3 精神の頂、あるいは愛に全てを【後編】

 崩さないように、揺るがないように、そっと頬に触れる。全身が萎縮するように震え、僕は谷山が強く緊張していることを手に取る。先程までの挑発的な色がまるでなく、僕は思わず訊ねた。

「怖い?」

 悩んだ後、小さく肯いた谷山が恥ずかしげに囁く。「電気、消して欲しい」

「何故?」

 暗がりでするのも構わないけど。それは、お互いを知り合うためにという言葉と矛盾しているような気がした。

「私、とても薄い体つきしてるから」頬に僅かな赤みの差している谷山は、少しだけ色っぽく見える。「じっくり見たら、幻滅されるんじゃないかって」

 とてもちっぽけで可愛くて、でも女性にとっては切実な悩み。僕は彼女の言葉をわざと無視して、体重をかけないよう気をつけながら、強く抱きしめる。微かな吐息のもれた唇に、僕はそっと人差し指を当てた。

「こうやって何度も抱きしめてるから、谷山の体つきがどうなのか、もう分かってる」そうして指を離してから、おでこをくっつけ合い、相対してくすぐったい本音を口にする。「とても魅力的だと思った」

 僕はおでこと指を離し、その手を臍の辺りに添える。徐々に滑らせていき、小さな膨らみを服越しに感じていく。鎖骨から首筋を、頬に行き着くとその柔らかく、少しかさついた肌を何度も撫でる。

「谷山は、可愛い」

「本当?」

「本当」油断を許さぬ目で、僕を睨みつけてくる谷山に、僕は当然のことを答えた。「こうやって直に感触を確かめるだけで、パジャマと下着の内側に温かくて柔らかい素肌があるって想像しただけで、くらくらする」

 言いながら、紅色のパジャマのボタンを一つずつ外していく。そして半脱ぎの状態にして少しだけ身動きを取り辛くしてから、僕は谷山にゆっくり折り重なっていく。

「女の子にはいつも、そうやってるの?」全く笑っていない笑顔で、谷山が訊いてくる。「身動き取れないようにして、好き勝手に、それから思う存分蹂躙するんだね」

 蹂躙と言われて怯んだけど、僕の手は理性に反して腹部を下着越しにそっと撫でていた。柔らかいけど、同時に痩せているのが分かる。上下に往復するたび、もれる微かな呼吸音に耳を済ませながら、今度は包むようにして彼女の胸を触る。手に収まり、まだ半分くらい余る感じ。でも、決して平板な訳じゃなく、女性特有の手触りと感覚が手にしっとりと馴染んでいく。ああ、やっぱり谷山は女の子なんだなって、確信する。心音が、指を通して徐々に伝わってくる。自分の指がこれ以上、繊細になれないことがもどかしい。

「橘ってさ」谷山の探るような声が、触れ合う肌を通して耳神経に届く。「もしかして少し、ロリコンの気があったりする?」

「僕が中学生を好きになっても、それはロリコンとは言わない」と、思う。「もし、年があと3つ……いや、2つ離れてたら話は別だけど」

 それは、標準より細い……悪い言い方をすればグラマラスじゃないと暗に認める谷山に対するフォローだったのに、彼女は突然、怒り出した。

「それじゃ、まるで私が中学生みたいな体してるみたいに聞こえる」

「だって、谷山が僕のこと、ロリコンかなんて訊いてくるからだろ」

 先制攻撃は、彼女の方なのだ。だから僕は、多少棘付きで言葉を返す権利があるはずだ。でも、女王はそれを認めない。

「そりゃ、確かに発育は遅いよ。でも、しょうがないじゃないか。私は、こうでしかないんだから」

 こうでしかない。谷山はとても、寂しそうにに言う。まるで何か、大きな欠落が彼女を彼女たらしめているかのように。そして、耐え忍ぶように、僕をそっと見て、それから少しだけ笑う。「ごめん」か細く、覇気のない謝りの声。「ちょっとした冗談のつもりだったんだ」そして、戯れに付け加える。「本当だよ」

 だから、僕は黙って、胸に置いた手を首筋に沿わせ、気道に添って何度も上下に動かす。冗談みたいに、猫をあやすように。それから頬を触り、頭を撫でる。何度も、何度も、小さく震える気高い子猫の、恐怖と哀しみが消えてしまうようにと祈りながら。そっと、手で櫛付ける。レンズ越しに潤む瞳と対峙し、彼女の両耳に手をやり、眼鏡を外してベッドの上に置いた。もう、震えてはいない。僕は鼻の上にそっと口づけ、それからゆっくり唇を重ねる。

 谷山の吐息が鼻にかかり、また音として僕の心を囃し立てる。彼女の息苦しさに合わせて唇を重ね、離したりを繰り返す。互いの息苦しさが噛み合わなくて、もどかしかった。これまで意識せずに出来てきたことが、今に限ってできない。落ち着こうと思って距離を置くと、谷山が身体に両手を巻きつけて、キスしてくる。初めて彼女から重ねられた感触に、僕はまるで蜘蛛に捉われた昆虫のような気分だった。

「逃げないで」服にかかる力が強まり、僕は更に引き寄せられる。「これ以上離れられたら、顔が見えなくなるよ」

 伊達でなく、正に体の一部を切り離してしまったことに対するやんわりとした非難。僕は近過ぎてぼやけてしまう焦点を必死に修正し、熱を帯びて紅くなっている頬と、キスの跡が残る艶かしい唇を見比べる。息が少し荒く、細い喉の上下している様が脈動を早くする。ほんの僅か、うっとりとするような仕草は、劣情を盛んにかきたてる。混乱しそうな思考を辛うじて押し留め、彼女の唇を先程よりも強く求めた。下唇を舌でなぞりながら、右手を首筋に添えてなぞる。思考が二つに分かれ、しかし想いは一つのものを追い求めて。彼女の戸惑いが身体を震わせたけど、僕は無視して谷山に感覚を伸ばし続ける。

 少しだけ作業の早かった手が、谷山の首筋の弱点を探り当てたらしく、そこに触った瞬間、キスの最中だというのに隠しようがないくらい反応した。唇を離して、指の腹で神経の筋を何度も刺激してゆく。彼女はその度に荒い息をもらし、熱を帯びた息が部屋の中を徐々に暖めていく。微かに開いた歯と歯の間から見える舌先が、気持ちを先へ先へと煽り立てる。僕は素早くキスをして、自らの舌を彼女の咥内に滑り込ませる。掬い取って舌先同士で舐め合うと、身震いするほどの快感が背筋を強烈に襲った。迂闊なことに、慌てて舌を引っ込めてしまい、その間に谷山は歯で咥内をブロックしてしまっていた。

 舌先で唇を割って、歯にノックする。あの感触をもう一度味わいたくて、硬直する谷山の背を撫でながら、丁寧に舌で歯をなぞる。すると不意に、躊躇いがちながらも尖った門が開いていく。再び彼女の中に入ると、最初は舌先が遠慮なくぶつかり合うくらいだったけど、徐々に舌全体が絡み合い、粘った水音が隠し切れないほどに拡散していく。谷山の舌は唇と同じように乾いていたけど、唾液に包まれて丁度良い心地に僕の舌を刺激した。表面の味覚突起から側面、裏側へと侵食し、触れ合う表面積を増やしながら少しずつ吸っていく。飽和状態になった谷山の唾液がキスの隙間から垂れ、あるいは僕の口の中に入ってくる。喉を鳴らし嚥下しながら、角度を変えて優しく、時には少し強めに。谷山のあげる甘やかな吐息と、敏感な感覚器官を共有しているという恍惚に反応して、ズボンと下着がぐいと押し上げられていく。理性が、スライスされるよう一枚一枚、しかし着実に切断され、量を減じていくように、目の前の女性しか考えられなくなっていく。

 一瞬だけ思い切り息を吸い込むために唇を離すと、今度は舌を突き出すようにして近づく。唇の触れる寸前で互いの舌の先端が触れると、そのままの状態で重ね合っていく。そのうちに物足りなくなって、積極的に舌を突き出し、深い部分まで空気に触れさせ、夢中で絡め取り合い、舐め合った。より純粋な刺激に全身が細かく震え、脊椎の底部から信号が走る。放出の欲求に辛うじて抗いながら、唾液が下にいる谷山にかかっていることにも気付かず、普段なら絶対に触れることのない面の走査に没頭する。熱い息が興奮を強め、触れ合う部分が一秒ごとに悦びを拡散させていく。全身が少しずつ、セックスするための体質に変わっていくみたいだった。思考が薄れていくのに全然、怖くない。

 奥まで届かないことに焦燥をおぼえ、柔らかな唇を覆うようなキスをしながら、谷山の根元を絡め取っていく。舌を強く吸い、それから表面を擦り合わせて裏側を丹念になぞっていく。頻りと震える彼女に少しずつ体重をかけながら、歯茎を端から端までなぞり、再び舌を執拗に吸い上げる。柔らかな肉の感触を、余すことなく平らげていく。最低限の呼吸と安定を整えるごとに、行為の粘度が強く、濃いものになっていった。何度かの密なキスを繰り返してから、僕はかけていた体重を拡散させ、ほんの僅かだけ距離を置いた。頬を上気させ、息を整えている谷山は、恨みがましいような求めるような、複雑さを込めた情事の視線を僕に寄越す。

「いくらなんでも、少し、強過ぎ」途中で吐息をもらしながらの呂律が回らない喋り口で、やんわりと非難される。「こんなに続けて、激しい勢いでされると、酸欠で頭がぼうっとして、何も考えられなくなる」

「あ、その……」そっちだって、拒まなかったじゃないか。不貞腐れた男の論理を振り翳そうとして寸前で口を噤み、僕は己の罪悪感に押されるようにして、謝りの言葉を彼女に向ける。「ごめん、やり過ぎた」

 予想外の反応だったのか、或いは不快に思わせてしまったのか。返事の無いことに不安をおぼえる僕を見て、谷山はとても愛しいものを見るような目で、見つめ返してくる。

「橘は本当、好意に値するよ」無意識に伸ばしたであろう彼女の手が頬を撫で、僕の心臓が心地の良い痛みを発する。「どうすればそんなに優しく、気遣わしく、愛らしくなれるの? 心からぎゅっと抱きしめて、身も心も捧げたい、そう思わせるような人間でいられるの? 私には、不思議でしょうがない」

「そんなに、買い被られても困る」僕はそんなに高等な人間じゃないし、優しくもない。谷山と深い口づけしている間、僕の意識は半分情欲の虜で、気遣う気持ちは殆どなくて。彼女への想いだけが、一方通行になりかけた行為を辛うじてさし留めてくれた。「実際、僕は谷山に優しくする方法を知らないから」

 セックスに自信がない訳じゃない、と言ったら嘘になるけど、それはどちらかと言えば副次的でちっぽけな悩みであって。僕の行為の何かが彼女を苦しめ、追い詰めることが嫌だった。

「じゃあ、特別に実地で教えてあげる」悪戯するような輝きを瞳に称え、彼女が近づいてくる。「だから、ちゃんと理解して。二度は教える気、ないからね」

 不意に引き寄せられ、横抱きの体勢にされて。それから、そっと触れるくらいのキスが、じれったいくらい何度も、ゆっくりと繰り返される。まるで僕の感じ方を確かめるように、丹念で柔らかい気持ちになれるようなキス。やがて谷山の舌先が歯に当たり、僕は用心深く隙間を空ける。入ってきた彼女の舌は、ぎこちないくらいに用心深く、そっと押し入って愛らしい動きを始める。刺激は先程より少なかったけど、初々しいくらいに僕を感じ取ろうとする丹念な動きと、彼女が求めてくれているという事実は、その差を埋めて余りあるものだった。甘く、穏やかで、お互いに優しくなれるキスは、谷山の見せる性格やポリシとまるで正反対で、性急さは全くない。

 こういう風に求めたり、求め合ったりしたいんだな。そう思いながら、僕は谷山が冗談めかして言った蹂躙という言葉を思い出す。どちらかが一方的に、相手に理解を押し付け、快楽を強要して、行為に耽る。彼女に取って、それは本当に耐え難いやり方なんだ、と今更ながらに理解する。相手のことを想いながら、気持ち良さを感じることのできる限界一杯の行為。こういうやり方もあるんだなと思いながら、心地良くて気持ち良いキスを続けていく。

 足を絡め合わせ、身体を強く押し付け合い、互いの高い体温を感じながら、定期的にもれるくすぐったそうな鼻息の満足そうなリズムに、背中がぴりぴりと疼くような嬉しさを感じた。息苦しさに耐えかねて唇を離した時の、強い思慕を伴う谷山の表情は、僕をとても幸せな気分にしてくれる。二人分の唾液を平等に嚥下しながら、それでもわいてくる分泌物と想いの果てしなさには眩暈を覚えるほどで、手に少しずつ力が入っていく。

 紛らわせようと、背を脊椎に沿って撫でると、谷山は思わず身震いした。反撃とばかりに僕の背を撫でる彼女の手つきに、僕もまた身震いさせられる。火照っていく肌を可愛く思いながら、そっと唇を寄せる。小さな刺激が一つ増えただけなのに、まるで低温のマグマのように少しずつ全身が溶け、また燃えるような錯覚に捉われそうになる。密な唇と舌の触れ合いに驚き、惜しみながら離す。谷山の目にほんのりと、でも確かに分かる情欲への衝動が浮かぶ。きっと僕も、彼女に向けてそういう合図を発していたのだろう。無言で頷き合い、唇の先が少し触れ合うだけの、痺れるようなキスを交わしてから、僕は再び谷山の上になって跨った。

 谷山が下から、僕のパジャマのボタンを外していく。促されるまま脱がされ、僕も対抗するように袖だけを通してあった彼女のパジャマを脱がせる。シャツも互いに脱がせ合って、僕たちは上半身を曝け出す。抜けるような白い肌は、蛍光灯の人工的で強烈な光の中でまじまじ見つめるには刺激が強過ぎて、僕は思わず視線を逸らした。彼女が軽い気持ちを表に出すような、何気ない口調で僕に言う。

「やっぱり電気、消さない?」

 僕も、谷山に灯の元で身体を見つめられるのは恥ずかしかったので、同意して部屋の電気を豆電球一つにする。栄える月でも出ているのか、カーテンの隙間からは僅かに淡い光が差し込んでいる。異なる二つの光は、谷山の肌を殊更白く、そして幻想的に照らしていた。最低限の骨格と筋肉、そして申し訳程度についた肉はしかし、奇跡的なバランスで破綻することなく彼女の身体に収まっている。くっきりと浮かんだ鎖骨、控えめで整った形の胸、申し訳程度にくびれた腰、引き締まったお腹は、とても魅力的に見える。共時性を持ち合わせる谷山の肉体は、子供でも大人でもない瑞々しさをもって、僕を惹きつけた。

 肌の露出した部分を慎重に重ね合わせ、負担にならないくらいの体重をかける。適度に火照り、じっとりと汗をかいた肌は重ねるのに丁度良く、少しくすぐったい。押し付けられた胸の感触に心動かされるのは、男の情けない性だなと思うのだけど、柔らかくて弾力のあるそれを、手で直接掬ってみたいという欲求は消えそうもない。悟られないようにして谷山の顔を覗き込むと、その唇が小さく動く。

「さっき、猫をあやすように喉をころころと撫でてくれたよね」哀願の瞳が、水気と共に揺れる。冗談めかして、でも切実な谷山の表情は、「もう一度、してくれない?」

 何気なく交わした仕草なのだけど、谷山にとっては心地の良い行為だったらしい。「喉を触られるのって、好きな方?」そう訊くと、彼女は伏せた目のまま、とても少女っぽい仕草と声を表に出した。

「うん、凄く好き……」

 僕はそっと喉に触れ、指の先端を上下にゆっくり動かす。現実に猫をあやしたことはないけど、目を細めて満ち足りた様子の谷山を見ていると心が和み、同時に逸っていく。もしかしたら以前、彼女を抱いた誰かがしたことなのかなという嫉妬めいた感情が脳裡を過ぎったけど、すぐにどうでも良くなった。谷山が幸せそうだというだけで、僕は十分に満足だったから。

 何度か往復させた後、頬を撫で、それから喉に小さく口付ける。間近に物憂げな息が流れ、僕はキスで流れた唾液を掬うようにして、色々なところを舐めたり、口付けたりした。切なそうな吐息がその度に溢れ、僕は谷山の首筋に対する弱さと感じやすさに酔いながら、彼女を感じていく。湿った喉に再び指を当て、先程と同じようにして撫でる。それから鎖骨の窪みに手を入れ、丁寧になぞっていく。それから胸に片手を添えて、先端を僅かだけ押し込む。息を詰まらせ、補うようにして荒い息を何度もする谷山の様子を見て、小さくても神経は沢山、集まっていることがよく分かった。

 包むように掴み、そして表層をなぞるようにして僅かに形を変える。上と下から交互に力を加え、ゆっくり揉むと、吐息の他に時折、不整脈のように震える。その先端を爪で軽く引っかくと、掠れるような高い声をあげた。恨みがましいような、ねだるような谷山の視線を受け止めながら、表層を知るためにゆっくりと時間をかけて撫でていく。完全な規則運動にならないよう、加える力を強めたり弱めたり、掌の腹で全体を押し込んだりする。荒い息、紅い頬、感じ入った肌と、瞑っているかと思うほどに細められた目。小波のようでも確かな快感を与えられているという、それは確かな証のように見える。

 もう片方の手を腹部に滑らせる。下腹部にゆっくり力を加え、弾力を感じる。内側に、最後の行いの為の器官がある。そのことに熱い緊張を覚えながら、腰のラインに沿って掌を上下させたり、円を描くように腹部を撫でたり、窪んだへそに指を入れて軽く刺激したりする。汗ばむ身体を感じながら、僕は手で覆われていないもう片方の胸に顔を寄せる。舌で軽く先を突付くと、谷山はこれまでにないほど強く反応して、呼吸困難のように荒い息を何度も、胸の上下がくっきりとするほど大気に吐き出した。手での愛撫を続けながら、先端を口に含んで舌を沿わせる。微かな塩の味と肌から滲む肌の匂いが、谷山の存在をぞくぞくするくらい、僕の中に植え付けていく。慎重に、左右別々の感覚器官を這わせながら、空いた手を背中に回す。容易に逃れられないよう固定してから、じれったいくらいの弱い刺激を、執拗に続けていく。喘息のように定まらない息の隙間をぬって部屋に響く甘い声の、回数が徐々に増えていくことを耳にしながら、僕は夢中で彼女の弱い部分を感じた。頻りに身体を弓なりに反らせ、全身に快楽を拡散させようともがき始めたところで刺激をやめ、再び上半身を重ね合わせる。額をぶつけ、互いの鼻を避け、唇を合わせて互いに舌を潜り込ませる。明瞭な言葉が途絶え、ただ感触によってだけ互いを知ろうとする営みは、衣擦れと行為そのものの音をひどく際立たせていた。

 谷山の手が、僕の背を丹念に撫で、小さくも広範な快感が、全身に広がっていく。それから脊椎にそって指を這わせ、徐々に下へと向かっていく。胸から腹、そして腰の奥深く、不意にその手が尾てい骨を強く押し込み、僕は反射的に括約筋を引き絞らされる。こんな快楽の引き出され方は初めてで、僕は何度か彼女のなすがままペニスを収縮させ、先走りの体液が僅かに漏れ出した。唇を離し、非難がましい表情を浮かべたであろう僕を、谷山は悪戯の成功した喜びの笑顔で受け止める。それから耳元に吐息を吹きかけ、甘く呟く。

「そろそろ……先に進む?」

 先に進むというのは、そういうことなのだろう。僕は半ば理性を失ったようにしてパジャマの下を、それからショーツを脱がしていった。それからズボンとトランクスを下ろし、これ以上はないほど膨らみきったものを、空気に曝す。お互い、肌以上のものを纏わない姿で、上と下に。谷山の太ももを挟むようにして膝を立てると、そこから上をくまなく両の目で走査する。適度に引き締まった腿に、何よりも露な下の谷間に、抗し難い欲求がもたげてくる。

「触っても、良い?」

 暫しの躊躇いの後、羞恥と共に谷山が肯く。僕は腿の内側に手を伸ばし、柔らかな肌を伝いながら、丁重に到達点へと押し入った。薄い恥毛とそして、湧き出るような濃い湿度に、行為の準備ができかけていることを察する。ようやく辿り着いた女性器の表面を、中指の腹でそっと触れる。線に沿って何度も往復を繰り返し、ねっとりとした中に第一関節まで押し込む。谷山が喘ぐような息をあげ、僕は合わせるようにして壁に指を這わせる。更なる溜息が、僕の反ったものを刺激した。指を抜き、親指と擦り合わせると、短い時間ながらも糸を引き、中の具合の一端を示した。

「少し、濡れてる」更なる羞恥を誘おうと、僕は少し意地悪く訊ねる。「気持ち、良かった?」

 でも、谷山はまるで感謝するような顔で、静かに確信めいて肯いただけで。届かない手を、精一杯伸ばしてくる。僕はそれを受け止め、指を一本一本絡めていく。「こんな風に」と、彼女は言葉を紡いでいく。

「橘の触り方、ぎこちなかったけど、丁寧で繊細で、心地良いから。私が望むように、私が私でいられるようにしてくれるから。泣きそうなくらい、気持ち良かった。涙の出ないのが、不思議なくらいだった」

 目尻を濡らす湿り気のことは指摘しないで、谷山の愛撫するような言葉に耳を傾ける。

「凄く、分かったよ。橘は、私を愛してくれるように、私を抱いてくれてるんだって」

 本当に愛してるから。そう言おうと思ったけど、谷山は信じてくれないだろう。

「私はこんなに優しくされてる。優しくされて、良いんだって……」

 そして、僕が優しくないって言っても、信じてはくれないんだろう。

「それは肌を重ねることより、気持ち良いことより、何よりも嬉しかったんだ」

 だから僕は、最後まで彼女の求めるような自分でいられるようにと願いながら、手を離す。そして立ち上がると、机から避妊具を取り出して、谷山に見えないよう身に着ける。すると背後から、透明な声が僕を貫いた。

「別にそんなもの、必要ないのに」

 一瞬その意図が分からず、僕は呆然と立ち尽くす。と、何でもないように、どうでも良いことのように、谷山は付け加える。

「だって私、まだ初潮が来てないから」

 まさかと言いかけて、僕は口を噤む。性に関する個人差は、単純な好奇心や興味で肯定したり、否定したりして良いものじゃない。17に近づいても兆候が見られない可能性だって在り得るし、それがどれだけ彼女を不安がらせているか、子宮という器官を持たない僕には、決して理解できないだろう。だから僕は、僕に分かる精一杯の言葉を口に出す。

「でも、今にだって、谷山の体は大人になり続けてる。そうである限り、例えどんなことがあっても、僕は谷山のことを大事な一人の女性として、扱うことしかできない」

 自らにかけられた制約の多さに、押し潰されそうになる。それでも僕は、何かを言わなければならなかった。

「僕は今、子供どころか自分ひとり養えない、ちっぽけな子供でしかないから」愛情と責任を持って、彼女の全てを受け入れられたらどれだけ素敵なことだろう。でも――。「僕は何もできないから。こんなにも、何もない僕だから」

「確かにそうかもしれない」谷山は、僕の言葉を否定しなかった。「橘より何かをできる人間はこの世界に沢山いて、何かを持っている人間も沢山いる。でも、受け入れたいって思う人間は君だけで、包まれたいと思う人間も君だけで。キスしたいと思う人間も君だけで、全てを見られても良いと思う人間も君だけで」

 そこで一つ息を置き、確信を込めた笑みと共に、とどめの一言を放つ。

「一つになりたいって思う人間も、君だけなんだよ」

 谷山は両腕を広げ、腿の間に控えめな隙間を空ける。彼女の中に飛び込みたいという欲求が抑えきれなくなり、僕は腰を掴んで浮かせ、探り当てた秘唇に、自分のものを埋めていく。拒むようにして動く中の感触が薄皮一枚越しに伝わってきて、僕は思わずうめき声をあげる。早く全てを収めたいという欲求に従い彼女の奥深くまで潜り込むと、抗議するように強い締め付けが襲い、腹の下に力を込めた。谷山の中は狭く、受け入れたものに対しても直ぐには許してくれない頑なさがある。僕は深呼吸して欲求を抑えながら、谷山の様子を伺う。彼女もまた、入ってきた僕のもののために感じたものをいなすため、息を荒げていた。

 強く結び付けられたまま谷山の手に抱きすくめられ、正面から向き合う。息を荒げながらキスをして、上と下から同時に繋がることで輪のようになってしまったかのように錯覚する。それくらい、根元までの挿入は僕に一体感を与えてくれた。

 唇を離し、谷山の顔を伺う。繋がっているだけでこんなにも心地良いのは、初めてだった。きつく熱い彼女の中に神経を集中させると、それだけで貯まったものを全て、放出してしまいそうなくらいそうで怖い。動こうと思って入ったものを抜こうとすると、今度は摩擦が強くて、しかも小刻みに締め付けてくるから、亀頭だけを残して外に出ることさえ快楽という名の苦痛を必要とした。一往復しただけでこれでは、どれくらい持つのか。それでも谷山との一体感を味わいたくて、腰は自動的に動き彼女の中に再び埋もれていく。受け入れ方を体が理解したのか、先程よりも滑らかできつい力が満遍なくペニスを締め付けてくる。これで何もつけずに挿れたら、粘り気のある襞の感触で抜く暇もなく射精していたに違いない。貫かれていく谷山は、理性が急速に失われかけていることを隠そうとしていない。背中に力を込め、抉り取らんばかりに指と爪を立てる。その痛みさえも、今の僕に取っては快感だった。

 絶え間のない締め付けを感じながら、谷山の中を出たり入ったりする。射精しろと脳が訴えているのに、きつ過ぎて逆にそれができない。本当なら彼女の感じるところを擦ったり、突いたりしたいのだけど、そんな余裕はなかった。とにかく、狭くて圧力が強くて。肉の中を全体的に、単純にしか突き進んでいくことができない。僅かずつペースを速めながら、僕と谷山は、接続と非接続を繰り返す。谷山の盛んに喘ぎ、魂を吐き出すような息遣いが聞こえる。

「怖、いっ……」行為の隙間から、谷山の言葉が聞こえる。「なんか高い、とても深い感じで、軽くて」

 彼女の言葉を聞きながら、もう何度目か分からない挿入を、襞を満遍なく擦るようにして行っていく。終わりまで進み、暫く経つまで谷山は、本能を必死で拡散させていた。そうして息を整えると、拙い喉から切なげな声がもれる。

「白くて、浮き上がりそうで。こんなの、初めてで……」

 恥じらいもなく、絶頂にまで上がるのが初めてだと告白する谷山に、僕は大きな興奮を煽られる。今まで何度か女性とセックスしたことがあったけど、そこまで導いたことは一度もなかったから。下腹部に力が入り、更にペニスが大きくなる。快感と圧縮が強さを増し、今のままのペースでは頭がおかしくなってしまいそうだった。

 腰を強く動かし、股にぶつけるようにして抽挿の速度をあげる。摩擦が活発になったせいか、今まで留められていた射精感が一気に込み上がってくる。何もかも忘れて、僕は谷山の前に屈みこみ、キスをする。舌と腰をでたらめに動かし、それでも快感は些かも衰えないどころか、却って増すばかりだった。膣の中で完全には知ることのできない粘液の感触を咥内に求め、セックスそのものを膣内に求めていく。

 お互いの名前を連呼し、喘ぐような吐息を互いに聞かせ、汗にまみれた身体を擦り合わせる。気持ち良いって何度も言い合い、谷山の中に全ての想いを注ぎ込もうと加速する。腰が痺れるようになっても気にせず、引き抜き、入れてを繰り返す。全身が痺れ始め、これで最後とばかり一際強く繋がり合うと、谷山が明らかに質の違う嬌声をあげ、千切れるくらいにペニスを締め上げた。限界まで搾り取ろうとする貪欲な収縮に、思わず射精する。何度も何度も勢い良く飛び出し、それが粘度のある火山のような噴出に代わっても、射精は一向に止まろうとしない。締め付けのタイミングで射精し、次のものを促すために、谷山の中が動く。そのため、刺激もなかなか収まろうとしなかった。

 驚くほどの回数、精を吐き出すために蠢き、ようやく中が大人しくなる。膣の脈動が落ち着いたのを確認したから、僕は谷山の中からそっと、自分の性器を抜く。谷山の秘唇は赤く腫れ、愛液が布団のシーツに染みを残している。胸を上下させ、正常な呼吸と理性を取り戻そうとしている谷山を見て、ようやく行為が終わったことを実感する。ふと経過時刻が気になり、時計に目をやると、信じられないことにまだ、30分経っていなかった。僕の中では何時間も、谷山と交わり続けていたような気がしたのに、だ。

 コンドームを外すと、空気に曝されたものが未だ、小刻みに動き続けているのを見て取れた。まるでそれ自体、意志を持っているかのような貪欲さに、僕は溜息を吐く。気まずさをおぼえ谷山の隣に体を横たえると、意識しているのか分からないけど、抱きしめようと手を回してくる。全身が汗で濡れていたけど、不快だとは全然思わなかった。お風呂上りの茹ったような肌に思慕の情を浮かべる谷山の顔はいつにも増して綺麗で、惹きつけられる。でも、少しだけ不機嫌そうだった。

「橘のこと、分からなくなった」谷山が、まだ呂律の回り切ってない舌で言う。「途中から頭が真っ白になって、何も考えられなくなって。ただ気持ちよくて、全身が弾けそうで。お互いにそうなれたら良いなって、それだけしか考えられなかった。信じられない、あんなにも我を忘れて求め合える自分が中にいるなんて」

 思考は既に定まりかけているらしく、谷山の語りにはらしさが戻っている。

「私、セックスで頂に辿り着いたのって、初めてなんだ」

 示唆されてはいたけど、改めての告白。だから僕も、セックスで誰かをそこに連れて行ったのは初めてだと正直に答える。笑われるかと思ったけど、彼女は嬉しそうに僕の手を取るだけだった。

「じゃあ、私と橘は相性が良いんだね」谷山は赤面するような言葉を、衒いもなく口にする。「うん、最中のことはすっかり忘れてたけど、それが分かっただけでも良しとするべきかな」

 それはとても谷山らしい言い方で、僕は思わずくすくすと笑う。彼女もつられて笑い、それから冗談めかして「初めても、君とだったら良かったのに」と呟く。僕はその言葉に拘りなんてなかったけど、行為の直後だけに少しだけ引っかかりを感じた。でも、問い質すのは無粋な気がしたし、何より冷気が肌の火照りを覚ます、気だるげな空気に浸っていたかったから、僕は彼女の髪を撫でるに留めた。

 まどろみのような余韻に浸った後、お座なりに行為の痕跡を処理した。全身の汗と体液を拭ってパジャマを着込み、シーツを新しいものと取替える。それから窓を開け、部屋に漂う隠し切れない性臭を一先ずは追い出した。間違いなく母にはばれるだろうけど、その点については事前了解を貰っているので問題はない。後始末をするまでがセックス、なんて言うとまるで学生の遠足みたいだけど、残滓物全てが何らかの問題に繋がっているためにそう割り切らざるを得ない。

 片づけを終えても、時計は10時を少し回ったくらいで、いつもなら眠る時間ではない。でも、今日だけは流石に限界だった。僕と谷山は小さなベッドを共にし、身を寄せ合うようにして眠る。昨日と同じだけど、どこか彼女を近く感じる。それは肌を重ねたからということもあるけれど、彼女のことを沢山知ることができたからというのが一番、大きいような気がする。僕は既に健やかな眠りの中にいる谷山の頬にそっとキスをして、目を瞑る。考えることは沢山あるけれど、今だけは。

 谷山の感触を残したまま、全てを忘れて眠りたかった。

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