生徒会室の謎
この話は正確な時間は決められていませんが、舞シナリオ終了後ということでご了承下さい。
なおこの事件は一応、謎解きのテキストとしての体裁が整っております。ミステリが好きな人は解決編に移る前に、推理して見て下さい。但し、本気な解答ではないから怒らないでね(はあとまあく)
主な登場人物(犯人はこの中にいる?) 相沢祐一(あいざわゆういち)…今回の話の主人公。事件は彼の一人称で語られる。勿論、彼は犯人たり 得ない。 川澄舞(かわすみまい)…夜の校舎で祐一が知り合った少女。彼女を縛っていた約束からも解放され、今 は残り少ない学校生活を、祐一と佐祐理の三人で過ごしている。 倉田佐祐理(くらたさゆり)…舞の親友で、彼女とは対照的な明るい少女。とある事件で大怪我を負ったが 、最近になって復帰して来た。 久瀬(くぜ)…生徒会長で、自分本意で、嫌な奴。彼の全てのステータスを表すと、こうなる。多分二年生。 副会長…容疑者、二年生。 書記…容疑者、二年生。 会計…容疑者、一年生。 |
佐祐理「あははー、適当な紹介ですよね」
祐一「しょうがないだろ、作者が適当なんだから」
舞「……本当に適当」
生徒会室の謎(前編)
プロローグ いつもの朝
「じゃあ、行ってきます」
まだ台所で伏せっている名雪を他所に、俺は早足で学校へと向かった。
外は凶悪なまでの寒さを保ち、それでも春の訪れに向けて一歩ずつ進み始めていた。そう思えるのは、やはり三人が揃って学校に行くことが出来るからだろうか。
そんなことを考えていた雪道の通学路、俺は見慣れた二人組を見付けた。いや、見慣れたというほどの付き合いではない。でも、そう思えるほどの時間を過ごして来た。少なくとも、俺はそう思う。
「おはよう、佐祐理さん」
俺は少し前を歩く佐祐理さんに声をかけた。
「あっ、祐一さん、おはようございます」
「……おはよう」
佐祐理さんが屈託のない笑顔と共に挨拶を返す。一方もう一人の奴は、無表情のままでこちらを振り返ると、すぐに前を向きなおしてしまう。ちなみに三年生は既に自由登校なのだが、
『佐祐理は祐一さんと舞と、少しでも多くいたいですから』
『……私もそう思う』
ということで今もって学校に通っているというわけだ。学校の方が勉強も集中できますから、付け加えるように言った佐祐理さんの言葉は、恐らく俺を気遣ってのことだろうと思う。二人とも既に受験は済んでいるからだ。もっとも佐祐理さんは、怪我の関係で振替受験ということになったため、まだ結果は出ていない。でも佐祐理さんのことだから、来年は間違い無く舞と一緒の大学に通っていることだろう。
「今日も元気そうだな、佐祐理さんは」
「ええ、佐祐理は元気ですよ」
「…………」
「ところでもう一人の方は、元気なさそうだな」
「そんなことはありませんよ。舞も元気一杯です」
無言で頷く舞。そして、俺もその輪に加わる。要するに、いつも通りの朝ってことだ。こうして他愛のないお喋りをしながら(もっともその八割は俺と佐祐理さんの会話で、舞は専らツッコミだ)歩く。名雪と二人の時には信じられないほどの、平和な朝の一コマだ……って自分で言うことじゃないな。
そう、全ては終わり、これからは三人で幸せに歩んで行ける筈だ……俺は二人の無邪気? な姿を見ていてそんな風に思った。
時間に余裕を持って到着する学校は、何故かいつもと違って見える……というのは気のせいで、実際は正門に人が立ってビラを配っていたからだった。
「おねがいしまーす」
緑のリボンを胸に付けた可愛らしい後輩の言葉に、俺は思わずそのビラを受け取る。どうやら佐祐理さんと舞も、同じように受け取ったようだ。
「ん、なんだろう」
俺はビラに書かれてある文字を読むために、歩く速度を少し緩めた。
『
演劇部 公演案内
日時 三月六日午後二時より
場所 体育館
公演演目 不如帰の籠
あらすじ 声の出せなくなった少女がある事件で……
…………
…………
なお、特別ゲストの出演もあり。
』
「へえ、演劇部って公演なんかやるんだ」
転校する前の学校では、演劇部の活動なんて文化祭での発表でしか見たことがない。勿論、色々な発表の場もあるのだろうが。
「佐祐理、この話知ってますよ」
「へえ、そんなに有名な話なんだ」
「ええ、少し前にある高校で演じられた劇なんだそうですよ。テレビでも紹介されたましたし」
俺はニュースとかそう言った時事には疎い方なので、佐祐理さんの話は初耳だった。
「じゃあ、結構面白い話なのか?」
「うーん、面白いって言うより、感動できる話だそうですよ。あっ、そうだ。これ、三人で見に行きませんか?」
佐祐理さんが笑顔でそう提案する。俺としては舞と佐祐理さんが一緒なら、異存はなかった。俺と佐祐理さんは、同時に舞の方を向く。
「……私は構わない」
舞がそう答えたのを見て、
「ああ、俺も構わないぞ」 そう答えた。
それから階段の所で二人と分かれると、教室に向かう。教室前の廊下には、各クラスの机が二段重ねで並べられてあった。
「ふう、早く来た奴が中に運んどいてくれると思ったんだが……」 甘かったようだ。
中は石油ストーブが焚かれていて、程よく暖まっていた。このぽかぽかとした雰囲気は、多くの生徒を眠りの世界へと誘う。俺もその中の一人だが……。
席に座ると、名雪の姿は当然ながら無かった。香里や北川の姿も無い。
「まっ、毎日のことなんだがな」
そう呟くと、雪で覆われた中庭を見る。昨夜、雪が降ったせいか誰の足跡も付いていない。その光景を、考えごとをしながら見つめる。それは大概、舞と佐祐理さんとの会話やこれからの色々な計画。
あの計画をどう親や秋子さんに切り出そうとか、住む場所は何処にしようか……そんなことを考えていると、あっという間にチャイムが鳴ってしまった。同時に教室も俄かに活気づく。その空気を破るかのように名雪が走って来たのは、チャイムから数刻遅れてのことだった。
第一幕 悲劇
屋上一歩手前の方形階段、午前中の授業が全て終わり、俺はいつもの場所へと早足で向かっていた。
「あっ、祐一さん」
俺が来ると、いつも佐祐理さんと舞は先にこの場所に来ている。俺が不思議に思って聞いてみると、
「三年生はずっと自習ですから」 と佐祐理さんが説明してくれた。成程、スタートからして違うわけだ。
「おっ、今日のお弁当はいつもより豪勢だな」
「ええ、今日は早く目が覚めましたから。少し凝ってみました」
重箱に並ぶ弁当箱の中身は、いつもの二割増ほどの量がある。勿論、卵焼きやウインナ−といった舞の好物たちも忘れずに並べられてあった。俺も購買のパンをシートの上に並べる。俺はパンと佐祐理さんの弁当を交互につつき、時々舞に箸で突付かれながら、あっという間に楽しい昼の時間は過ぎて行った。
楽しいこと程、時間が経つのは早いものだ。そして五分前の予鈴がなったので、
「……じゃあ、放課後に正門でな」
「はい、わかりました」
「…………」 舞も無言で頷く。
そう約束して、それぞれのクラスへと戻って行った。俺は午後から待ち受けている退屈な授業に、少し憂鬱な気分になる。まあガードの甘い教師だし、寝てしまおう。冬眠暁を覚えずとも言うしな……ちょっと違うか。
そして予定通りに惰眠を貪ると、待ち合わせの場所に……
「祐一、今週は掃除当番だよね」 教室の入口で、名雪が立ち塞がる。
「悪い、今日は急用がある」
「急用ってどんな用?」
「それはな、今にも俺の助けを待っている人たちが……」
言っている途中で名雪が箒を渡す。
「祐一、それでも掃除はやらないとね」
名雪は笑いながら言った……しかし、目は笑っていない。結局、俺は仕方なく掃除にとりかかる。
「くそっ、教科書とか持って帰れよな……って、俺の机か」
などとお約束をかましながら、適当に掃除を終えると、俺は急いで門の前に向かった。すると途中で、何故か佐祐理さんと鉢合わせした。
「あれ、佐祐理さん、門の前で待ってたんじゃなかったのか?」
俺がそう訊くと、佐祐理さんは少しばつの悪そうな顔をした。
「えっと、少し職員室に呼ばれて……それで先生と話をしていたんです」
歯切れの悪い口調で言う佐祐理さん。どうも、何か隠していることがあるようだ。
「職員室? なんで佐祐理さんがそんな所に?」
俺ならともかく卒業間近の、そして優等生である佐祐理さんがなんでそんな所に? 俺の頭にふとそんな疑問がかすめる。しかし、そんなことを考えている暇はなかった。何故なら……
「うわああああっ、助けてくれええええ」
という叫び声が聞こえて来たからだ。
「な、なんだなんだ」 俺は思わず辺りを見回す。すると今度は何かが倒れるような、散らばるような、妙な音が聞こえた。
「こっちか!」 俺は音のする方に向かって走り始めた。
「あっ、待って下さい」 佐祐理さんもそう言いながら、俺の後に続く。するとある部屋の前に、一人の女生徒が立っていた。胸のリボンの色からして、俺と同級のようだが、顔は知らない。その女性徒は慌てた様子で、ドアをガチャガチャと動かしていた。
「どうしたんですか?」 俺がその人に話しかけると、はっと肩を震わせてこちらを向いた。
「あっ、えっ、その……」 女性徒は慌てているのか、うまく喋ることが出来ないようだ。
「あのー、落ち着いて下さい」
佐祐理さんだけは間延びした、いつも通りの声だった。しかしその女性徒は、佐祐理さんの姿を確かめると過剰に肩を震わせた。
「く、倉田さん……なんでこんな所に?」 一転して責めるかのような口調。
「佐祐理も叫び声を訊いて、駆け付けたんです。それより何があったんですか? 叫び声が聞こえたようですけど」
「そ、そうです。私がいつものように生徒会室に向かうと、その手前でさっきの叫び声を聞いたんです」
そう、この部屋は生徒会室だった。俺と佐祐理さん、そして舞にとっても因縁のある場所だ。そして先程の声は俺の記憶が正しければ……
「それが会長の声だったから、私、驚いて。それでドアを開けようとしたら、鍵が掛かってたの」
やはり久瀬か、俺は苦々しく心の中で言った。それから女性徒に質問する。
「鍵が掛かっていた?」 俺はその女性徒、恐らく生徒会役員であろう人物の言葉を復唱した。
「ええ……」 そう言うと、その女性徒は少し俯き具合になった。
「と、とにかく、俺は職員室に行って合鍵を取ってくる。佐祐理さんとそこの人は、入口を見張っていて……」
いや、もしかしたら犯人が(もっとも、中に人がいるとは限らないが)ドアから逃げ出そうとするかもしれない。女の子だけを残して行くのは危険だ。となると……
「ごめん佐祐理さん、今から職員室まで行って、鍵を取って来てくれないか?」
俺はそう叫んだ。
「あ、はい。佐祐理が行くんですね」
佐祐理さんはそう言うと、案外に素早く廊下を走って行った。そのようなやり取りがあってから初めて、辺りに何人かの生徒が集まって来たのに気付く。
「おい、何かあったのか?」
その中の一人が、俺の隣にいる女性徒に声をかけた。彼も俺と同学年のようだ。勿論、顔は知らない。
「わからないの。中から会長の叫ぶ声が聞こえて……」
「何! 久瀬さんがか?」
驚く男子生徒。呼び方からして、二人はどうも知り合い、それも生徒会の人物のようだ。その声に、辺りのざわめきが強くなる。とは言っても二、三人と言ったところだが。放課後なので、そんなに生徒もいなかったようだ。
そんなことを考えていると、俺と佐祐理さんが来た方向から誰かが走って来る。髪の毛をなびかせながら、風のように迫るその姿は……舞だった。
「舞、どうしたんだ?」 俺は、全力疾走しながら息一つ切らしていない舞にそう尋ねた。
「……佐祐理も、祐一も来ないから」
「それで心配になって、探しに来てくれたのか?」 無言で頷く舞。
「どうしたんですか、こんなに人が集まって……」
声をかけようとした祐一を、遠くからの声が遮る。あいつは、確か舞のことで話し合いに行った時にいた、確か会計だったかな。下級生なのに生意気な奴だということだけは覚えている。案の定、そいつは眼鏡を直すと舞の方を見た。
「また、彼女が何かやらかしたのですか?」
そう冷静に言う会計。慌てて事情を説明する、生徒会役員の二人。どうやら女の方が副会長で、男の方が書記のようだ。会話の端々から何となくわかった。
「成程、会長の処断にキレて、とうとう……」 会計の眼鏡がキラリと光る。
「ちょっと待てよ!」 俺はそいつの言い分に、思わず口を挟む。だが、それが口論に発展することはなかった。何故なら、佐祐理さんが中年の教師と一緒にやって来たからだ。
「すいません、遅くなって」 佐祐理さんが荒い息の合間にそう言った。
「それより本当なのか?」 その教師は未だに半信半疑の様子だ。まあそれももっともなのだろうが、今の俺にはそれさえもうざったく感じられた。
「とにかく鍵を……」 俺が教師を促す。すると手早く鍵が差し込まれて、すぐにカチリと音がする。そして取っ手に手をかけると横開きのドアを開ける。
「うっ、こ、これは……」 その光景を見た瞬間、俺は心臓が飛び出しそうになった。その教師も、佐祐理さんも、舞も、生徒会の役員たちも、他の人たちも、皆、驚いて何も声がでない。
俺には何の反応もしようが無い。そのまま、俺はその惨状に目を奪われたままだった。床には、血に塗れた置物が転がっていた。そしてその横では久瀬が、床を血で濡らし、ぐったりとしていた……。
第二幕 犯人はあなただ
「ゆ、祐一さん……」 佐祐理さんの言葉で、俺はふと正気を取り戻す。逆隣を見ると、舞が異常なまでの震え方を見せていた。
生徒会室は二階にある。ドアから人が出ていないなら、中に隠れているか、窓から出たかどちらかだ。見た所、生徒会室は中央にある大机の上以外は整頓されていて、人が隠れられるような場所はない。となると窓から逃げたのか……。
「佐祐理さん、舞を頼む」
「え、ええ、わかりました。けど祐一さん、何をするんですか?」
その言葉に、俺はこう答えた。
「中を、見てくる」 そう言うと、俺は中に入った。そして久瀬の倒れている所を避けて、窓まで近付いた。だが、窓には全て半月錠が掛かっていた。しかも雪の上には、全く足跡が見えない。窓からは、雪を被った杉の木が一本見えるだけだった。
俺はわけがわからず、同じコースを逆走して入口まで戻った。見ると佐祐理さんに付いて来た教師の姿がない。
「あっ、先生なら警察と救急車を呼びに行きました。それより舞が……」
佐祐理さんは震えが収まらない舞の肩を、しっかりと支えていた。見ると顔色も悪く、目は何もない所を虚ろに映していた。何かおかしい。
「そうだな、とにかく保健室に連れて行こう。けど……」
「けど……どうしました?」 佐祐理さんは首を傾げて俺に尋ねる。
「いや、今は、舞の方が先だ」
事件の方も気になったが、それは警察の仕事だろう。それよりも、舞のこの変わりようが俺には余程気になった。
俺は人が集まりきらない内に、舞を背に抱えて保健室まで向かった。幸い保険医はまだ学校に残っていたのは、運が良かった。保険医は舞の様子を見て、慌ててベッドの用意をしてくれた。
「どうしたの、彼女。何かの発作なの?」 保険教師は俺に向かってそう尋ねる。
「わかりません、けど……」 俺はそう言って、生徒会室で起こった事件を詳しく説明した。
「そんなことがあったの? それで警察には……」
「多分、連絡したと思います」
祐一の言葉と同時に、サイレンの音がここにも微かに聞こえて来た。
「成程、どうやら大丈夫そうね……取りあえずそっちの子は、現場を見てちょっとショックを起こしたんだと思う。少し横になっていれば、大丈夫よ」
保健教師はそう保証してくれた。俺と佐祐理さんは顔を見合わせてほっと息を吐き出すと、舞のベッドの側に立った。すると舞が、弱々しい目でこちらを向く。
「大丈夫か、舞」 俺の言葉に、舞は弱々しく頷いた。
「でもどうしたんだ、いきなりあんなになって。俺も佐祐理さんもびっくりしたんだぞ。やっぱり、ショックだったのか?」
だが、俺の問い掛けに、舞は何も答えなかった。ただ、脅えたような目で俺、そして佐祐理さんの方を続けて追った。そして哀しそうな目が、佐祐理さんを捉えたまま、しばらく離れなかった。恐らく舞は、佐祐理さんの何かを、今回の事件に重ね合わせているのだろう。
その時、俺ははっと一つのことに思い当たった。あの時、まだ俺と舞が魔物を追っていた時、同じような光景があった。プレゼントを持って夜の学校に向かった佐祐理さんを襲った魔物、血に染まるリノリウムの床、そして立ち竦む舞の姿……。
舞の心を深く傷つけた事件、あの暗く悲しい風景と、今回の事件は僅かに重なるものがあった。
「大丈夫だ、舞」 そんな舞の手を、俺はしっかり握ってみせる。舞は最初驚いたようだったが、何もせずに手を握らせたままにしていた。すると体の震えも、段々と収まって来た。
そんな様子を見て、佐祐理さんの顔にもようやく安堵の表情が浮かぶ。そして三十分も経っただろうか、ようやく舞の調子も戻り、保健室を後にしようと思った時……突然、保健室のドアが乱暴に開けられた。
コートを着た二人の男は部屋の中を見回すと、真っ直ぐに俺たちのいる方へと向かって来る。
「すいませんが、川澄舞さんはいますか?」
茶色のコートの男が、丁重に尋ねて来る。しかしその目は、用心深く辺りを捉えていた。
「お前ら、舞に何の用だ?」
「ああ、すいません。我々は警察の者です」
俺の質問に、二人は胸ポケットから手帳を取り出してそう言った。その表紙には金色の文字と、桜を模したマークが見える。
「あの、警察の方がどうしてここに?」 佐祐理さんが訊くと、二人は神妙な顔付きになる。
「実は川澄さんという方に、今回の事件について事情を聞きたいのです」
その言葉に、俺は最初、何を言いたいのかわからなかった。だが、すぐにその意図がわかった。
「つまり、警察は、舞を疑っているんですね」 俺は感情を押し殺してそう言った。
「いや、まだそういうわけではない。ただ、複数の人物が川澄さんと今回の被害者、久瀬という人物の関係について話していたんだ。彼らの話によれば、二人は非常に険悪な関係だったそうじゃないか」
茶色コートは強めの口調でそう言う。それは言葉を濁してはいたが、要するに舞を疑っていることを如実に示していた。彼らはベッドで横になっている舞を見ると、
「君が川澄さんだね。宜しければ、ちょっと話を聞かせて欲しいんだが」
彼らは舞の目を見ると、恫喝するような口調で言った。そのことに腹が立った俺は、思わず間に割って入った。
「待てよ、舞はそんなことをする奴じゃない。それに……第一犯人は、どうやって外に出たって言うんだ?」
俺がそのことを指摘すると、二人の刑事の顔色が僅かに変わった。
「とにかく舞が犯人だって言うんなら、その謎を解いてからにしてくれよ」
そう言うと、刑事たちは俺の方をジロリと睨んだ。それは年季の入った強烈なものだったが、俺は何とか受け流す。すると二人は、悔しそうに去って行った。
「はあ……凄いですね、祐一さん。刑事さんを追い払うなんて」
二人が去って行った後、佐祐理さんがびっくりした表情で言った。
「まあ緊張したけどな」
「でも、祐一さんのさっきの言葉はどういう意味なんですか?」
「さっきの言葉?」 俺は鸚鵡返しに訊く。
「犯人はどうやって外に出たとか、そう言いましたよね」
「ああ、あれか。あの部屋、窓は全部鍵が掛かっていたんだ。それに窓の外には足跡も付いていなかった。そしてドアには例の女性徒が張り付いていた。じゃあ、犯人はどうやってあの部屋から出たんだ?」
「はえー、密室殺人ですか」 俺の説明に、佐祐理さんはそう答えた。咄嗟にそんな言葉が出て来るところをみると、意外に佐祐理さんは推理小説とか読んでいるのかもしれない。
「まあ、実際には殺人じゃなくて殺人未遂だけどな」 俺はそう言い直した。
「でも、そうなると確かに不思議ですよね。だとしたら、何か不思議な力を使ったとか」
佐祐理さんは冗談めかして言った。だが俺は、その言葉にドキリとした。真っ先に浮かんだのは、舞が持っている不思議な力……。そう思い、俺は舞の方を見た。舞も同じことを考えたのだろう。だが、すぐに首を振った。
だとすると、魔物の仕業ではないことになる。しかしだとすれば、久瀬を襲った何者かは、どうやって密室から脱出できたのだろうか? そして犯人は誰なんだ?