トラップ・メーカ
−1−
「ごちそうさまっ」
沢渡真琴は、夕食のビーフシチューとデザートを平らげると、早足で二階へと駆けて行った。
「いつも元気ですね、真琴は」
「うんっ」
水瀬秋子、名雪の二人は、ほのぼのとした様子でそんな言葉を返し合っている。
そう、確かに真琴はいつも元気だ。
しかし、今日は元気過ぎる。
そう、不自然なくらいに浮かれていた。
「でも、真琴がバナナが好きだったなんて知りませんでしたよね」
「そうだね」
親子揃って、余りにも平和な会話。
いや、それだけなら良い。
真琴がバナナが好きだというのは知らなかったが、それは真琴の意外な一面に過ぎない。
俺が危惧しているのは、真琴がバナナの皮を大事そうに懐に抱えていたという点にあった。
(まさか、バナナを廊下に仕掛けて……なんてベタなことはしないよな?)
そう自分に言い聞かせたが、そのことを本心では全く信じていなかった。
真琴ならあり得る。
心のそこでは、そう思っていたに違いない。
そして夕食も終わり、居間でテレビを見ていると、
「祐一さん、お風呂の用意が出来たので、真琴を呼んで来てくれませんか」
風呂場の方から現れた水瀬秋子が、声を掛ける。
そう言えば、今日はテレビ見に来なかったな……そんなことを考えながら階段を登って二階に上がる。
そこにそれはあった。
廊下の真ん中に置かれた黄色いブツ。
それが俺の部屋の前に、丁寧に目立つようにして置かれてあるのだ。
そして、それには糸が括り付けてある。
多分、足を滑らせると、何か仕掛けが作動するのだろう。
そう思い、糸の向かう先を目で追う。
すると天井付近に、金ダライが仕掛けてあった。
……俺は心の中で溜息を付く。
最近、真琴は保育所のバイト料でゲーム機なんて買って来た。
そして昨日、人に罠を仕掛けて殺すなんていう殺伐なゲームに、何故か目を輝かせていたのを、祐一は思い出していた。
徐に廊下に置かれたブツを手に取ると、糸を掴んで第二の罠が発動しないようにした。そして糸を手に持ったまま、ドアの影に隠れる。
そして大声で叫んだ。
すると即座に、真琴が部屋から出て来た。
「あははっ、祐一引っ掛かった……って、あれ?」
真琴は罠に引っ掛かって声をあげたと思っていたのだろう、心底不思議な顔をしている。
「あれ、祐一〜〜っ、隠れてないで出て来なさいよ〜」
そんなことを叫びながら、やがて部屋の前にやって来る真琴。勿論、俺はさっと糸から手を離した。
当然、慣性の法則に従って、金ダライは真下に落下する。
そして、分かりやすいほどの金属音が、廊下に、いや家中に響き渡った。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
真琴が不意打ちと痛みとのショックで、声を思いきり張り上げる。
この声はきっと、近所の方まで響いたことであろう。
「いたーいっ、なに、なにが起こったのよぅ」
真琴は頭を押さえながら、必死に事態を把握しようとしていた。
「真琴、そんなに大声で叫んで、近所迷惑だぞ」
外に出て、唸る真琴を注意する。
すると真琴は、何故か恨めしそうな目を祐一の方に向けてきた。
「祐一、これって……」
怒りに声を震わせて、尋ねようとする真琴。その時、叫び声を聞き付けたのか、秋子さん、名雪の二人が慌てて二階へと上がって来た。
そして、頭を押さえる真琴と、床に転がる金ダライにバナナの皮を目にする。
ちなみにバナナの皮は、隙を見て廊下に放っておいた。
「どうしたの、そんな大声出して。近所迷惑でしょう?」
秋子さんの責めるような視線は、全て真琴に向かっていた。
前科者は辛いな……真琴の逃げるような様子を見て、そんなことを思った。
「あうーーっ、だって、祐一が……」
真琴は不信心にも、俺に全ての罪を擦り付けようとして来た。
「祐一さん、どうかしたんですか?」
秋子さんが、俺の方に顔を向ける。
「真琴、新しい金ダライをお風呂で使うってはしゃいでたんです。そしたら、持っていたバナナの革に足を滑らせて転んだんです。そうだよな、真琴」
そうふってやると、渋々ながら頷く。
「そうですか、ならいいんですけど……」
秋子さんはそう言うと、階下の方へと戻って行く。
「くー」
廊下で眠り出す名雪を放っておいて、祐一は部屋へと戻る。その中途、
「あうーーっ、覚えてなさいよぅ」
そんな声が背後から聞こえて来た。
負け犬の遠吠えだ。
何はともあれ、これに懲りてふざけた真似はやめるだろう。
俺は何かに祈った。
−2−
「ごちそうさまっ」
真琴は夕食のロールキャベツを素早く平らげると、昨日と同じように素早く二階へと駆けて行った。
今日も、真琴は非常に嬉しそうだった。
「真琴、嬉しそうだね」
「多分、バイトの給料が入ったからですよ」
今日は、確かに真琴の給料日だった。
真琴が、漫画や菓子を大量に買い込んできた事実からも、それは分かる。
それは分かるのだ。
ただ、その中にガラス製の置物が含まれていたのは何故だろうか?
そんなことを、俺はずっと考えていた。
しばらくして、いつものように二階へと上がる。
そこにそれはあった。
部屋の前には、新渡戸稲造の姿がくっきりと見える。
それは四隅のうちの二つを画鋲で止めてあり、床に根元まで突き刺してある。
そして画鋲には、糸が固定されていた。
その糸を辿ると……案の定、例のガラスの置物。
そう言えば、今日の夕方、真琴は例のトラップゲームの最新作を買って来ていたな……そんなことを思い出していた。
凶悪さが200%アップしている。
俺はまず、画鋲を丁寧に取ると、糸を別の場所に固定しておく。
そして郵便局から卸して来たばかりの一万円札を財布から取り出すと、画鋲で糸を固定した。
準備完了。
昨日と同じようにドアの影に隠れると、再び大声をあげた。
「あははっ、祐一引っ掛かった……って、あれ?」
昨日と全く同じ言葉と、登場。そして困惑。
「祐一ーーっ、何処に隠れたのよーー」
声をあげる真琴。
つくづくワンパターンだと思う。
「あれ、真琴のお金、一万円に増えてる?」
そして疑うことも無く、それを手に取る真琴。
そして……。
ガンッ!!!
強烈な音を立てて、置物は床に落ちる。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
真琴は驚きとショックで、大声をあげた。
何か、昨日の再現フィルムでも見ているような光景だ。
そんな考えを裏付けるように、上がって来る秋子さんと名雪。
「どうしたの? 毎日毎日」
秋子さんは、少し呆れたような表情を真琴に向けた。
流石にしゅんとなる真琴。
「そ、それは祐一が……」
昨日と同じ言い訳をする真琴。
「その置物、俺にプレゼントしようと思って、持って来てくれたんだよな」
「そう、だったら良いけど……」
それを聞いた二人は、安心した様子で下に降りて行った。
そして、まだ半分放心状態の真琴に声を掛ける。
「真琴、こんなもん頭にぶつけたら危ないだろ」
「うーっ、祐一、ぶつけようとしたじゃない」
「馬鹿っ、幾ら何でもそんなことするか」
ちゃんと、当たらないように角度は調節してある。
「とにかく、もうこんなことするなよ。人に怪我させたら、笑い事じゃすまないからな」
「……分かった」
強い口調で諭すと、真琴はうなだれた調子で僅かに頷いた。
もう大丈夫だろう……俺はそう思い、不恰好な置物を手に、部屋へと戻った。
−3−
大丈夫じゃなかった……。
目の前には、何処で仕入れて来たのかは知らないが、エロ本が落ちてある。
そして糸の辿る先には……。
見事な蒟蒻。
しかも三つ。
俺は堪忍袋の緒が切れた。
「あうーーーーっ、真琴のゲーム何処行ったのよぅ」
次の日の朝、水瀬家にそんな叫び声が轟いたという。
おしまい
あとがきだよもん
なんとなく、思い付いて書いてみました。
うみゅう、オチが弱い……。