水瀬家の食卓 舞篇

「えっ、惚れ薬はどうですかって?」

(「To Heart」より)

今日は、何故か祐一の住んでいる家に来ていた。

街角で久し振りに出会った祐一が、佐祐理と一緒に誘ってくれたのだ。

その後日になって秋子さんから、

「明日は闇鍋をするので、何か美味しい具材を持って来てください」 そう頼まれた。

「はえー、闇鍋ですかぁ」

佐祐理は少し驚いているようだった。そこで私が、

「……闇鍋って、何?」

そう訊くと佐祐理は、

「うーーん、あまりいい噂は聞きませんけど……でも祐一さんの誘いだから、大丈夫だと思います」

そう笑顔で答えた。それで私も、安心していたのだが……。

 

台所から、秋子さんの声が聞こえて来た。

「皆さん、出来ましたよ」

テーブルの中央に置かれた鍋からは、良い匂いが漂って来ている。

電気が消されると、私は早速袋から牛丼を取り出して入れた。

多分、美味しいだろうと思ったから。

 

それからしばらくして、鍋の蓋が開けられた。

しかし何故かは分からないが、先程の匂いが嘘かのように、鍋から流れて来るのは異臭だった。

「あうーーっ、何よこれ」

「うぐぅ、へんなにおい〜」

周りから、そんな声が流れて来る。

「……この臭い、嫌い」

私も思わず呟いた。

何者かの悪意を感じる……咄嗟にそう思った。

 

「合図をしたら、鍋に箸を入れて具を掴んで下さい」

秋子さんの合図で、私は素早く箸で触ったものを取り、口の中に入れた。

「……卵」

それは卵だった。但しゆで卵ではなく、卵焼きだったが……。

(佐祐理がいれたのかな?)

その卵焼きは、佐祐理特製のものだったから。

その時、寒気が走るような妙な気配が走った。

「……人類の、敵です」

「無理すれば、食べれないこともありません……だって? あかね〜〜〜〜っ!!」

思わず、場を覆っていた空気が張り詰める。そして、消える二つの気配。

闇の中の出来事に、何故か私は戦慄を隠し得なかった。

「おいしいよ〜、お肉」

「うぐぅ、あったかいイチゴ……」

「あう〜〜っ、梅干し……」

「……紅生姜?」

そんな声が聞こえて来たが、私はずっと気配を張り巡らせていた。

そして、気配が消えたことに誰も気付かなかったのか、箸は再び鍋に伸ばされた。

その気配に、私も少し躊躇い気味に箸を入れる。

次に掴んだのは、妙に固い物体だった。

何か殻付きの食物かな? そう見当を付ける。

私は歯でそれを噛み砕く。、すると中は、苦い奇妙な液体が入っていた。

吐き出そうとする前に、それは喉の奥へと入っていく。

「ふふ、ふははははははははははは、あはははははははははっ……」

突然、闇の中から魔物の笑い声が聞こえて来た。

それで私は、完全に液体を飲み込んでしまった。

何だったのだろうか……そう考える暇も無く、

「キョウジ兄さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

「ニンニンネコピョーン」

新たな二匹の魔物の叫び声が、部屋に響いた。

何が起こったのだろうか?

底冷えするような恐怖が、心を支配する。

「ボクのこの手が……省略、ゴッドフィンガー〜〜〜〜」

「ぎゃ〜〜〜〜〜〜っ」

誰かが魔物に襲われている。

助けなければ。

けど私の体は、何故か上手く動かなかった。

ふらふらする。

もしかして、さっきの液体?

「ひいいいいいいと、えんどおおおおお」

魔物の叫びと共に、ようやく辺りは静寂へと包まれた。

それからは、魔物の笑う声、うめく声、すすり泣く声が、闇に満ち満ちていた。

そしてふと佐祐理の方を見る。

佐祐理は大丈夫なのだろうか。

そんなことを考えていると、ようやく部屋の明かりが灯された。

私は佐祐理を見た。

佐祐理は何かに驚いていた。

けど、私はそんなことはどうでも良かった。

佐祐理を見ていると、心が熱くなる。

見つめているだけで、胸が高まる。

運命的……そんな言葉が胸の奥を走った。

「舞、どうしたんですか?」

ようやく私の視線に気付いた佐祐理が、こちらを見る。

合わさる視線。

感情を抑えるのは、既に限界だった。

私は佐祐理の体を引き寄せると、強く抱き締める。

「ま、舞、ど、どうしたんですか?」

佐祐理は動揺していた。

私だって、今までこんな気持ちが心の奥底にあったなんて、気付きもしなかったのだ。

何故、もっと早く気付かなかったのだろうか。

私は佐祐理を愛している。

体を離して、もう一度佐祐理の顔を見る。今度はもっと間近で。

端整な顔立ち、魅惑的な瞳、そして形の良い唇……。

「……佐祐理、愛している」

「え、ちょ、ちょっと舞……」

動転する佐祐理の顔に、私の顔を、唇を近付ける。

「ま、舞……」 佐祐理は動かない。

目を瞑り、軽く震えている。

私はその唇に、私の唇を強く重ね……。

その前に、不条理な力によって引き裂かれた。

「やめてください、今はそんなことをしている場合ではないでしょう」

振り向くと、そこには一人の女性が立っている。

私は今までにない感情が湧き立つのを感じた。

 

コイツカ。

コイツガワタシトサユリノナカヲヒキサイタノカ。

ワタシノココロハイカリデミチタ。

 

「……人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に落ちろ」

私は剣を取り出すと、それを恋敵に向かって構えた。

分かっている、こいつも佐祐理のことが好きなのだ。

「な、その剣はどこから……そ、そんなことより、やめてください」

女は命乞いをする。勿論、許すわけはないが……。

私は渾身の力を込めて、剣を振るう。

女は辛うじてかわしたが、バランスを崩して床に頭をぶつけた。

そしてそのまま、気を失ってしまう。

トドメヲサスノダ。

「……コレデオワリダ」

私は感情の任せるままに、女に向かって剣を……。

「やめてください、舞」

その時、佐祐理の悲痛な声が私の耳に届いた。

そして私が振り向こうとすると、

ガンッ!!!

強烈な衝撃が、私の頭部を走った。

何が起こったのか分からない。

……目の前が霞む。

その中で私が見たのは…

愛する佐祐理と…

右手に鈍器を持ち、左手に頬を当てた女性の姿だった……。

 

舞編 終了


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