日常の一日

どたばた
「・・・なんなんだ・・・?」
今は春休み。大概の学生の例に漏れず、俺は惰眠をむさぼっていた。
・・・休みくらいゆっくり寝かせてくれ・・・
『わ〜!遅刻だお〜!』
ばたんばたん
俺の内心の願いも空しく騒音はやまない。
『早く行かないと間に合わないよ〜!』
・・・どうやら名雪はまた寝坊したらしい・・・
学校は春休みで休みだが、名雪は部活があるらしくこの時期でもきちんと学校に行っていた。
しかし、春休みでぐうたらモードに突入した俺はいつものように起こす事は無く、その結果毎日のように名雪は遅刻寸前であった。
・・・本日もその例に漏れなかったようだった・・・
『いってきま〜す!』
『いってらっしゃい。車に気をつけるんですよ』
ばたん
秋子さんの声に見送られ、名雪は慌しく出て行った。
・・・ふう・・・これで安心して寝られるな・・・
ばたばた
そう思って寝直そうとしたが、また別のところで騒音がする・・・
『あう〜っ!寝過ごしたぁ〜!』
声の正体は真琴だった。
・・・またか・・・
・・・この冬において数奇な運命を経て出会った真琴は、数日前に俺達のところにひょっこりと帰ってきた。
しかもきちんと今まで俺達と過ごした記憶はあるらしく、俺達のこともしっかりと覚えていたのだった。
しかしどうして戻ってくれたのか、それだけは真琴本人も全く覚えていないらしく、そのことについては真相は闇の中だったが、俺は素直に真琴が帰ってきてくれたことが嬉しかった。
・・・しかし、もちろん真琴に身寄りがある訳が無く、結局俺と同じく水瀬家に居候することになったのだった。(秋子さんに相談したら1秒で了承されたけど)
しかし、学校に通っていない真琴は遊んでいるわけにもいかないので、病気で入院していた、ということにして、結局元の保育園でバイトすることになったのだった。
『あう〜っ!遅れちゃうよ〜!』
ばたんばたん
・・・・・・・・・
うるさくて眠れやしない。
たまりかね、俺は真琴の部屋に行こうとして廊下に出ると、そこにはパジャマ姿の真琴がいた。
「あ、祐一。おはよう」
時間が無い割には余裕がありそうな笑みを浮かべて挨拶をする。
ここらへんは名雪の薫陶か?
「・・・おはようじゃ無いぞお前・・・うるさくて眠れん。もう少し静かにしろ」
「・・・あ!それどころじゃないんだよ!祐一!あたしの着替えはどこ!」
「・・・俺が知るわけ・・・」
ないじゃないか、と言いかけて、俺はとあることに気がついた。
「確か居間に干していたんじゃないのか?」
・・・昨日確か『ここのほうが早く乾くんだよ〜』とか言って居間に干していたような気がするんだが・・・?
「・・・あ!」
どうやら真琴も思い出したようである。
その瞬間、真琴は猛烈な勢いで一階に下りていった。
しかし・・・
『わ〜っ!』
ごろごろごろーっ!
ドシャーン!
・・・階段から豪快に転がり落ちた・・・
『あうう〜っ!』
やれやれ・・・
どうやらおかげで眠気はすっかり晴れてしまった。二度寝できそうにもないので、もう起きることにした。
「あ、祐一さん。おはようございます」
着替えて台所に下りたら、秋子さんが朝食の支度をしていた。
「おはようございます」
「あら。本日は早いんですね」
「ええ。真琴と名雪に起こされまして・・・」
「ふふふ・・・まるで名雪が二人になったみたい・・・これからは祐一さんも二人分起こさなければいけませんね」
「勘弁してください・・・」
・・・そう考えるとつらい・・・
なぜか真琴も名雪と同じくらい寝起きが悪いのだ。
「相沢さん。おはようございます」
「おう。おはよう」
俺はテーブルにいるもう一人に声をかける。
・・・天野だった。
真琴が帰ってきた時、俺は彼女を呼び出して全てを話した。彼女には知りうる資格があると思ったからだ。
『ひょっとしたら相沢さんが真琴を想う心が奇跡を起こしたかもしれませんね・・・』
そう言った天野の表情は、非常に穏やかな表情だった。
・・・彼女がその胸に思うことは何だったのであろうか・・・?俺には知る由もなかったが・・・
そして彼女の性格の改善&真琴から要望によって、天野も真琴と同じ保育園でバイトさせることにしたのだった。(天野は学校があるので休みの間だけ、という約束だが)
しかし最初の一日目でいきなり真琴が遅刻したので、それ以降天野がわざわざ家まで来て迎えに来るようになったのだった。
「えいっ!間に合ったー!?」
次の瞬間、着替え終わった真琴が台所に入ってきた。
「・・・真琴・・・遅刻です・・・」
地の底から響いてくる声をあげながら、天野は真琴に話し掛ける。
・・・かなり怖いんですけど・・・
「昨日あれだけ遅れないように、と言ったでしょう・・・何度言ったら分かるんですか・・・?」
「あ・・・あう・・・」
真琴は俺の方を見て助けを求めて来るが、俺にどうしろと・・・?
『祐一の薄情者ー!』
・・・何も言わなくても真琴の目はそう語っているよ・・・
「・・・全然反省が足りないようですね・・・では今日は道すがらたっぷりと聞かせてあげます。ふふふ・・・」
そう言うと、天野は真琴の手を取って、部屋を出て行った。
・・・真琴が後ろであうあう言っていたが、見なかったことにしよう・・・
「では行ってきます」
「いってらっしゃい。二人とも」
後ろで何事も無かったかのように秋子さんが見送る。>この程度のことでは動じない人であるのだった・・・
「二人とも保育園ではかなりの人気者なんですよ」
二人が出て行った後、何気なく秋子さんがつぶやく。
「・・・そうなんですか・・・?」
真琴はともかく、天野が子供達に人気があるのは意外なことだ。
「ええ。天野さんは子供達にいろいろなお話をしてあげるのですが、それが子供達の間で大評判らしいんです。あの人はお話が非常に上手な人みたいですね」
・・・そうだったのか。しかし、言われてみれば分かることだ。あの真琴を相手にしていればおのずとそうなるであろう。
でも元々彼女にはそういう才能があるのではないだろうか?でなければ真琴もあそこまで心を開くとは思えないしな。
「では祐一さんは今日はどうするんですか?」
そうだった。いつもは昼過ぎまで寝過ごしているが、今朝は名雪と真琴の二人のせいでたたき起こされたからな。
「うーん、せっかく早起きしたのですからちょっと出かけてきます」
「わかりました。いってらっしゃい。祐一さん」
俺はそう言うと、上着を羽織って水瀬家を後にした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・」
水瀬家を出た俺は、ものみの丘に来ていた。
『ここで真琴と会い、別れ、再会したんだな』
すっかり暖かくなった風を全身で受けながら、俺はふと考えた。
一度目の出会いは7年前・・・子狐だったあいつとの出会いだった。
いつも遊んでいた名雪が突然用事が出来てしまい、俺は仕方なくこのものみの丘に遊びに来ていた時だったな・・・罠に掛かり、苦しんでいたあいつを見たのは・・・
子供の頃の俺はどうしてもその子狐をほっておけず、助けてやった後にもなにかと面倒を見てやったんだっけ・・・それが後の悲劇を生むことも知らないでな・・・
二度目の出会いは今年の冬・・・ぼろぼろの状態だった真琴との再会だった。
しかし、俺もあいつも何も覚えておらず、俺はいきなりあいつに殴り掛かられたんだっけ・・・
その後もあいつはいろいろと俺にいたずらを仕掛け、秋子さんと名雪を困らせたものだ。
しかし、あいつはあいつなりに俺の気をひこうとしていたんだ。今ならそれが分かる。
・・・そして突然の体の変調、日に日に弱っていく真琴を俺はただ見ていることしか出来なかった・・・
そして、天野との出会い。過去に同じ傷を負った彼女には酷なものであったかもしれないが、結果的に彼女のおかげで俺と真琴はどれほど救われたか分からない。今では俺にとっても真琴にとってもかけがえのない親友だ。
そしてここで真琴と挙げた結婚式。俺達のほかは雪だるましかいないさみしいものだったけど、俺にはそれで十分だった。
その後、真琴は俺達の前から姿を消した・・・
しかし、真琴と俺はまた再び会うことが出来た。数日前、このような春の暖かい日差しの中、あいつは木陰に寝転がっていた。
天野はこれを『奇跡』と言ったが、俺は奇跡でもなんでもいいと思っている。現に真琴は俺達の世界にいるのだ。その事実が覆らない限りは・・・
「うなぁ」
鳴き声が聞こえ、俺の思考は中断された。
「・・・なんだ。ぴろか」
ぴろは一応水瀬家の飼い猫ではあるが、猫アレルギーの名雪がいるので、真琴の部屋で飼われている。恐らく目が覚めてご主人がいないので探しに来たのだろう。
「残念だったなぴろ。真琴は天野と共に仕事に行ったぞ。しばらくは帰ってこれないぞ」
「うなぁ」
言葉が通じたのかどうかは知らないが、ぴろはその場に丸くなって眠り始めた。
・・・その姿を見ると、俺も眠くなってきた。
「朝は名雪達に邪魔されたからな・・・」
誰とも無くそうつぶやくと、俺もぴろのように眠り始めたのだった・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ゆさゆさ
『・・・きてよ・・』
・・・うん・・・?
『・・おきてよぅ・・・』
誰かが俺の体を揺らしているようだ。
しかし、俺も眠いのだ。そう簡単に起きてたまるか!
『・・・こうなったら仕方ないな。最終手段だ!』
どすっ!
「ぐあっ!?」
何かが俺の腹の所に落ちた!
「あ。やっと起きた」
「・・・な、何だ?」
落ちてきたのは、ぴろだった。
その横には、満面の笑顔をした真琴が立っていた。
「・・・これは何だ?真琴?」
ぴろを手にとって、俺は訪ねる。
「だって祐一ったら真琴が起こしても全然起きないんだもん。だからぴろに起こしてもらったのよ」
こいつは・・・人の安眠を妨害していおいて・・・
「ちょっと来い。真琴」
「え?なになに?」
俺の側に来た真琴の頭を、俺は無言でぐりぐりする。
「いたいいたいいたいーっ!なにするのよ!」
「何する、だと?人の安眠妨害しておいて何言うか。お前は」
俺はぐりぐりを強める。
「いたいいたいいたいーっ!やめてよ〜!」
「どうだ反省したか?こんなこと二度とするな。分かったか?」
「わかったわよ〜!だからやめてよ〜!」
そこで俺はぐりぐりを解いてやる。
「あうーっ。痛かったぁ・・・」
「全く、お前まだ仕事じゃないのか?」
「・・・もう終わってるわよぅ・・・今何時だと思ってるの?」
「え?」
空を見ると、もう陽が傾こうとしていた。
・・・少なくても昼間、とはいえるかいえないかの瀬戸際の時間であろう。
「いや。俺は時計を持ってないからな。今何時なんだ?」
「今はもう4時よ」
真琴が自分の腕時計を見て答える。
なんと・・・!じゃあ俺は昼間中ずっと眠っていたのか?
こりゃ名雪のことを笑えんな。俺も。
「このまま寝てると風邪引くと思ったから起こしたのに・・・」
「すまん。悪かったな。真琴」
俺は素直に謝ることにした。
「・・・仕方ないなぁ。じゃあ今度肉まんおごってね!」
「おう。分かった」
肉まんで機嫌が直るなら安いものだ。
「しかし、やっぱり気持ちがいいわねー。ここ」
真琴が髪をなびかせながら話す。
「そうだな。ここは昼寝するなら絶好の場所だな」
「あははーっ!だから祐一もここで寝てたのね!真琴と同じだ〜!」
「お前もたまにここで寝るのか?」
「うん!だってここ気持ちいいもん!今日も仕事が終わってきてみたら先に祐一が寝ているんだもん。ぴろもいるし」
自分の頭の上のぴろを指して言う。
「そうか。じゃここは真琴のお気に入りの場所なんだな」
「そうだよー!」
その後しばらく俺達は日常のことを話し合いながら、過ぎ行く時間を過ごしていった。

いつしか時間は過ぎ去っていき、夜が訪れようとしていた。
「さてと。そろそろ帰るか?」
俺は横を振り向いたとき、丁度夕日に照らされて真琴が一瞬だけ見えなくなった。
『・・・!』
その瞬間、俺は真琴が再び消え去ってしまう、という幻想に囚われてしまった。
馬鹿馬鹿しい。そんな訳ない。真琴はここにいるんだ。
「ん?どうしたの?祐一?」
俺の側にいるはずの声。しかし、このときばかりは非常に遠くから聞こえてくるようだった。
がばっ!
不安と焦燥に耐え切れず、気が付いたら俺は思わず真琴を抱きしめていた。
「えっ!?どうしたの!?祐一!?」
俺の腕の中で真琴が戸惑ったような声をあげる。
「・・・もう、俺の目の前からいなくならないよな・・・俺の目の前から・・・」
真琴を抱きしめながら、俺は呪文のようにそのことを呟いていた。
「・・・祐一・・・」
腕の中の真琴が呟く。
もうあんな悲しい別れは二度としたくない。あんなに心が切り裂かれるような悲しい思いはもうたくさんだ・・・!
「・・・大丈夫だよ。あたしはずっと祐一の側にいるもん。これからもずっと・・・!」
それを聞いたとたん、俺の心から不安と焦燥が煙のごとく消えていくのが分かった。
腕にいる真琴のぬくもりを確かめながら、ああ・・やはり俺はこいつのことをもうどうしようもないくらい愛しているんだな、と心の底から思った。
「ありがとう。俺もこれからもずっとお前の側にいるぞ。覚悟しとけよ」
「うん!」
・・・そして俺達は、沈み行く夕日を背景に、キスしたのだった。互いの気持ちを確かなものと確認するように・・・

 

Fin

 

あとがき
う〜ん、らぶらぶものは苦手やねん・・・後半の方は書くのが苦しい・・・
いやはや、初めて書くまこぴーSS、いかがでしたでしょうか?
いやはや彼女、特異なkanonキャラの中でも特に異質ですよね。人間じゃないし。(苦笑)
でも友達思いでやさしい心を持ったとってもいい子ですよね。彼女。


このお話は基本的にまこぴーエンド後のお話です。前半にてお話を盛り上げるために美汐も出してみました。彼女は真琴のお話にダイレクトに関わりますからね。でも比較的書きやすいキャラだった気がします。(個人的には)
しかし彼女が本気で怒ったら怖そうですよね〜・・・(ぶるぶる)
保育園で子供達相手にお話をするみっしー・・・う〜ん、似合うかも・・・(昔話とかがベストでしょうか?)


今回はここまでといたします。感想をもらえると非常に嬉しいです!

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