四月某日。
桜咲き誇る中で、弁当業界は大変なのだった。
瑞佳「ごめんね浩平。料理とか用意できなくて」
浩平「仕方ないって。昨日まで風邪で寝込んでたんだからさ。最近は仕出し弁当だって美味しいからな、俺も重宝してるぞ……おっ、あの店だ」
茜「……いらっしゃいませ」
Her Part-Time Job in Lunch Corner
浩平「里村……お前、こんな所で何やってんだ?」
茜「……アルバイトです」
長森「あれ、でも里村さん、料理教室でバイトしてたんじゃないの?」
茜「……あそこは、首になりました」
長森「あっ、そうなんだ……そっか」
茜「ところで長森さん、今日は何のようですか?」
浩平「ここに来てるからには答えは一つだろ? 弁当買いに来たんだよ」
茜「そうですか……そういうのは長森さんがやってくれるような気がしましたが」
長森「私、ちょっと風邪を引いてたから」
茜「……それで、何が良いですか?」
浩平「うーん、茜のお薦めはあるか?」
茜「そうですね、長森さんは病み上がりですから……薬膳弁当料理っていうのはどうですか?」
長森「薬膳料理弁当?」
茜「ええ、中国四千年の知恵と知識がたっぷり詰まっているそうですよ」
浩平「そっか……じゃあそれを一つくれ」
茜「構いませんが……本当に良いですか?」
浩平「良いですかって……茜のお薦めなんだろ?」
茜「確かに病人には良いかもしれませんが、まずいですよ」
浩平「はあ?」
茜「良薬口に苦し。食といえど、薬に美味しいものなどありません」
浩平「体に良くて美味しいものはないのか?」
茜「そんな都合の良い物、あるわけないでしょう。貴方は世間をなめすぎです。そんなことだから、身近にいる幼馴染みとずるずる恋人関係になったりするんですよ」
浩平「……こいつ、本当に茜か?」
長森「うん、多分……」
茜「後が仕えてます。早く注文して下さい」
浩平「じゃあ、空揚げ弁当二つ」
茜「ありきたりでつまらない選択ですね」
浩平「……どないせいっちゅうんじゃい」
茜「ところで二人はこれからお出かけですか?」
浩平(聞いちゃいねえ……)
長森「うん、二人でお花見」
茜(こいつら、To Heartのイベント(注1)と勘違いしてるんでしょうね)
茜「死なない程度に頑張ってください」
長森「う、うん……」
浩平(こいつ……柏木家の食卓で有名なアレ(注2)でも食ったんじゃないのか?)
茜「浩平ちゃん、電波(注3)届いた?」
浩平「電波かい!!」
茜「……冗談だよ」
浩平「それはみさき先輩だろ?」
みさき「呼んだ?」
浩平「うおっ、何時の間に……」
茜(私にも気配を悟らせないなんて……)
浩平「それで先輩って、聞くだけ野暮だな。弁当か?」
みさき「うん。今日は学食開いてないから。それで里村さん、今日のお薦めは?」
茜「……焼肉カルビ弁当です」
浩平(俺らに薦めたのと違うじゃないか……)
みさき「他には?」
茜「空揚げ弁当、コロッケ弁当、カレー弁当、素麺弁当」
長森(素麺弁当?)
茜「鮭弁当、幕の内弁当、豚の生姜焼き弁当……これで全部です」
浩平(おい、薬膳弁当はどうしたんだ?)
茜「忘れてました……あとはジャム弁当です」
浩平(ジャムだって? 一体何て弁当だよ……)
茜「それは、企業秘密(注4)です」
浩平「成程。里村のその言い回しでよーく分かったよ」
茜「凄いですね……折原さんも電波使いですか?」
浩平「……やめろっちゅうに」
みさき「じゃあ、取りあえずメニューを全部、それぞれ二つだね」
茜「……有り難う御座います」
浩平(すげえ、先輩また食べる量が……それにしても茜、何故驚かない?)
茜「……聞きたいですか?」
浩平「いや、いい。聞くと人生を踏み外しそうな気がする」
茜「……極めて賢明な処置です」
みさき「あ、サラダも忘れずにね」
茜「その後、厨房の方が炎のような騒ぎになりましたが、私の知ったこっちゃありません」
澪『どうしたの?』
茜「澪ですか……予約していたお弁当ですね」
澪『そうなの』
茜「十五個も、一人で食べるんですか?」
ふるふる
澪『部員の分なの』
茜「……大変ですね」
澪『部長さんだから当然なの』
茜「じゃあ、重たいですけど頑張ってください」
澪『頑張るの』
茜「……部長という名のパシリ……哀れですね」
七瀬「すいませ〜ん、お弁当ありますか……って、里村さん?」
茜「……いらっしゃいませ」
七瀬「あなた、お料理学校で……」
茜「あそこは首になりました」
七瀬(そりゃまあ、あんなことになりゃ当たり前……)
ぶん
茜の包丁の閃きが、七瀬の顔をかすめる。
茜「手が滑りました」
七瀬「嘘っ!! 絶対、わざとでしょう」
茜「冤罪です。言いがかりつけるなら警察呼びますよ」
七瀬「くっ……」
七瀬(こいつとはなるべく係わり合いになりたくないわ)
茜「私だって、青髪の贋乙女志望凶暴女となんて関わりたくないです」
七瀬「もういいわ……怒る気も失せた」
茜「それでいいんですか?」
七瀬「いいんですか……って、ぎゃーーーーーーーーーーーー」
繭「みゅーっ♪」
茜(だから言ったのに……)
七瀬「ぐあっ、関わりたくないのがもう一人……って、ぎゃーーーーーーーーー」
繭「みゅーっ♪」
七瀬「人の髪の毛引っ張るんじゃないの」
茜「あなたたちの漫才にはもう飽きました。とっとと注文して帰ってくれませんか?」
七瀬「私だって好きでやってるわけじゃないわよ。うう、頭痛い」
茜「風邪ですか? だったらうってつけの弁当がありますよ」
七瀬「いい。私は焼肉カルビ弁当」
繭「みゅーっ……ハンバーガー」
茜「ここにはハンバーガーはありませんよ」
繭「みゅーっ……ハンバーガー」
茜「ここにはハンバーガーはありません……」
繭「みゅーっ……はんばー……」
すちゃっ
繭の首筋に包丁を押し付ける。
繭「みゅっ?」
茜「刃物は押さえ付けるだけでは切れないんですよ。抵抗を加えないとね。言ってる意味、分かりますか?」
繭「ひくっ、こわい……」
茜「ちょっとでも動くと、首の血管が切れて血が沢山出ます。綺麗でしょうね」
繭「みゅうう……」
七瀬(こ、こいつ、本当の鬼だわ)
すちゃっ
七瀬の首元スレスレに包丁が突き付けられる。
茜「ちなみに……二刀流です」
七瀬「ぐあっ……」
茜「……私は魔物を討つ者だから」
七瀬「それ、ゲームが違う……って、刃物を投げるのはやめなさい」
茜(ちっ、避けられた……)
茜「汗で滑りました」
七瀬「そ、そう……」
七瀬(こいつ……絶対、わざとやってるわ)
茜「というわけでななぴーさん」
七瀬「くおらっ、ななぴーって呼ぶな!!」
茜「この邪魔なみゅーをどっかに連れてってください。保護者でしょう」
七瀬「話を聞けっ!! ていうか、何時から私がこの娘の保護者に」
ひゅん
茜の投げた包丁が、七瀬の頬を掠める。
七瀬「だから包丁を投げるのやめなさいって。分かった、連れて帰るわよ、全くもう……」
茜「毎度どうも」
七瀬「何も買ってないような気もするけど……」
茜「カルビ弁当ですね、どうぞ」
七瀬「あっ、あったんだ。じゃあお金ね」
茜「また来てくださいね」
七瀬(もう二度と来ないわよ)
茜「ふう、馬鹿な客の相手は疲れますね。弁当の種類を間違えたような気もしますけど……まあななぴーだから叫び声をあげながら豪快に食すんでしょうね」
翌日、ジャム弁当(別名、薬膳弁当)を食べて死線をさまよう二人の乙女らしき人物が病院に運ばれた。運命は逆らうものには容赦しない。
今回のバイト料 7500円
憧れのぬいぐるみまであと 482500円
(注1)四月七日
(注2)性格を反転させるという有名なアレ
(注3)ルリルリ。はなちゃんでも可。
(注4)そう言われては、追求できないだろう。
あとがき
相変わらず茜は性格悪いです。