水瀬家の食卓 秋子篇

「その微笑には控え目な優雅さがあるだろう」

(「人形式モナリザ」より引用)

今日は待ちに待った日です。

最初は単なる鍋にする予定だったのを、私が少し情報を操作して予定を変更させてもらいました。

それは……。

「秋子さん、この鍋美味しいですよね」

祐一さんが満足そうな笑顔を浮かべているのを見て、私はこう言った。

「実は、とっておきの鍋があるんですが……」

「ごちそうさま!!」

お腹が一杯になった名雪が、走るようにして二階に駆けて行く。

その様子を見た祐一は、

「……遠慮しときます」

心底、脅えるような表情を浮かべながらそう答えたのだ。

けど私の自信作の鍋、祐一さんが食べたくない筈がないでしょう?

つまりは、そういうことです。

 

そして運命の日。

皆が適当に素材を入れる中、私は徐にそれを取り出して、二掬いほど鍋に投入しました。

「計画通りですね」

それにしても、鍋から漂う匂いが少しきついのが気になりますが……。

「あうーーっ、何よこれ」

「うぐぅ、へんなにおい〜」

「……この臭い、嫌い」

……まあ、大丈夫でしょう。

私は手際良く鍋を進めると、自分も箸を入れて具を掴みました。

私の掴んだのは肉まんでしたが……多分、真琴辺りがいれたんでしょうね。

その時、怪しい言葉が部屋を貫きました。

「……人類の、敵です」

「無理すれば、食べれないこともありません……だって? あかね〜〜〜〜っ!!」

その刹那、二つの命が美しく散る瞬間を、私は確かに感じました。

……まあ、そうは言っても死んではいないでしょう。

私は安心して、次の食材へと手を伸ばしました。

今度はきちんとしたお肉で、とても美味しかったです。

「ふふ、ふははははははははははは、あはははははははははっ……」

「キョウジ兄さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

どうやら暗闇の中で、Gガンダムごっこを始めたようです。

祐一さんもあゆちゃんも子供ですね。

そして、どうやら隣で、名雪が苦手なものを掴んだのか、躊躇しているようです。

そこで私はこう注意しました。

「名雪、一度箸で掴んだものは口にいれないといけないんですよ」

しかし、既にこの時、敵の手は伸びていたに違いありません。

「ニンニン○コピョーン」

名雪が突然、そんなことを叫び出したのです。更に真琴も、辛そうな絶叫をあげています。

「ひいいいいいいと、えんどおおおおお」

あゆちゃんがフィニッシュの言葉を叫んだと同時に、何かが抜け落ちるような音が聞こえて来ました。

これは只事ではありません。

そう思い、私はすっと立ち上がって電気の方に……と、その前に電気は別の人の手によって付けられました。

名前は確か、美汐ちゃんだった筈です。

機転の利く良い娘ですね。

しかし、電気が付けられたことで別の問題が発生しました。

多分、催眠系の薬物でしょうが、突然舞さんと佐祐理さんの二人が愛を確かめ合い始めたのです。

美汐ちゃんが止めようとしましたが、殺気だった舞は刀を取り出して、美汐ちゃんを殺そうとしました。

私は暗器を取り出すと、まず佐祐理さんの声で怯んだ舞に、それを叩き付けました。

そして更に襲いかかって来る佐祐理さんも、返す一撃で叩き伏せました。

勿論、手加減をしてです。

私が本気になれば、この娘たちの頭蓋骨は砕けていたでしょう。

そして脅える香里さんに、丁重にお帰り願った後、私は即座に思考を巡らせました。

多分、エルデoア辺りの仕業だとは思うのだが……。

鍋の成分の調査は本部で行ってもらうとして……。

まずは目の前に転がっている人たちでしょう。

「取りあえず生体処理と、記憶処理辺りで良いでしょうね……」

私はそう呟くと、早速行動を開始しました。

 

そして数時間か経ち、作業も一段落し、処理室から出てみると……私は驚きました。玄関の方に、人の気配がするのです。

その時になって、私はようやく玄関のドアを閉め忘れていたことに気づいたのです。

「しまった、敵の狙いは……」

私は急いで、しかし音と気配を完全に断ち切り、私の部屋へと向かいました。

敵が秘密を探るつもりなら、まず私の部屋を荒らす筈ですから。

そして、その不安は的中しました。

私の部屋には、一人の女性が立っていたのです。しかし……

(あれは香里さんね……)

そう、彼女は名雪の友人である美坂香里、そして夜の会合に参加していた人物の一人……。

まさか、彼女がエルデoアの?

私はそう思いました。けど、かつて十三歳のスパイがいたことを、忘れたわけではありません。

手に持つもので急所を一突きにすれば早いのでしょうが、勘違いかもしれません。

私は様子を見ることにしました。

すると香里さんは、机の上にあるノートを手に取ったのです。

私は気配を完全に殺し、一気に香里さんのところまで駆け寄ると、

「……香里さん、どうしたんですか?」

そう尋ねました。しかし、彼女は肩を震わせるだけで、何のリアクションも起こしません。

どうやら彼女は、ただの素人のようです。

となると、私の説得を聞いて頂けずに、心配になってここに来た……それだけでしょう。

勿論、気を許すなんてことはしませんが……。

「い、いえ、やっぱりみんなのことが気になったので、つい……」

「そうですか、香里さんは友達思いなんですね」

他愛のない話からも、企みや怪しい気配はないか、念入りに探る。

「でも……人の家に勝手に入るのは、お行儀が良くないと思いませんか?」

私は微かに殺気の度合いを増やした。もし相手が私と同類なら、この気を受けて反応する筈だ。

「あ、はい、その、すいませんでした……」

しかし、彼女は恐怖の感情しか見せない。

どうやら、安心しても良いようだ。

「あ、秋子さん、このノートは一体?」

彼女はしかし、冷静な頭で質問してくる。どうやら随分と、頭が良いようだ。

少し鍛えれば、結構なモノになるかもしれない……。

「これですか? 私は中世ヨーロッパの歴史に興味があるんですよ。その当時の書物は、皆ラテン語で書かれているでしょう? ですから、軽く嗜む程度に……」

私はそう言った。一般人に対してなら、この程度の誤魔化しで充分だろう。

そして反論がないことを窺うと、

「どうやら分かっていただけたようですね……じゃあ、夜も遅いから、早く帰った方が良いですよ」

「は、はい……それではさようなら、おばさん」

「ええ、さようなら」

私は彼女と表面的な挨拶を交わすと、ドアノブに手を掛ける彼女を見送った。

(いけない、もう一つ聞いておくべきことがあった……)

ドアの件といい、今日は妙にうっかりしている……。

私はそっと香里さんの方に身を寄せて、こう問うた。

「『アレ』は、見ませんでしたよね」

タイミングからして、処理室を見ることが出来たとは思えないが、念のためだ。

しかし、心音や息遣いからして、その心配も無用だったことが分かる。

「……どうやら、見てはいないようですね」

私がそう言うと、香里さんは逃げ出すようにしてこの場から去って行ったのだった。

「さてと、作業を続けないと……」

 

秋子篇 終了


おまけ

「そう、今日は楽しかったでしょう?」

「ええ、皆で楽しく夕食を頂くのも、時には良いですね。それでそちらの方は? お仕事忙しいんでしょう?」

「ええ、老人は朝早いでしょう。それに月曜だから、数も多くてね」

「じゃあ、お体を大切にね、おやすみ」

「お休みなさい」

他愛もない会話……普通の人ならそう思うだろう。

しかし独自の複雑乱数表に照らし合わせれば、もう一つの意味が浮かび上がる仕組みとなっている。

その表は、エージェントの頭の中にのみ存在している。

重要な筆記物は、まずラテン語でコーディングする。普通の人間なら、その文をそのまま解読しようとするだろう。そこが罠なのだ。更に乱数表で紐解かなければ、真の意図は掴めない。

例えば先程の会話ならば……。

『それで、計画に支障は無いの?』

『ええ、あの香里って娘は頭の良い娘ですから。無闇に喋って回ったりはしないわよ』

『成程、了解したわ、マリア』

『では、任務の成功を、ドクター』

『分かりました』

こう変換される。

私は秋子からの定時報告を終えると、部屋に戻ろうとした。

そこで妹と鉢合わせる。

「……さっきの電話、誰からなの?」

「ん? ちょっとした間違い電話みたい」

「そうなの……じゃあお休み、姉さん」

「……ええ、お休みなさい」


あとがきだよもん

なんか、X−FILESのラストみたいな終わり方になってしまったような……。

ちなみに、生体処理とか記憶処理とか複雑乱数とか、その辺りのことを聞かれても一切答えられません。

あと、おまけに出て来る秋子さんと話している人物ですが……各自想像して下さい。

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