水瀬家の食卓 あゆ篇
「このサンライズ、タネ入ってますね」
(「ケイゾク・特別篇」より引用)
どうして、ボクはここにいるんだろう?
確か、祐一くんは鍋をやるって言ってたんだ。
それで秋子さんに尋ねて見たら、
「どうしても、闇鍋がやりたいって祐一さんがいうものですから」
そう秋子さんは言った。
「闇鍋って、何なの?」
「それはね、鍋に好きな食材をいれて、暗闇の中で食べる鍋なんです。手に取った具材は絶対に食べないといけないのよ」
秋子さんはにっこりと微笑みながら答えた。
「それって、面白いの?」
「……ええ、とっても」
最後の秋子さんの言葉に、ちょっと間があるのは気になったけど、
祐一くんが薦めるんなら面白いのだと思うことにした。
そして闇鍋の日。
ボクの知らない人もいて、それはほとんど女の子だった。
祐一くんに、こんなに沢山女の子の知り合いがいるなんて知らなかった。
でも、祐一くんの隣に座れたのは嬉しかった。
けど、少し緊張しているみたい……どうしてだろう。
そして台所から、秋子さんの声が聞こえて来た。
「皆さん、出来ましたよ」
ボクは鍋から香る良い匂いに、思わず溜息を付きそうになった。
秋子さん、やっぱり料理上手なんだ……。
ボクもこれくらい、料理が上手くなるのかな。
そんなことを考えていると、部屋の電気が消された。
暗い所は、あまり好きじゃないけど……。
隣に祐一くんがいるから大丈夫。
そう、その筈なのに……。
この、得体の知れない緊張感は何なんだろう?
ボクには分からなかった。
取りあえず、ボクは食材を取り出した。
好きなものを入れていいって聞いた時から考えていたもの。
勿論、たい焼き。
たい焼きが鍋に合うかどうかは分からないけど、何事も挑戦だよね。
鍋が閉じられて、火が灯されて数分、鍋の蓋が開けられたんだけど……。
「うぐぅ、へんなにおい〜」
何か、嫌なにおいが辺り一面に漂った。
本当に大丈夫なの?
「あうーーっ、何よこれ」
「……この臭い、嫌い」
ボクの他にも、何人かの声が聞こえた。
けど中を確認する前に、秋子さんが手早く火を消したので、何が入っているのか分からなかった。
恐怖。
その時、ボクは確かに恐怖を感じたんだ。
「合図をしたら、鍋に箸を入れて具を掴んで下さい」
秋子さんの合図で、ボクも仕方なく鍋の中に箸を入れた。
そうだよね、納豆だって匂いはあれでも美味しいんだし。
大丈夫だよ……多分。
やがて、何かを箸に掴んだ。そして口に運ぶ。
「うぐぅ、あったかいイチゴ……」
ボクは温めた果物が美味しくないってことを、初めて知った。
「うっ……」
隣から祐一くんの呻き声が聞こえる。
まさか祐一くんも、まずいものを食べたのかな……そんな時だった。
あの声が聞こえて来たのは。
「……人類の、敵です」
「無理すれば、食べれないこともありません……だって? あかね〜〜〜〜っ!!」
わけの分からないその声に、ボクはとても嫌な気分になった。
何かとても危険なことが、進行しているような……。
「おいしいよ〜、お肉」
「……卵」
「あう〜〜っ、梅干し……」
「……紅生姜?」
他の人の声も聞こえるけど、やっぱりこの鍋には色々なものが入ってるんだ。
でもボクは、抗い難い力に押されるようにして、再び鍋に箸を入れた。
今度はすぐに分かる食べ物だ。
お餅。
鍋に入れて美味しいかは分からないけれど、さっきのイチゴよりはマシだと思う。
そう思って、口に入れたお餅は、思ったより美味しかった。
けど……口の中でカリッと何かを噛み砕くような音がする。
(最近のお餅って、タネが入ってるのかな)
そんなことを考えていた時だった。
「ふふ、ふははははははははははは、あはははははははははっ……」
突然、祐一くんの笑い声が……。
うぐぅ、恐いよぉ。
その時、急にボクの目の前に奇妙な風景が映った。
そう、ボクには本当は分かっていたんだ。
兄さん、キョウジ兄さん……。
「キョウジ兄さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
すると目の前には、デビルガンダムに乗っている兄さんの姿が。
暗闇の筈なのに、はっきりと見えた。
そうだ、兄さんがデビルガンダムに取り込まれたのなら、ボクがこの手で……。
「ボクのこの手が……省略、ゴッドフィンガー〜〜〜〜」
ボクの真っ赤に唸る手は、何かを掴んだ。
「ぎゃ〜〜〜〜〜〜っ」
断末魔の声だ。
でも、ボクはとどめをささないといけないんだ。
ごめんよ、兄さん。
「ひいいいいいいと、えんどおおおおお」
ぶちぶちぃっ。何かがちぎれる音がした。
それは兄さんの魂が消えて行く音……。
あゆ篇 終了
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