くけど」
「さあ、どうなんでしょう。あちらの世界ではそうそう力を行使したことはなかったですけど、使いづらいと感じたことはなかったですね」
「ふむり、そうなると余程の低霊力下でも力を発揮できる体質ということなのかなあ」
にとりは少し考え込む仕草を見せたが、不意に早苗の顔を見据えてきた。
「早苗さんは現人神の末裔って言われてたんだよね。わたし、それって霊力の高さゆえに崇拝されていたからだと思っていたんだけど、違うのかもしれないなあ。早苗さんは真に神様の血を引く、その末裔なのかもしれない」
「それは……わたしが神奈子様の血を引いたものだということですか?」
そんなことは東風谷の伝承にも、神奈子様の言葉にも一度も現れなかったことだ。言った早苗自身が信じておらず、にとりもまた慎重に言葉を次いだ。
「そうだとは断定できないけどね。全く別の由縁を持ち、霊力の高さゆえ見込まれたという可能性もある。ただ一つ言えるのは、早苗さんがずっとこちら側に近い存在なのだということ。そのことを御柱様たちは存じているの?」
「さあ、よく分かりません。わたしが知っているのはあちらの世界で母の同胞から生まれ、特別な力を受け継ぎ、しかし概ね平凡に生きてきたということだけです」
不自然に突き放した言い方だというのは分かっていたけれど、今は突きつめて考えたくなかった。神奈子様があちら側で得た信仰を初期化してまで幻想郷に移住してきたくだり、葛藤などといったものを激しく思い返してしまいそうだったからだ。
そのことを察してか否か、にとりもそれ以上は追求してこなかった。
「早苗さんがそれで納得できるならば、それで構わないと思う……というより納得できていたものをわたしがかき乱しちゃったのかな? だとしたらごめんね」
構わない、そう言いたかった。でも胸にしこりのような固さが残り、舌を絡め取り、言葉することができなかった。それが早苗に殊更、構うことなのだという自意を強く伝えた。
にとりは一瞬だけ傷ついたような表情を浮かべ、それから不自然なくらいに明るい調子で柏手を打った。まるで気まずい空気を追い払うように。
「そうだ、神様の話で思い出したんだけど」
そう言って再び背嚢を漁り、大きな瓢箪をいくつか取り出した。
「これは……お酒ですか?」
「うん。以前にお会いして話をしたとき、興味を持たれたようだったから。河童の里謹製、きゅうり百パーセントのお酒」
「きゅうりだけのお酒、ですか?」
「河童以外のものからすれば驚きだろうけど、美味しいんだよ。冷たい水で割ると、程よい甘みと酸味が相まって舌を滑らかに転がるの。早苗さんも試してみる?」
「えっと、でもお酒なんですよね」
こちら側に超してきて幾月か経つけれど、早苗の酒に対する苦手意識は未だ強く、つい及び腰になる。それから酒を胃に収めたときのきゅっとなる感覚を想起し……必然的に空腹の唸り声を上げた。
先程の緊張とはまた感じの違う沈黙が二人の間に流れる。不意ににとりがぷっと噴き出し、早苗は林檎のように赤面した。
「そ、そのっ……一人分の昼ご飯、用意するのが面倒だったんです」
「うん、その気持ちは、分かるけどっ」何とかそれだけ言うと、にとりは再び床を転がり始める。「ごめん、でも何というか完全に緊張の箍が外れたというか」
早苗はふて腐れ、ついとそっぽを向いてしまう。にとりは慌てて身を起こし、ごめんごめんと実のこもらぬ謝罪をする。それから三度背嚢を探り、良い香りのする笹包みを取り出してみせた。紐解くと四個のおにぎりが、何とも美味しそうに鎮座していた。
「これ、半分食べて良いからさ、許してよ」
ごくあっさりと、しかし瞳には強い期待を込めて問うてくる。早苗はさきほど許さなかったことが、にとりの心を阻んでいるのだと知った。ふとそんな理解に駆られ、次には軽口を叩き返していた。
「もう、しょうがないですね」それから風のように疾く、おにぎりを失敬した。「ん、美味しいです。程良く口の中ではらけて、塩味も上品で。このこりこりする感触は、胡瓜の浅漬けですか?」
漬け物を具にするなんて珍しい発想だけれど、なかなかに悪くない。
「うんうん、その通り。で、このお酒をきゅっとやってみて」
いつの間にかお酒の注がれた徳利が目の前にあり、早苗は酒精の匂いに少しくらくらとしながら、ゆっくりと喉に流し込む。恐れていたような青臭さは全くなく、酸味が舌と喉を穏やかに落ちていく。
「良いですね、辛くもなく重たくもなく。これだったらわたしでも結構いけそうです」
「水で割ると甘みが立つから更に飲み口が良くなるよ。でも生のままの味が楽しめるなら、問題なさそうだね。なんだ、早苗さんって実は相当にいける口なんじゃない」
「そんなことはありませんよ。ここに来てからお酒に勝てる方にわたし、会ったことがないですし」
「神様とか天狗とかああいうのを基準にしたら、わたしだって飲めないほうに入るよ。他の人間や妖怪にしたって、がぱがぱ飲んでる感じはしても、そうじゃない場合が多いし。酒を楽しむにはその味を識ること、ペースをつかむこと、後を残すことなく首尾良い潰れ方をする、この三つが肝要なの。今度、酒宴に参加することがあったらちびちびやる振りをして観察してみると良いよ。いかに誤魔化してるのが多いのか、分かると思うから」
「そういうものなんですかねえ」半信半疑ではあったものの、試すにやぶさかではないと思い、心の中に留めた。「それにしても本当にすいません。例の器械だけでなく、こんなものまで持参して下さって」
「いえいえ、人間風に言えばつまらぬものだよ。それにこの酒を所望したのはここの風神様だからね」
「あ、そうだったんですか? そういえば先程、以前にお会いしたと言ってましたよね。もしかして神奈子様が河童の集落を訪ねられたことがあるんですか?」
「うん、里の幾箇所かに分社を建てて以来、ちょくちょく来られるようになったよ。大概はのらりくらりと酒を所望するばかりなんだけど、報いて土地や畑に祝福を施したり、来年の作物についての助言を賜ったり、ある時などは土地争いの調停を任されて一刀両断に裁ききったこともあるよ。高慢で豪放だけど話のできる神様だって、広い評判を勝ち取っているみたい。少なくとも例の巫女が乗り込んできた一件以降、河童の間で悪い噂を聞いたことは一度もないかな」
にとりが細に聞かせてくれる話に、早苗は目をぱちくりとさせるばかりだった。居殿でのんべんだらりとしているか、ふらり出かけたかと思えば酔い潰れ戻ってくるか。神奈子様が早苗に見せる姿と言えば、専らその二通りだった。悪気なさげに、いたって気楽に、少しだけ申し訳なさそうに、迷惑をかけるわねえと。いつもそれだけだった。それを言うならあちらの世界にいた頃から、神奈子様はそんな感じだった。
「知りませんでした。そんなこと、神奈子様は話して下さらなかった……」
でも少し考えれば、分かったはずなのだ。ふわふわとして怠惰なばかりの神が、曲者揃いの妖怪の山で正しく奉られるなどあるはずがない。それなのに自分は、縁の下の働きが少なからぬ信仰を勝ち得ているのだと、半ば信じ込んでいた。博麗の巫女に高慢にも似た自信を砕かれたというのに、尚もわたしはこうも傲慢なのかと思うと、腹の虫など比べものにならぬほど恥ずかしかった。
「知らなかったんです……」
弁解するように再度呟くと、にとりは飄々と言ってのけた。
「そりゃ、早苗さんがいつも真面目で賢明なんだから、多少は絆されないわけにはいかないでしょ」
思いがけぬ言い方に、早苗は再びきょとんとする。
「わたしがゆえと、にとりさんは言いたいのですか?」
「うん、だって八坂様自身が言われてたんだもの。早苗がいつも仲良くしてもらって悪いわねえって、わたしの庵を個人的に訊ねられて、その時に色々と。あそこまで恐縮した経験なんて初めてで、頭の中が半分真っ白でさ」
それもまた初耳だ。どれだけ自らの善さを覆い隠そうとすれば気が済むのかと半ば呆れながら、にとりに訊ねた。
「で、どんなことを話されたんですか?」
「んー、特別なことは何もなかったよ。ただ早苗さんのこと、仲良くしてやって欲しいって、それだけ。あとはゆるゆるとお酒を交わして、それからわたしの発明道具を見せて回って。向こうの面白い話、色々と聞かせてもらったな」
「そうなんですか……」二人のやり取りが想像できず、早苗は何となく面白くなくて、つい恨みがましいことを口走っていた。「つまりにとりさんがわたしと親しくしてくれるのは、神奈子様が口利きしたからなんですね?」
なんて卑近なことをと、早苗は言った端から後悔する。それからおそるおそるにとりの顔を窺うと、唇を柔く尖らせていた。
「心外だなあ。例え神が下そうと鬼が命じようと、押しつけられた友誼に従う気はないよ」
そして童のように快い笑みを浮かべる。それで早苗は、恥の一切合切を許され、洗い清められた気がした。
「つまらないことを言いました、ごめんなさい」
「うん、そうだね。つまらないことだからもう忘れたよ。それより早苗さんの飲みっぷりを見てたら、わたしも飲みたくなっちゃった。一献注いでくれる?」
早苗は大きく頷き、これまたいつのまにか取り出した杯を、きゅうりのお酒で満たした。
ふと、何だか良いなあと、早苗は思った。