生徒会室の謎


生徒会室の謎(後編)

第三幕 二人で探偵を

取りあえず、まだ体調の優れない舞を保健室に残すと、俺と佐祐理さんは外に出た。

「あのー、祐一さん、どうしたんですか?」

わけのわからないといった表情をしている佐祐理さんに、俺は言った。

「佐祐理さんはどう思う?」

「えっ、何がですか?」

「警察が舞を疑っていることだ」

俺の言葉に、佐祐理さんは即答した。

「舞はそんなことをする娘じゃないですよ」

それは舞のことを一欠片も疑っていない、無垢な答えだった。勿論、それは俺も同じだ。舞は決して暴力などに訴えたりはしない。むしろ犯していない罪でも、受け止めてしまうほどの優しい奴なのだ。そんな舞に、あんなことは出来ない。俺はそれを、神にでも誓うことが出来る。

「ああ、俺も同感だ。だから、俺と佐祐理さんで犯人を突き止めるんだ」

「佐祐理と祐一さんで探偵をするんですか?」

佐祐理さんは少し驚き混じりの声でそう言った。ここで探偵という言葉が出て来る辺り、やはり推理小説には詳しいのかもしれない。

「まあ、そんなとこだな。俺と佐祐理さんで、舞の疑いを晴らすんだ。警察は当てにならないからな」

俺は熱っぽくそう語った。

「そうですね……やりましょう、祐一さん」

そして佐祐理さんも、少しそう考えてそう言った。俺はその目に、何か強い意思のようなものを感じ取った。やはり佐祐理さんも、舞が疑われて彼女なりに怒っているのだと思う。でなければ、こうもあっさりと佐祐理さんが同意するとは思えなかった。

「でも、佐祐理はあまり役に立たないかもしれませんけど」

「そんなことはないって」

俺は本気でそう言った。今回は専ら頭脳労働の筈だ。となると、佐祐理さんの方が俺よりも役に立ちそうだった。俺が辛うじて佐祐理さんに勝てるのは、行動力くらいなものだ。それだって威張れるほどではない。

「じゃあまず、事件の前後を整理してみよう」

俺はそう言うと、鞄からノートを取り出した。何度でも参照出来るようにするためだ。

「まず、俺と佐祐理さんが二階の階段近くで出会った。そして話をしていると、悲鳴が聞こえた。あれは確かに久瀬の声だったよな」

「ええ、佐祐理もそう思いました」

「それで次に何かが倒れるような音がして、俺たちは生徒会室の方に向かった。すると入口では女性徒が、この人は生徒会の副会長だけど、彼女がドアを開けようと苦心していた。

それから俺は、佐祐理さんに頼んで職員室に鍵を取りに行ってもらった。佐祐理さんが戻って来るまで、大体どれくらい掛かったのかわかりますか?」

「えっと、三分くらいでしたよ。ちなみに予備の鍵は、金庫の中に入っていました」

佐祐理さんは予備鍵の管理状況まで、きちんと説明してくれた。

「成程……それで俺は入口を見張っていて、その時には何人かの生徒が周りを囲んでいた。その中には生徒会書記の姿もあった。それから一分程して舞がやって来た。それから約三十秒遅れで、生意気な会計がやって来た」

もっとも、その辺は目算でしかないのだが。

「それから佐祐理さんが教師と一緒にやって来て、惨状が明らかになった。とまあ、こんな所だな」

「そうなると、犯人は叫び声がしてからドアが開くまでの間に逃げ出したことになりますよね」

「けど、ドアには鍵が掛かっていた上に、副会長が叫び声の直後から張り付いていた。窓には全部鍵が掛かっていて、雪には足跡が全く付いていなかった。うーーん」

結局、最初の問題に帰ってしまう。つまり、密室はどのようにして作られたか……だ。

「ああ、くそ。さっぱりわからん」 俺はそう言って、頭をかきむしった。

「取りあえず、方法がわからないのなら、別の方向から攻めたらどうでしょうか」

俺が悩んでいると、佐祐理さんがそうアドバイスする。

「別の方向って?」

「つまり動機とか、そういうことです」

「そうか、そっちから犯人が特定できるかもしれないな」

一時間の警察ものやサスペンスでは常套手段だ。

「となると……取りあえず被害者に近かった人に話を聞く必要があるな」

そう言ってみて、俺にはすぐにその当てが思い浮かんだ。

「生徒会の人たち、ですね」 佐祐理さんがそう言い、俺が頷いた。

「けど、まだ学校にいるでしょうか」

だが、その心配は無用だった。彼らは現場である生徒会室の側で固まって、話をしていたからだ。

彼らは俺と佐祐理さんを見付けると、一様に肩を震わせた。そう言えば、生徒会は身分や立場の強い職業の親を持ったもので構成されていると、前に舞から聞いたことがあった。生徒会にとって、佐祐理さんというのは微妙な人物なのだ。

俺はそういうことを快く思っていないし、佐祐理さんもそうだろう。

「あの、何の用でしょうか?」

副会長が疑わしげな、少し脅えた様子でこちらに話しかける。すると佐祐理さんは、

「あのー、すいませんが、今回の事件について少し訊きたいことがあるんです」

そう言った。

「訊きたいこと、ですか?」

佐祐理さんと俺は同時に頷く。すると会計の男が、眼鏡をわざとらしく押し上げて答えた。

「成程、倉田さんは川澄舞が犯人ではないと思っているんですね」

馴れ馴れしい口調なのは、やはり佐祐理さんとはどこかで面識があるからなのだろうか。それにしても態度といい嫌味な口調といい、こいつは久瀬そっくりだ。声に人を小馬鹿にしたような色がある。

「ええ、舞は暴力に訴えるような娘じゃないですから」

佐祐理さんはきっぱりと答える。

「では、校内や舞踏会場で剣を振り回したことはどうなんですか?」

会計は思い付いたことを、まくし立てる。

「それには何か理由があったんですよ。舞は本当に優しい娘ですから」

「優しい娘が、剣を振り回したりするんですか?」

会計の言葉が余りに癪に触った俺は、思わずこう言い返した。

「ふーん、じゃあ剣道をやってる女の子はみんな優しくないって言うのか。それは偏見じゃないか」

「そ、それは論理のすり替えだ」

俺の言葉に、会計はむきになって言い返す。意外に頭の回転は良くないらしい。

「そんなことはどうでもいいんだ。こっちは事件のことで少し訊きたいことがあると言ったんだ。要はそっちに答える気があるのか、それともないのかだろ」

俺が強い口調で言うと、苦々しい顔を一瞬見せた。そしてすぐに、残りの役員と顔を見合わせた。彼らは佐祐理さんの顔を見ると、再び顔を見合わせる。要するに、佐祐理さんが……いや、佐祐理さんの背負っているものを恐がっているのだ。

俺はふと佐祐理さんを見たが、彼女は平然とした顔をしていた。そして俺はふと、強いな……と思った。

 

第四幕 生徒会の証言

それから生徒会の連中は、渋々ながら承知した。それで俺は、近くの教室に一人ずつ呼んでから質問することにした。その方が、本音を引出し易いと考えたからだ。

「で、何が訊きたいんですか?」 副会長は、非難めいた口調で言った。

「えっと、じゃあ鍵の管理なんだけど、鍵は誰が持ってたんですか?」

俺はなるべく丁寧な口調で質問した。

「鍵はいつも、会長が持っていたわよ」

「いつも?」

「ええ、いつもよ。だから私たちには、合鍵なんて作る暇はなかったわ」

副会長は先手を打ってそう言った。質問を読んでいたところを見ると、警察にも同じことを訊かれたらしい。

「あの、合鍵はっていいましたけど、元鍵はどうだったんですか?」

佐祐理さんが質問する。

「さあ? 警察は元鍵は会長のズボンのポケットに入ってたって言ってたわ」

副会長はぶっきらぼうに答えた。

「学校で保管されていた合鍵は、使ったことがありますか」 続いて俺の質問。

「いえ、合鍵があるのは知ってたけど、誰がどこに保管しているかなんて知らないわよ。そんなの一度も使ったことないんだから」

彼女はそう答えた。

「久瀬の横に転がっていた置物は、何処にあったものなんですか?」 

更に、俺は凶器であろう置物のことについて尋ねる。

「あれは会長が持って来て、生徒会室の机に飾ってあったの。確かヨーロッパ土産だとかなんとか言ってたけど……」

「じゃあ、被害者の行動で不審な所は?」

「不審な所……ねえ」 副会長は俺の質問に、顎をあてて答える。

「そう言えば最近、何か嬉しいことがあったのか、うかれたたわね」

「うかれてた?」

「ええ、鼻歌なんか歌ってたし。あと、発声練習とか」

「発声練習?」

「そうよ、理由は知らないけどね」

うかれ気味で、発声練習……なんか滑稽な感じがした。

「では最後に、被害者を殺そうとする動機を持っていた人物に心当たりはありませんか」

これがメインの質問だ。まあ久瀬のことだから、恨みの二つや三つくらい簡単に出て来そうだが。

「そりゃ、あの川澄って暴力女……」

副会長はそこまで言って、言葉を飲み込んだ。恐らく、俺と佐祐理さんの無言の圧力に押されたからだろう。

「……そう言えば、あいつが会長と言い争ってたわね」

「あいつって?」

俺がそう訊くと、彼女は書記の名を挙げた。

「最後の方しか聞かなかったんだけど、あなたの我侭にはもう付いていけないとか、結構険悪な雰囲気だったわよ」

そして副会長と入れ替わるようにして、その書記の男が入って来た。

「ええ、鍵はいつも久瀬さんが持っていました。だから、合鍵は作れなかったと思いますよ」

彼は副会長と同じ証言をした。

「じゃあ、学校に合鍵が保管されているのは知ってましたか?」

「ええ、まあ合鍵はあると思いますよ。じゃないと、鍵を無くした時に困るでしょうから。でも、僕は何処にあったかなんて知らなかった」

これも同じ答えだ。

「久瀬さんに変わったこと……ねえ。まあ、最近は機嫌が良かったよ。以前に倉田さんのことでゴタゴタしていた時は、いつもピリピリしてたから。後は、妙にコソコソするような様子だったよ。辺りを気にしたり、肩に手を置いただけでびくっと震えたり。あと、芝居がかった振る舞いが増えていたね」

「芝居がかった振る舞い?」 俺は思わず訊き返した。

「ああ、よくはわからないけど」 書記は両手を広げてやれやれと言った動作をした。俺から見れば、こっちの方が芝居がかって見える。

「では、被害者を恨んでいた人物は?」

「川澄君……と言いたい所だが、あなたたちはそう思っていないようだね……そう言えば、久瀬さんが、収支が合わないとかぼやいていたな」

書記は頬に手を当てると、そう答えた。

そしてその会計だが、

「ええ、鍵は会長がいつも持っていました。他の合鍵が何処にあるかは知りませんでしたよ」

彼も合鍵を作れる可能性を否定した。

「会長に変わったこと、ですか? そうですね、まあ機嫌が非常に良かったですね。あと、突然タップを踏んだり……」

「タップ?」 俺の言葉に、会計は尊大に頷いた。

「では、被害者を恨んでいた人物に心当たりは?」

「そりゃ勿論、川澄舞ですよ……おっと、そんなに恐い顔しないで下さいよ。僕は一般論を述べているにすぎないんですから。そうですね……倉田さんや川澄舞に執着していた時の副会長も、そんな顔をしていたっけ」

そう、思わせぶりに答えた。こうして生徒会への尋問は終了した。

 

第五幕 沈黙する久瀬

「なんか疲れたな……」

「ええ、佐祐理もです」

尋問というのは疲れるものなのだと、俺は初めて知った。こんなことでは、本職の探偵などにはなれないであろうと思う。

「でも、色々なことがわかったな」

「ええ、そうですね」

俺は先程の尋問の内容を写したノートを、整理し始めた。

「まず佐祐理さんが言ってた動機のことだけど……」

取りあえず、簡単にまとめるとこうだ。

「動機が生徒会に集中してますね」

俺は頷いた。それにしても、なんて生徒会だ。生徒たちが、生徒会は腐っていると叫んでいたのもわかるような気がする。もっとも、これらが全て事実とは限らないのだが……。

「そして久瀬の横に転がっていた凶器らしい置物……あれは生徒会室にあるものだった」

つまり、生徒会室に出入りしているものでなければ、知ることはできなかったものだ。

「次に合鍵の管理だが、これは皆合鍵が作れることを否定してたな」

逆に言えば、それが怪しくも思える。結局、他に合鍵があるかどうかは全く判らないままだ。

「あと、元鍵は久瀬さんのポケットの中にあったんですよね」

「となると、いよいよ密室ってことになってくるな……」

なんか、事件が解決するどころかますます複雑になっているのは、気のせいだろうか。

「あとは、久瀬の奇行の数々……」

なんだこれは……思わず俺はそう叫びたくなった。これらの項目でわかることは……

「久瀬がアホになった……ってことくらいかな」

俺はそう締め括った。

「取りあえず、職員室での鍵の管理状況も訊いておきませんか?」

相変わらず、佐祐理さんのアドバイスは的確だ。そうして職員室まで来ると、偶然職員室にいた石橋に声をかけた。

「おお、相沢じゃないか。何しに来たんだ?」

「えっと実は……ここの金庫のダイアルって誰が知ってますか?」

するとやはり、石橋は首を傾げた。

「なんか、さっき来た刑事みたいなことを聞くな……まあいいか、別に減ることでもないし」

石橋はあっさりとそう答えた。うーん、大らかな教師だ。

「ダイアルの番号は教員と事務員にしか知らされてない筈だ」

「それって生徒に教えたりしたことはないんですか?」

「いや、原則的に生徒には教えないことってなっているからな。それはないだろう」

石橋は首を振りながら、そう答えた。

「鍵の管理状況は完璧みたいですね」

佐祐理さんはそれでも余裕そうな調子で言った。

「それで、祐一さんは謎が解けましたか?」

佐祐理さんの言葉に、俺は首を振った。

「いや、さっぱりだ。それより佐祐理さんはどうなんだ?」

「そうですね、考えていることはいくつかありますよ」

やっぱり頭脳労働では、佐祐理さんが上のようだ。俺には考えるべきこと一つ、思い浮かばない。後は、先程から考えていたことを、実験してみるくらいだ。俺は佐祐理さんの方を向くと、

「佐祐理さん、ちょっと実験したいことがあるんだが……」

「はえー、実験ですか。祐一さん、わからないなんて言って、本当は考えているんですね」

佐祐理さんが感心したように声を出す。

「それで佐祐理は、何をお手伝いすればいいんですか?」

「そうだな……取りあえず二階に上がってすぐの所で待っていてくれ。最初に久瀬の悲鳴を聞いた場所だ」

「はい、わかりました。佐祐理はそこに立っているだけでいいんですね」

俺は頷くと、佐祐理さんの笑顔に見送られて目的の場所へと走る。その途中で、俺は例の二人組の刑事に出会った。そのうちの一人は携帯を手に持っている。

「で、目を覚ましたんだな」

俺は校舎の影に、咄嗟に身を隠す。これは重要な情報だと、俺の心が告げていた。

「で、被害者は犯人の顔を見たのか……えっ、黙秘だって? どういうことだ? わかった、私もそっちに向かう」

刑事は携帯を切ると、パトカーの停めてある方に向かって歩き出した。それを他所に、俺は先程の話について頭の中でまとめる。

目を覚ました被害者……というのは、久瀬のことだろう。どうやら大した怪我ではなさそうだ。血が一杯出ていたから結構やばい状況だと思ったんだが……。

あと、黙秘というのはどういうことだろうか。

取りあえず考えることは後回しにして、俺は目的の場所に向かったのだが……。

「で、どうだったんですか、祐一さん」

とぼとぼと返って来た俺に、佐祐理さんの明るい声は少しだけ痛かった。

「それがな……」

俺の考えはこうだった。悲鳴を出されて焦った犯人は、窓から目の前に見える杉の木に飛び移る。その際、半月錠を糸か何かで閉まるように細工しておく。それから全速力で生徒会室まで走って来るというものだったが……。

結果はと言えば、生徒会室から見えないようなもっと外側の部分にも、足跡は存在しなかった。それに、ふと気付いたことがあったのだ。もし生徒会室の窓から木に飛び付いたのなら、それに積もった雪はずり落ちる筈だ。そんな跡はどこにも残されてなかった。

「……というわけだ」 言いながら、俺は溜息を付いた。やっぱり俺の頭じゃ、名探偵にはなれないと切実に思う。

あと、刑事たちの会話のことも一応話しておいた。

「それより佐祐理さん、さっき話してたのって誰だったんだ?」

俺は、階段から二人組の女性徒に手を振っていたのを思い出して訊いてみた。

「演劇部の方ですよ。今度の公演、楽しみにしてますよって話してたんです」

「今度の公演って?」

俺は、わざととぼけて言ってみた。こういう時でも冗談が言えるのが、俺の特技だ……って、大した自慢じゃないな。

「祐一さん、忘れたんですか? 舞と祐一さんで、演劇部の公演を見に行くって、朝に約束しましたよね」

「嘘だよ、ちゃんと覚えてるって。三月六日だろ」

「あははー、そうですよ」

佐祐理さんがいつもの笑顔を見せる。と、ふと俺の頭が何かをかすめた。

「でも、これで……」

佐祐理さんの言葉が途中で途切れる。いや、思考に没頭しているだけなのだろうが……。そうだ、あの人が嘘を付いていたとしたら、密室なんて簡単に崩れる。

ふと我に返ると、目の前に霧がかかったように霞んでいた。

「……さん、…一さん、どうしたんですか?」

佐祐理さんの声がする。その像がはっきりと佐祐理さんを捉えた時、俺はこう宣言した。

「佐祐理さん、犯人がわかった」


後書:あははー、どうでしたか、今回の話は。実はKanonの設定を使ったミステリというのは、ずっと前から考えていたんです。勿論被害者はあの人しかいませんから……そんなことを考えると、自然に舞の話が膨らんで行きました。

最初は完全なるアナザーワールドのつもりだったんですが、結局は舞END後の話として、完全にKanonの時系列と重ねてしまいました。故に舞と佐祐理の受験の話などや、シリアスな部分も付け加えました。

あと、ちらっとONEを匂わす部分も入っています。わかる人はわかりますよね。

それでここからが本題、今回の事件の真相をずばり指摘せよ……これに尽きます。

伏線は、前編の方に多く張ってあります。あと、作者によるトラップが仕掛けられているので、引っ掛からないように注意して下さい。

ヒントは、久瀬は何故黙秘したのか……です。


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