A Letter For You
〜感謝の手紙を貴方へ〜

雪国の夏は涼しい。

冬は想像するのも嫌なくらいの寒さだが、夏は涼しいという利点がある。

尤も、実際夏になるまで気が付かなかった訳だが。

こうして一人でベッドに横になっていると、こう無性に眠気が襲ってくる。

今は夏休みだし、机に伏せなくてもこのような昼寝は自由自在だ。

実際、名雪なんて最近は毎日この時間はシエスタ・タイムだ。

惰眠を貪ってるとも言うか……。

まあ、夏休みだからたまにはこのくらいぐうたらしてても……。

ドカドカドカ……。

だから、たまの夏休みだから……。

ドカドカドカ……バン。

「祐一〜〜っ」

俺は無言で、ノックもしない無法者に拳骨を与えた。

「いたい〜っ、何するのよ」

「俺の安息タイムを邪魔しようとした罰だ」

突然の乱入者は、俺の正当防衛にも関わらず、恨みがましい目をこちらに向けている。

頭を擦りながら、涙を浮かべてそんな目をされても全然恐くないが。

「何時かひどい目に合わせてやるんだから」

と、このお騒がせ少女は声を張り上げる。

「まあ、今はそんなことはどうでも良いのよ。それよりも祐一!!」

余りにも真面目な顔をする少女。

「黙って、葉書を何枚か寄越しなさい」

俺は無礼者に、花束の代わりに拳骨をくれてやった。

「いたーいっ……なんで殴られなくちゃいけないの!!」

「真琴……人にものを頼む時にはそれなりの言い方があると習わなかったか?」

「あったとしても、祐一には必要ないっ!!」

俺はこの小憎たらしいまこぴぃに一瞬殺意を抱いたりしたが、何とか自制した。

そして好奇心に転嫁したり出来る所が、俺の大人な所。

「さあ、さっさと寄越しなさいよ。隠すと為にならないわよ」

いや、だから俺は大人なのであって……。

「この辺りに隠してたりして……」

勝手に棚を漁り始めるまこぴぃ。

これは大人であっても切れて良いだろう……俺はそう判断した。

「ここか……あいたた、頭ぐりぐりしないでよぅ」

まこぴぃの頭を両手の拳でぐりぐり。

ちょっと可哀想になったので、すぐに離してやったが。

「で、何故、葉書が必要なんだ」

理由を、俺は聞いてない。

「えっと……今日はバイトが休みで……美汐の家に行ったの」

「ふむふむ、それで?」

「そうしたら美汐、しょちゅうおみまいってのを書いてたの。美汐に訊いたら、普段から感謝してる人に送るものだって」

成程……何か絵描きみたいで面白いと思ったのだろう。

それにしても天野……誰に送るつもりだ?

それ以前に友達いたっけ?

何気に酷いことを考えた気もするが、気にしない。

「ふむ、大体の事情は分かった。だが、何故俺に頼むんだ? 葉書なら郵便局で打ってるだろ?」

「だって……途中にお菓子を買って食べたからお金が無くて」

こいつの感謝の気持ちなど所詮はその程度か……。

俺は心の中で溜息を付きながらも、

「だったら秋子さんに頼んだら良いと思うけどな。あの人なら何だって持ってそうだ」

例えば放射性物質であろうと、秋子さんなら笑顔で分けてくれそうな気がする。

いや、これは単にイメージなのだが。

「あっ、そうか。秋子さんなら拳銃を頂戴って言っても分けてくれそうな気がするしね」

どうやら真琴も同じことを考えていたらしい。

それにしても拳銃って……俺は余り真琴に気を許すべきではないと心に誓った。

真琴はすぐに下へと降りて行った。

と思えば二階に戻って……。

と思ったら、また下に戻って……。

きっと秋子さんに手紙の書き方とか、訊いてるんだろう。

そんな慌ただしさが続いたためか、俺は一睡もすることができなかった。

やり場の無い眠気をどうしてやろうかと思って外に出てみると……。

「うにゅーっ、今日は良く寝たよっ!!」

完全体になる程の眠りを貪ったためだろう。

名雪がやけにハイテンションな目覚めをみせていた。

というか、あの中で眠れる寝付きの良さを、今日だけは羨ましいと思った。

 

今日の夕食は、夏定番の素麺だ。

普通なら飽きが来るメニューだが、水瀬家の素麺は麺がつるっと喉を通り、出汁は自家製で、旨味が利いてて美味しい。

秋子さん曰く、鰹節から削ってこそのあの味……だそうだ。

真琴なんて箸でたっぷり掴むものだから、出汁の入ったガラスの器から素麺が思いきりはみだしていた。はむはむとほうばるその姿は、何だか獣チックだ。

俺はくすりと笑いたくなる衝動を抑えながら、真琴に尋ねた。

「ところで暑中見舞いって、誰に出すんだ?」

「えっと……美汐でしょう、秋子さんでしょう、名雪さんでしょう、バイト先のおばちゃんでしょう……それだけよっ」

ちょっと最後に間を置いた後、真琴はぷいっと顔を背けて強く言った。

「俺の分は?」

「祐一には世話になってないから、あげる必要無いの」

そう言うと、御馳走様を言って二階へと駆け上がって行った。

何時でも騒がしい奴だ。

「祐一、嫌われちゃったね」

「本当ですね」

親娘揃って、くすくす笑われたことが、俺にとってはショックだった。

 

秋子さんに風呂から上がったことを告げると、俺は湯気をもこもこさせながら二階へ上がった。

まあ、昼に寝損ねたということもあって、今日は早めに眠気が襲ってくる。

先日、商店街のCDショップで買って来たCDと蛍光灯のスイッチを切ると、俺は深い眠りに……。

ギシッ、ギシッ。

だから、深い眠りに……。

ギシッ、ギシッ、ガチャッ。

深い眠りなんだけど……。

キィ、バタン。

こんな状況じゃ無理だよなあ。

というか、確認するまでも無く真琴だ。

「ふっふっふっ、良く眠ってるようね」

残念だが、俺はまだ完全に覚醒している。

俺は真琴の悪戯癖が噴き出したのかと嘆くと共に、何かやって来たら寸での所で脅かしてやろうかなという嗜虐心がむくむくっと胸にもたげてきた。

だが、真琴は机の辺りを僅かに触ったくらいで、すぐに出ていく。

不審に思い電気をつけると、机には見慣れない紙が一枚乗っていた。

葉書サイズの紙……いや、葉書そのものだ。

つまり、面と向かって葉書を渡すのが恥ずかしくて、こんな方法を使った訳で……。

何だか微笑ましい……というか、真琴らしい。

俺は住所の書かれていない葉書を裏返すと、真琴の暑中見舞いに目を通した。

祐一へ

最初に言っておくけど、あたしは別に祐一にかんしゃしてるわけじゃなんだからね。

けど、祐一だけ仲間外れじゃかわいそうと思ったから。

そう、あわれみね、あわれみ。

最初から、天邪鬼な書き下し。

というか、予測はしていたのだが……。

祐一はいつもあたしのことをいじめてばかりだからねっ。

あたしは悪くないのにぽこぽこなぐるし、にくまんは勝手に取るし。

話し方は変だし、実はめつきとかちょっとこわいし。

でも……いざという時はかっこよくてやさしくて……。

それに、にくまんとかおかしとかおごってくれるしねっ。

散々俺をけなしといて、最後にちょっとだけ誉めておいて。

照れ臭そうに、次の行をわざと大きく書いてみたり……。

そんなわけのわからないやつだけどっ。

やっぱり、これからもよろしくね。

こんなかわいいあたしが言うんだから、かんしゃしなさいよっ。

最後まで恩着せがましくて……。

「でも、貰ってみると嬉しいものだな……」

俺はお世辞にも綺麗とはいえない文字を、何度も何度も読み返していた。

明日、起きたら秋子さんに葉書を貰おう……そんなことを考えながら。

 

 

おまけ

次の日。

美汐も真琴から暑中見舞いを受け取ったらしい。

美汐へ

いつも一緒に遊んでくれてありがとう。

ちょっと前にお手玉とか、お弾きとか教えてくれたよね。

バイト先の保育園でやると、みんな驚いてたよ。

私よりもじょうずな人がいるって話したら、子供たちが見てみたいってはなしてたよ。

うん、あれはあたしもすごいと思った。

これからも一緒に遊ぼうね。

あ、でも美汐ってちょっとおばさんくさいから、それは直した方が良いと思うな。

後日、天野からそれを聞いて、俺は不覚にも大爆笑してしまい……。

ごめんなさい、それから先は語りたくないです……。

 

おしまい

[BACK]