肉饅事件 解決編

 

結局、犯人は分からないまま、場は有耶無耶になった。

眠り足りない名雪は、真っ先に自分の部屋に戻って行き、
あゆ、真琴、美汐もその後に続いた。
秋子は掃除があると言って、一階の奥の方に向かった。

肉まんは既に誰かの胃の中に収まってるから、探しても無駄なのだろうが、
一応痕跡らしきものだけでもと思って、祐一は台所を中心に辺りを探してみた。
しかし、それらしきものすら見付からず、仕方なく祐一は部屋に戻る。

廊下には、真琴と美汐がいた。
様子からして、二人でどこかに出かけるようだ。

「二人とも、どこ行くんだ?」
「あっ、ちょっとね。それと祐一、今朝の件だけど、真琴の勘違いだったみたい」
「はあ?」

祐一は思わず間抜けな声をあげた。

「真琴、もう一度言ってみろ」
「だから、真琴の勘違いだったの。ねっ、美汐」
「え、ええ……」

真琴が満面の笑顔を浮かべているのに対し、美汐は少し困惑した表情を浮かべている。
祐一はなかなか思考が追い付いて来なかったが、やがて全てを理解した。
つまりは真琴の食い意地が張っていた……ということだ。

「成程、迫真の嘘だったな、真琴」
「どういうことよっ」
「つまり、俺に肉まんを奢って欲しいがために、あんな演技をしたんだろ?」
「そんなわけない……えっと、実はそうだったの、えへっ」

真琴はぺろりと舌を出してみせた。
その態度に、祐一は怒る気力も失せた。

「もういい、お前を信じた俺がばかだった。天野とどこへでも遊びに行ってしまえ」
「言われなくても、そうするよ〜だ。美汐、行こっ」

真琴は少し不貞腐れた顔をしたが、すぐに美汐の腕にぶらさがるようにして捕まり、
機嫌よく階段を降りて行った。
祐一は、自分一人が蚊帳の外であることに不満を抱きながら、自分の部屋へと戻る。
そこに、掃除機を持って祐一の部屋から出て来た秋子と鉢合わせた。

「あれ、秋子さん、掃除してたんですか?」
「ええ、そうですけど」

それにしては掃除機の音が聞こえなかったのだが……祐一はふとそんなことを考える。
秋子は廊下を見渡すと、祐一に尋ねた。

「さっきまで、真琴と天野さんがいなかったかしら」
「ああ、あの二人なら仲良さそうに出掛けて行きましたよ」
「……そうですか、それなら良いんです」

そう言うと、秋子は頬に手を当てて笑顔を浮かべた。
そして納得した顔で、下に降りて行く。
祐一は何かすっきりしないものを抱えながら、部屋へと戻った。

一方、美汐は玄関で秋子と出会った。

「あら、天野さん、真琴は?」
「トイレだそうです」
「そうですか……」

秋子は少し考えてから、美汐にこう切り出した。

「その様子だと、真琴とは仲直りできたようですね」

美汐はその言葉に困惑する。
つまり……彼女が、今朝の騒ぎの顛末を全て知っているということに対して。

「すいません、その……」

美汐は友人の家に泊まりに来ることなんて初めてだった。
それで興奮してなかなか眠れず、お腹も空いて来たので台所に向かった。
しかし、水瀬家の冷蔵庫には簡単に食べられるものが全くない。
仕方なく、冷蔵庫に入っていた肉饅を頂いたのだ。
勿論、朝になったら真琴には謝るつもりだったのだが、寝過ごしてしまって……。

「あんな騒ぎになって、言い出しにくくなったので、その……」

美汐が顔を赤くして俯いていると、秋子はくすっと忍び笑いを漏らした。
それを聞いた美汐の顔が、更に赤くなる。

「ごめんなさいね、天野さん。でも、お腹が空いているなら言ってくれれば良かったのに」
「でも、夜中に起こすのは迷惑でしょう?」

秋子は美汐の言葉に、軽く首を振る。

「私は料理は好きですし、みんなで食べた方が楽しいですからね」

秋子のその言葉と笑顔に、美汐は胸がふわっとした。
本当に優しい人なんだな……と、美汐は思った。

「でも……」

ふと、美汐の頭に疑問が過ぎる。

「何故、秋子さんは私が犯人だと分かったんですか? もしかして、見てました?」
「いえ、見てはいませんよ。でも、今朝の会話の中で矛盾したことを言いましたよね」

矛盾……美汐には全く覚えがなかった。
別にまずいことを言っていたとは思えないのだが……。

「あの時、祐一さんが『というわけだ。犯人は名乗り出てくれ』と言いましたよね。あ
 の時には、何が盗まれたかなんて言いませんでした。けど最初に口を開いた天野さん
 は『私、肉饅なんて盗んでいません』……と答えました。それで分かったんですよ」

あっ……美汐は声にならない声をあげた。
確かにあの時、祐一は何が盗まれたなんて一言も言っていない。

「なるほど、犯人にしか言えない台詞というやつですね」
「ええ、そうです」

二人の視線が僅かに交錯する。

「それで……みんなに話しますか?」
「いえ、ちゃんと真琴には謝ったのでしょう。だったら、蒸し返す必要なんてありませんよ」
「そうですか……」

美汐は安堵の溜息を付く。
それを見た秋子が、美汐にからかうように言う。

「でも、結構恥ずかしがり屋なんですね、天野さんって」
「えっと、それは……私、夜中につまみ食いするはしたない女なんて思われたくないですから」

美汐は先程よりも更に顔を赤らめると、呟くように言った。
そこに、真琴がトイレから出て来る。

「美汐、行こっ……って、顔真っ赤だけど、大丈夫?」
「あ、ええ、大丈夫です」

美汐は真琴の声に表情を戻す。
そして、ドタバタと家を飛び出して行った。
それを見た秋子が、ポツリと呟く。

「……祐一さんも、罪作りな人ですね」

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