第五回 乙女、最大の危機!!

盗み、それは男の浪漫である。失敗すれば、死あるのみだが……。

「ぐっ、もう駄目だ……」

浩平は村に辿り着くと、そのままぐったりと体を横たえた。

「このまま休んで、体力を回復させよう」

そして数時間後……。

「ちくしょう、全然体力が回復しねえ……どういうことなんだ?」

村では足踏みしても、体力は回復しません。

「こんな所を忠実に再現するなあ!!」

浩平は何者かに叫ぶ。

「誰に向かって叫んでるんだよ」「いや、なんとなくな……運命の神様にって奴だ」

コッパ(みゅーに有らず)の突っ込みを巧みに交わす浩平。しかし、体が妙な方向に曲がった状況は相変わらずだ。

「よくそれで生きてるな、お前……」「まあ、この世界だからな。いくら毒を食らおうが力が下がるだけだし、ドラゴンの炎に焼かれたって弟切草を飲めばちょちょいのちょいだ。だから、この体も毒消し草を飲めば治るはずだ……きっと」

ということで、更に突っ込むみゅー(もといコッパ)を無視して、道具屋に乗り込む一人と一匹。

「いらっしゃいませ」

体躯の割に驚くほど軽快な挨拶の店主が、営業スマイルをこちらに向ける。しかし、その笑みの裏には泥棒したら殺すぞど畜生という思いも込められている。シュテン村出身の彼らは、全員が幼い頃から一族に伝わる類稀無き格闘センスと、厳しい鍛錬によって一人前の格闘店主として育て上げられる。そのパワー故に、彼らはダンジョンの中でも店を開けるのだ。

そんなことを考えながら、浩平は店のラインナップをつぶさに観察する。

「弟切草、目薬草、成仏の鎌……柳の杖[未識別]、薬草、青銅の盾、識別の巻物、カタナ、場所替えの杖……畜生」

毒消し草はどこにもなかった。

「店主、毒消し草はないのか?」

「ここにないならないねえ」

ぶっきらぼうに答える店主。

「頼む、この折れ曲がった体を直せるのは毒消し草だけなんだ」

「知らないよ、商売の邪魔をするなら帰った帰った」

店主は浩平を邪険に扱う。畜生、シュテン村では子供を助けてやったではないかと、強い憤りを感じる浩平だった。

そして、アイテムをもう一度見渡す。そんな浩平の中に、一つの邪な感情が浮かんで来た。

『盗れるっ!!』

勿論、声にだしては叫ばない。そんなことをすれば、店主の瞬極殺ヘッドバッドによって、装備の貧弱な浩平など灰塵にされてしまうだろう。しかし、体が微妙に曲がり冷静な判断力を失った浩平に、そのことは頭にない。

浩平はアイテムを全部回収すると、店主からできるだけ遠ざかった。

「おの、全部お買い上げ……」

「死ねやコルア!!」

浩平は場所替えの杖を振った。

「よっしゃ、脱出!!」

「何やってんだよ浩平、泥棒はまずいだろ」

「知ったことか。品揃えの悪い店など潰れてしまえば良いんだ」

村ならば盗賊番の巡回率も悪い筈だと考えて、急いで店を出る。例え体が折れ曲がっていようが、こちらが一歩動くまで敵も動けない。ターン制万歳と叫びながら、浩平はゆっくりと村の出口へ……。

 

その頃七瀬は……。

「おうおうねいちゃん、今まで散々やってくれたなあ」

「俺の唯一の食糧である腐ったおにぎりを盗みやがって……」

「俺なんか、じっちゃんの形見であるこんぼう―1を……」

限りなく低レベルな戦いのように思えたが、流石に三対一では分が悪い。それにあたしの戦法は、奇襲に重きを置いている。真正面からの戦いにおいては、数が多ければ多いほど有利だ、例え雑魚でも。

『ちょっと、派手にやりすぎたかな?』

舌打ちをしながら、あたしはこの事態を何とかやり過ごそうと頭を巡らせていた。と、そこにやってくるのは……。

「ぎゃあ、あと三歩で追い付かれる〜」

と叫びながら体の角度をあらぬ方向に曲げて走る例の怪しい風来人、折原浩平。バウバウと叫びながら二倍速で迫るのは屈強な顔をした番犬だった。

「あ、あの馬鹿……よりによって泥棒を……」

あと二歩。

「畜生、もう一本の杖を食らえ!!」

杖は吹き飛ばしだったらしく、番犬は思いきり吹っ飛んでいった。

「思い知ったか、折原浩平の実力を……って、ぐあっ!!」

番犬が飛んで行くのを見送った浩平が反対側を見ると、番犬と盗賊番がセットで迫っていた。

「俺も男だ、うおおおおおっ!!」

浩平は何を思ったのか、もう一本持っていた杖を振った。入れ替わりの杖だったそれは、番犬と浩平の位置を変える。そして再接近した盗賊番を吹き飛ばし、それと入れ替わる。こうして、追手から距離を保つことに成功する浩平。

『手、手慣れてる……』

あの手並みは、泥棒し慣れてるとしか思えなかった。だが出口の方で、

「ぎゃああああああああああああああああああっ!!」

という声が聞こえるに至って、出口の方で待ち伏せされてことが判明した。あの装備に悲鳴なら、まず生きてはいないだろう。

「な、なんだよあれ」

「あの手並み、正真正銘のワルだぜ」

「ああ、最後はとちっちまったようだけどな」

三下風来人たちがこぞって感心している。チャンスだ。

「ていっ!!」

煙幕弾で目を眩ませ、あたしは悠々とその場を脱出した。

「そしてさらばっ」

脱兎の如く駆けだし、奴らは簡単に巻いてしまう。こうしてあたしは、乙女最大の危機を何とか切り抜けたのだった。

「ふう、今日はあの馬鹿のお蔭で助かったわ……」

 

一方その馬鹿、浩平は……。

「くおおっ、何でこんな目に……」

「馬鹿か、泥棒なんてしたらこうなるのは当たり前だろっ」

死んでいた……。

第四回 竹林の村にて、盗賊番に倒される。


あとがき:浩平は捨て駒にされました……。

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