二月十八日 木曜日
第十四場 香里の病室
たださよならを言いに来た、最初は本当にそれだけだったのだ。僅かに道に迷い、それでも辿り着いた香里の病室には誰もいなかった。医師も看護婦もいない。両親は……昼時だから食事にでも出たのだろうか? とにかく、俺にとっては好都合だった。複数の人間に呼び止められれば、俺はきっと自分はここに必要な人間だと思い上がってしまうから。
病室に入り、臨む香里の両肩に巻かれた包帯が何とも痛々しい。血がうっすらと滲み出ており、きつく締められたその様子から、傷口が思ったより深いことを知った。それが自殺未遂かもしれないという事実が、心を執拗に抉り取って塩で丹念に洗うかのような耐え難い痛みで苛む。辛そうに眠る香里の顔色は目に見えて蒼褪め、呼吸は贔屓目に見ても穏やかではなかった。香里は俺なんかより、何倍も苦しんでいる。その身に白刃を受け入れた時、彼女はどう思っていたのだろうか? どんなに絶望していただろうか? 想像するだけで申し訳ない気持ちで一杯になる。そして、それを与えたのが俺だということにどうしようもない絶望感が沸いてきた。少なくとも香里のため、俺は絶対にこの街にいてはいけないのだ。
そう、眠っているのなら書置きの一つでも残してさっさとこの場を離れてしまえば良い。謝るべき相手と別れを言うべき相手全てを回るのだ。そう、もたもたなんかしていられない筈だった。なのに、この後に及んで香里の側にいたいと思うのは何故だろう? 香里と離れたくないと思うのはどうしてだろうか? そんなの改めて思うまでもない。香里のことが好きだからだ。何よりもかけがえのない優しさで愛したいと願っているからだ。
俺は無意識にその弱々しい香里の手を握っていた。華奢に見えるかもしれないが、その手は驚くほど力強い。この手でもう一度抱きしめられたいなと願いつつ、それが叶わない……いや、叶えてはいけないものなのだということも分かっている。
その手から伝わる温もりがあまりにも愛おしくて。この手が届かない所に行こうとしている自分が酷く惨めで。俺はいつの間にか涙を流していた。最初は頬に伝い首筋に逃げる程度に、それから直接に掌を濡らすほど強く、ゆっくりと泣いた。
よく考えれば、俺は香里を本当の意味で優しく抱いたことがないような気がする。ただ香里が欲しくて、愛という言葉で正当化して……本当に愛を込めて抱きしめたことがなかったのかもしれない。本当に愛しているのならば、こうして手を繋いでいるだけでも幸せなのに。離れてしまうことなんて疑うこともなかったのに。結局はただ自分で、そんな可能性すら壊してしまった。
「どうしたの、祐一……どうして泣いてるの?」
という声はだから……最初、香里から発せられた言葉ということに気が付かなかった。思索に耽り、我をすら見失っていたのだ。
目が合うと、声を聞くと更に離れたくなくなる。けど、大事な人を大切に思うのなら俺はその優しさを突き放すべきだった。
「香里……俺はもうこの街を出ようと思う」
だから、俺はできるだけ冷静に、冷たく言った。香里のやつれた頬にさっと紅みがさし、苦痛に歪みながら上半身を捻り起こした。彼女は苦痛と悲しみにも似た表情で俺に尋ねてきた。「何故?」と。
「なんでそんなことを言うの? もしかして、こんな風に自殺したり迷惑をかけたりする私のことを嫌いになった? だから、祐一はこの街を離れるの?」
「違う!」その的外れな推察に、俺は大声で怒鳴った「違うんだ……俺が香里を嫌いになる筈ない。そんなこと、神が願ったって願い下げだ。俺は俺の意志で、この街に訪れた苦しみをただ取り除きたいだけなんだから。俺のせいで苦しむ人間をこれ以上生まないようにしたいだけだから……」
俺の情けないくらいに沈鬱な声を聞き、しかし香里は穏やかさを取り戻していく。これからさよならだというのに、何故香里はそんな笑顔でいることができるのだろうか。
「祐一こそ、全然違うことを言ってるわよ……」香里は、俺の手を強く握り返し、優しく目を見据える。「祐一は誰も傷つけてなんかいないわ。祐一にそんなことできないって、私は知ってるもの。祐一は優しくて強くてしっかりしてて……私の理想のような人なんだから」
そう言って、香里は俺を眩しいものであるかのように目を細める。尊敬と愛情の眼差し……違う、俺は、俺はそんな視線で見つめられるような人間じゃないんだ。
「そんなことない、俺は酷い人間だ。もう、申し開きのできないくらい情けない人間なんだよ。小さい頃から口ばっかりたっていざという時には何もできないで……香里、少し前に月宮あゆって娘について話したことがあっただろ?」
香里は応と肯く。
「俺ようやく、その日の記憶を思い出したんだ。今まで自分に都合の悪い状況だからって、すっかり忘れていたんだ。あいつは、あゆは七年前に登っていた木から落ちて……血を流して雪の覆う大木の下に横たわっているんだ、今なら鮮明に思い出せる。俺はただうろたえるだけで、向こうの方が辛い筈なのに屈託のない笑顔を浮かべてきて……そんな優しさに俺は一つも答えることができなかった。ただ立ち竦むだけで、救おうとすらしなかった。俺はあゆを……見殺しにしたんだ。それからあいつはこの病院で七年も眠り続けた。あいつがこの街に現れていた間も、あゆはずっと静かな眠りを受け入れてたんだ。少しずつ自分を磨耗させて、それでもこの街と思い出が忘れられずに……幽霊になってまで、しかも俺との再会を心から嬉しそうに全身で受け止めてくれた。ははっ、こんな荒唐無稽な話、誰も信じられないよな。香里にはこんな話、聞かせるだけでも酷だよな。だから、馬鹿なこと言わないでよって俺を罵っても良いんだぞ」
流石に俺の言葉を聞き、狼狽の色を見せる香里。しかし、それでも穏やかにただ祐一の話を拝聴していた。負の感情一つ漏らさぬその態度に焦れて、俺は殆ど叫ぶようにして声をあげていた。
「栞も秋子さんも、俺に屈託のない笑顔をいつも見せてくれていた。それなのに俺は、痛みや苦しみを与えるだけで……独り善がりの感情や理念に付き合わせて、見殺しにしたも同然なんだ。そして俺が俺である限り、ずっと大切な人間を殺し続けるに違いないんだ。今度は香里かもしれない、名雪かもしれない、北川なのかもしれない。俺は、みんなを逃れられない闇の淵へと追い込んでしまうかもしれない。いや、もう半分追い込んでる。俺がいたらもう、誰も救われないんだ。救われる奴なんて誰もいないんだよ。だから俺は、もう……」
俺はもう、居なくても良いんだと……そう言うつもりだった。しかし、それは激情と嗚咽によって完全に塞がれてしまう。みっともなく、俺はしゃくりあげるようにして泣いていた。この涙の意味もよくは分からないまま、みっともなく泣いていた。こんなところ、もう香里に見せたってどうしようもないのに。泣いてみせたところで何かが変わることなんてないのに……俺の目は止め処なく涙を零れさせていた。未練がましい、何て意地汚らしさだろう。
馬鹿みたいに汚い部分を曝け出したくせに、香里は握った手を離そうとしなかった。ただこの手を、泣き止むまで優しく包んでいてくれただけだ。そうされていることで自分がどんどん惨めになっていくようで、何度も手を振り払おうかと思ったけどできない。俺の目から涙が止まるのを確認すると、香里は訥々と話し始めた。
「でも、祐一は私を救ってくれたわ。あの時、本当にどん底にあった私の心を掬い上げて、助けてくれたのは祐一と名雪だった。私はちゃんと覚えてる、祐一は私の命を救ってくれた。挫けそうになるたびに励まし、生きる気力を与えてくれた。傷の癒えない私に、側に居て寄り添ってくれると、愛してくれると言ってくれたのよ。祐一が自分の言うような人殺しだったら、私を救ってくれたことはどう説明するの? そんなことを言って欲しくない、自責を貫いては駄目だと教えてくれたのは祐一じゃない。前に進むのを拒んでは、逃げては駄目だと教えてくれたのは祐一じゃない。もし辛いのだとしても、逃げないで。私の前から居なくなるなんてそんな悲しいこと言わないで。苦しいんだったら、いつでも抱きしめてあげるから。自分に自身が持てないのだったら、私が肯定してあげるから。だからお願い、逃げたりしないで。祐一は死神なんかじゃない、人殺しなんかじゃない、それは私がよく知ってるから……」
「でも……」香里が俺のことを信じてくれるのは嬉しい。俺をそこまで酷いものじゃないと言ってくれるのは嬉しい。けど、それでも納得できないのだ。
「第一、香里だってこうやって苦しんでるじゃないか。本当なら俺だけが責められるだけだったのに、俺の浅ましさのせいで酷い傷まで負って……」
「この傷は……」と俺の言葉を遮るように傷口をそっともう片方の手で撫でた。「祐一には関係ないの。これは私が私を許せなかったから、自分で付けただけ。祐一がそれで苦しんでいるのなら謝るわ」
「それだけじゃないんだ」俺は香里の言葉を無視し、敢えて受け入れないようにした。「もう自分が分からないんだ。激しく好きだって思った次には、殺してやりたいと思うほど神経が昂ぶって、それが心の中に似たような感覚を呼んで……だから、香里のことを愛してると言った次には首を締めて殺してるかもしれない。今までそんなことはなかったけど、いつかそんなことをするかもしれない。だから、やっぱり俺は人殺しで……香里の側にいたら駄目なんだ」
あんな怖い自分を感じて……戦慄するような感情にすら欲望を覚えて……愛と憎悪の区別が付かない自分。簡単にできると思っていた、人を愛するということもできない自分。そして何より怖いのは、そんな俺を心底慕ってくれる人がいるという事実。それを壊したくない、自分の手でなんて壊したくない。
なのに香里は――その手がお前を殺すかもしれないのに――凛とした優しい声を崩さなかった。
「祐一、両手を貸して」
しばらくの沈黙の後、香里は俺の手を求めた。幾多もの血で汚れているかもしれない両手を。香里は腕を動かすのも億劫であろうのに、緩々と片方ずつ俺の手を掴んだ。何をする気だと漠然的に考えながら四つの手の動きを見守る。と、途端に緩慢な動作が激しく香里の首に添えられた。俺の手は硝子のような細い首を抑え、香里の手がその上から自分の首を圧迫していく。一瞬、何をしているのか分からなかったが、俺が香里の首を締めるような格好になっていると気付くと、自分でも驚くほど素早くそれを払い除けた。
「……っ、げほっ、げほっ……」
咽頭を激しく圧迫したせいか、強烈な呼吸過多が香里を襲い、強く咳き込んでいる。全身を奮わせるとまた肩がひどく痛んだのか、苦痛に張り付いた表情を一瞬だけ浮かべた。しかし次には笑顔で……痛々しくてとても見ていることができないものだったが、せめてもの笑顔を俺に向けていた。
「何をしてるんだっ!」
俺は重病人で今も咽び喘いでいる香里に向かい、しかし抑え切れない激怒を吐き出した。
「どうしてそんなことをするんだ……そんなに自分を傷つけたいのかよ」
「……笑ってるでしょ?」
しかし、香里は俺の言葉が聞こえていないらしく、ただ苦しげにそう囁く。
「祐一が私のことを殺したいって思うなら殺して良いわ。こうやって、喉を強く締めて殺されたって絶対に恨んだりなんかしない。笑顔で貴方のことを受け入れて、安らかに死んでいけるから。ねえ、前にも何度か言ったでしょ? 私はね、祐一になら何をされても良いの。殺されたって良いの、酷いことをされても、どんなに苦しめられても良いの。祐一が側にいて欲しいの、離れてなんか欲しくないのよ。私のことを愛してくれなくたって良いの、ただ側にいて欲しくて……」
香里の体は、切々と漏れる言葉は、まるで壊れかけた機械のように弱々しかった。もういつ壊れても良いのに、動く部分があるからつられて動いているような、根本的な心許なさで覆われていた。
「私ね、ようやく人を愛するってことが分かってきたような気がするの。祐一がここで泣いてる時、ただ抱きしめてあげたいと思ったわ。好きな人が苦しんでいるから支えてあげたいって、こうして苦しいことを分かち合って共に歩んでいくのが本当に好きだっていうことなんだって、気付いたの。ずっと悩み続けて、こんなことにしか気付かないなんて自分でも馬鹿だと思うけど、これはきっと大切にしないといけないことだから。私は……私の大切に思う人と一緒に居たい、そして進んでいきたいのよ。だから祐一、そんなこと言わないで。自分が駄目な奴だなんて、何処かに行って二度と戻ってこないなんてこと言わないでよ……」
香里は微妙な泣き笑いを浮かべ、俺の服の袖を必死に掴んでいる。それが香里にできる全ての抵抗だった。そして、俺はそんなものを簡単に振り解いていけるはずだった……香里の言葉を聞くまでは。身を呈して俺を止めようとする真摯な態度を見るまでは。あんなことをされてまで強引に暖かい絆を振り切って逃げるようなら、それこそ最低の人間のようじゃないか。けど、それにしたって……俺に何も非がないにしてはこの惨状はどう説明できるというのだろう。
「でも、香里は俺を必要としてくれても……名雪は俺のことをいらないとしか思ってない。秋子さんにだって、俺は荷物でしかない。このまま居たって、状況が悪くなるばかりで……」
「そんなことないわよ……秋子さんは祐一のことを負担だって思ってないもの。だって、本当に苦痛に思ってるならあんな優しい顔ができる筈ないじゃない。あの時、自分の家にいるのも苦しかったあの日、秋子さんが本当の娘であるように明るく、心底楽しそうに接してくれたことで、私はどれほど救われたか。祐一だってそうよ、秋子さんはあなたのことを迷惑の元だなんて微塵も考えてないわ」
香里は意気盛んにそう述べてから、次には少し沈んだ調子で言葉を続けた。
「それに名雪だって、今はどうしたら良いか分からないだけだから。好きであんな言葉を吐ける人間じゃないし、名雪だって精一杯悩んでいると思う。それが余りにも苦し過ぎて、他人に感情をぶつけることしかできない……部屋に閉じこもって人を罵るだけやって来たあの日の私に……名雪は凄く良く似てるの。分かる、祐一? 本当に名雪のためになることをと思ってるなら、逃げちゃ駄目なの。何度も拒絶されても、それでも側にいて報われないと感じても。嫌なことが重なるとすぐ逃げたくなるのも、私には分かるから。でも、その時に逃げるなと言ってくれる人がいるから私はこうしてここにいることができる。勘違いも悩みもしたけど、ようやく前に進もうとしてるの。弱々しい前進だけど、終わりのない夜の終わりを目指して頑張ってこれたの。
だから、私は祐一に――こんなこと言う権利はないかもしれないけど――言うわ。祐一が誰かを苦しめて、後悔してるのだとしてもその状況から逃げたら駄目。私はもう、どんなに辛くてもそこから逃げ出したりしない。祐一がいてくれたら、私だって何とかそれくらいの人間にはなれるのよ。だから祐一も逃げないで。貴方にはいつだって私がいる、ずっと側にいるから……今、ここで逃げたら絶対に、今まで味わったのと同じ後悔を味わうことになる。自分のできることを放棄して何もしなかったら、後になって自分を許せなくなるんだから。私がそうだったように……」
逃げるな、と香里は語りゆく。逃げてはいけないと、必死で訴える。そうすれば、逃げた後で絶対に後悔すると。
確かに、香里の言う通りだ。俺は七年前のあの日、何もできずに佇むことしかできなかった。それは今、何倍もの後悔を以って心を削っている。もう、取り返しはつかない。でも、栞の時……至らないものは沢山あったとしても自分なりに精一杯のことをやった。振り返れば後悔することばかりでも、思い出す度に苦しむということはないと思う。いや、そう信じたい。
でも、今を見ているとそれでもやっぱり何もかも捨てて逃げてしまった方が良いのかもと思える。それは心が弱いからだろうか。無茶苦茶に言われて、傷ついたふりをしているだけなのだろうか。思考に反して口は弱気を吐いていた。
「でも、俺はもうこれ以上後悔したくない。誰かを傷つけたりしたくない……」
「そんなの、無理に決まってるじゃない!」
突然、香里の声が爆発した。
「誰かを苦しめずに、傷つけずに生きていくなんて、そんなことできるわけないじゃない。生きてたら皆、誰かを傷付けていく。人間はそんなに器用じゃないわ。器用な振りをしたって、そんな人間を演じたって、根本の部分じゃ同じなの。全てのものを救うことなんてできやしない、きっと神にだってそんなことはできない。だから私は、私の周りにいる大事な人がせめて幸せであるように、そのために生きていきたい。そうして初めて、私も幸せになれるから」
搾り出すような香里の言葉。それは……俺の中にあった最後の迷いをゆっくりと吹き飛ばしていく。俺は前に、水瀬家の幸せが壊れないように心を傾けたいと願ったことがあった。それはつまり、俺がそれを大切なものとして選んだからではないだろうか? だとしたら、後にどう思おうが今を逃げてはいけない。逃げた方が幸せだったと思うことがあっても、それでもだ。
「……ごめんね、偉そうなことを言っちゃって」
香里は激したことの影響か、今まで張り詰めていた糸が一本切れたようにうなだれた。
「私なんかがこんなことを言うべきじゃないって分かってるの。でも、祐一には私と同じ後悔をして欲しくないから。栞を失った時の、絶望に近いあの感情を祐一にだけは味あわせたくないから。だから、私のことを生意気だと思っても良いから、さっきの言葉はどうか忘れないで……」
俺はこくと一つだけ肯く。目の前の人に、美坂香里と言う女性に感謝と敬意と……優しいまでの愛情を込めて。そして、袖を掴む香里の手をゆっくりと握った。何を述べるまでもない、何も言葉が見つからない。ただ、感謝したかった。
「悪りぃ、辛い思いさせたな」
「……そんなことないわ」
香里は、そっと首を振った。その頬には一筋だけ、真新しい涙の跡が張りついている。俺は香里の頭を何度も撫で、それから額にキスをした。
「これは、もう逃げないっていう約束を込めて」
我ながら気障だなと思いながら、香里の頬がぽうと朱に染まっていくのをじっと眺めていた。そう、これもまた俺が選び取ったものの一つなのだ。俺は未だに惚とする香里に顔を近づけ、そっと唇を重ねた。
「これは、もう離れないという証を込めて」
証というには、少し語弊があるかもしれない。だって、俺はそうしたかったからそうしただけで……香里は気恥ずかしそうに俯き、静寂なだけの時間は過ぎていく。
その雰囲気が少し和らいだのを見図り、香里は決意を込めた言葉を俺に投げかけた。
「祐一」
俺が「何だ?」と訊き返すと、香里は戦地に赴くような凛々しさをもって答えた。
「一つだけお願いがあるの。私にとって、とても大切なお願いが」