5
所詮は詭弁かもしれない。やっぱり、不可能かもしれない。でも、やる価値があるって分かったら、そこに向かって立ち向かう。
結局、不器用な人間にはそれしかできないのかもしれない。そして、人間という生き物は皆、須らく不器用なものばかりだったりする。
―一―
次の日。生欠伸の混じる気だるい体に鞭打ちながら、俺はある場所に向かっていた。
朝一番で検査を受けて、半ば無理矢理に異常なしの言葉を医師から引きずり出して得た退院許可。それもこれも、今から俺がやろうとしている無謀な試みのためだ。
そのためには、一日たりとも無駄な時間を作りたくないというのが本音だ。
俺は昨日、一晩中そのことを考えていた。光の中を堂々と歩いて良いんだっていうこと。みさきは、俺なんかより余程その資格がある。けど、今は全てを恐がってる。良いことも悪いことも全て遮断し、自分を守っている。
ひどい危害を加えられそうになったのだ、そう感じてしまうのは仕方がない……寧ろ当たり前だろう。けど、ずっとそのままじゃきっと悲しいと俺は思う。
例え仮初めのものだとしても、世界がまだちょっとばかり光を称えていることをみさきに証明してやりたい。だから……あいつ等三人に自分たちがやったことが心から恥ずべきことであることを叩き込んでやる。そして、みさきの前にはいつくばらせて謝らせてやる。
それはきっと難しいことだ。刃物でもって、或いは拳銃でもって片付けてしまうよりもっと、もっと難しい。他者に対する労りすら見せず、嘲り、たかがちっぽけな世界とたかを括り子供騙しの法律を過信して安穏としている奴ら。そんな人間に、犯した罪の重さを思い知らせることを考えると、目の前には一筋の光すら感じられない。
しかし、どんな目にあっても……どんな方法を使ってでもそれは成し遂げられなくてはならない。みさきの信じていた世界を、少しでも手元に引き寄せるためなら、何だってやってみせる。
直接的な危害という方法は確かに捨てたけど、胸の中に燻る暗い心は依然として胸の中に宿り、怒りも純然として存在した。危険ではないとみさきには言ったけど、素直に言葉だけで改心するような連中とも思えない。危険でないなどと、どうして言い切れようか。
けど、みさきには心配をかけたくなかったからああ言っただけだ。信じるものの目が少し痛かったが、みさきの味わった痛みに比べれば蚊程度のものだ。これから被るであろう、痛みも含めて。
何の手立ても見つけられなかった俺は、もう一つ心配に思っていたことを確かめるためにその場所を目指していた。大体の場所は教えてもらったのだが、路地にはいりこんでしまったのが運の尽き。目的の場所に辿り着いたのは、太陽が真上を少し通り過ぎた頃だった。
築数年といったところであろう、ライム色を基調とした清潔そうな建築物。正面玄関に固定された看板を見て、ここが教えられた動物病院であることを確認する。ここに来たのは、例の三人組に殴られ重傷を負って担ぎ込まれたユーキを見舞うためでもある。
そして今、ユーキはどのような思いで治療を受けているのか。人間に対してどのような思いを抱いているのか。言葉を喋れないから意志の疎通ができるなんて最初から考えてはいないが、それを痛切に知りたくてここに来た。
人間が犬に教えを乞うなんて滑稽かもしれない。もしかしたら、更なる失望を味わうだけかもしれない。それでも俺は、ユーキの考えを知りたいと思う。特にこの一語に対する答え。
人間は本当に信頼に足るものなのですか。
この質問に対する答えだ。
顔を強く引き締めて中に入る。僅かな獣の臭いと、病院独特の臭いが交じり合った独特の空気。俺は、受け付けの側で忙しなくカルテ整理をしている看護婦に声をかけた。
「あの、すいません。昨日の夕方、ここに担ぎ込まれて来た犬がいると思うんですが」
そう言うと看護婦は作業の手を緩め、続いて暗く俯きがちな視線をこちらに向けた。
「ああ、あの仔のことね。ひどい怪我だったけど、手術は成功して今は休んでるわ。でも、ひどいことする人もいるのね。あんなにぼこぼこになるまで殴るなんて」
両腕を組みながら、顰め面してしきりに頷いてみせる看護婦。
「まあ、最近はひどい飼い主も増えてね。この前来た患者なんか、もう三度も飼い犬を虐待して、それなのに泣きながら飛び込んで来るの。この仔が死にそう、この仔が死にそうって。でも、そんな目に合わせたのはその飼い主でね。かっとなるとすぐ、飼い犬に当り散らすの。よく幼児虐待って聞くけど、ペットを虐待する飼い主ってのも年々増えてるみたい。そんなペットを治療してるとこちらまで滅入っちゃうのよ」
普段から話好きなのだろうか、初対面である筈の俺にそのようなことを話してくれた。しかし、その看護婦は話し過ぎたと思ったのだろう……口を手で塞ぐ仕草をみせて頭を下げた。
「あっ、ごめんなさいね。初対面の相手にいきなりペラペラと喋っちゃって」
「いえ、別に……」
居た堪れない事実に沈む自分を感じる。自分の子供すら可愛い玩具程度にしか考えない親も多い世の中だ。ましてや、ペットとなれば僅かな躊躇すらなく虐待するものもいるのかもしれない。
俺は悲しい疑問が湧き上がるのを抑え切れず、思わず尋ね返していた。
「それで、虐待を受けたペットたちはどうなるんですか? やっぱり、虐待する飼い主たちを恨むんでしょうか?」
その問いに、看護婦は顔を強く歪めて首を振った。
「人間なら、或いはそうかもしれないんでしょうね。でもペットたちは、何度飼い主が虐待しても、滅多なことでは反逆しないの。ひどいことをされても、それでも飼い主たちを信頼し、体を寄せ、尻尾を振るの。飼い主が与えてくれた、僅かばかりの愛情と親身を信じて……」
意外だった。人間というのは、敵に対して極めて鈍感な生き物だと思っていた。それ以外の動物は敵が現れたら、それから逃避したり排除したり……そういう本能が傑出してると思ってた。
けど、実際は人間が人間を信頼するよりペットは余程人間を信頼している。俺だったら、暴力を加えられた相手を続けて信頼するなんてことは出来やしない。
或いは、それを知能が低いせいとか本能に従った行動とか言うかもしれない。でも、それを差っ引いてもその純粋さは驚嘆に値する。少なくとも、俺はそう思う。
その後、俺は看護婦に付き添われてユーキの入っている檻の中へと案内された。まだ怪我がひどいため、直接触ることはできないと医師は話してくれた。確かに、脇腹から首の付け根にかけてギプスや包帯が巻かれており、普段は堂々として歩くその体躯も随分弱々しく見えた。
静かに眠るその姿を十分ほど眺めていただろうか……不意にユーキの耳がぴくぴくと動いた。それから鼻を何度か動かし、最後に瞑った目をゆっくりと開ける。
俺の姿を認知したのが目か、耳か、それとも鼻であるのかは分からない。しかし、俺だということが分かると視線をこちらに向け、機嫌よく尻尾を振ってみせた。まるで、数年来の友人とあったかのような仕草に俺は直感めいたものを感じた。
こいつも、看護婦が話してくれたペットと同じように人間への信頼を失っていない。殴られ、蹴られ、骨をへし折られてボロボロになっても、尚も俺のことを……人間のことを信頼している。
堪らない気持ちが、胸を突き上げてくる。俺は、ここに来る前よりも無性にこのことを尋ねたいと痛切に願った。俺が出しあぐねている問題に対する答え。
人間は信頼に足るものなのか……と。
しかし、心の中に響いた問いに答えたものは、ユーキの声なき嘶き一つだけだった。
―2―
今日も、少しだけ外に出た。
病院に入って何度かの包帯替えが終わると――もっとも、起きている間に私に触ることは出来ないから睡眠導入剤で眠っている間にだけど――昨日と同じように車椅子でお母さんに外に連れ出してもらった。
はっきりいって、本当は外の世界に触れることすら恐い。病室から出ることすら、弱り切った心を強く苛んでしまう。けど、閉じこもってるばかりじゃきっと何も変わらない。
今まで、お母さんやお父さん、浩平や雪ちゃん、他にも色々な人から教えてもらった強さ。それを少しでも取り戻したい……胸をはって歩ける自分でいたいのだ。
でも、やっぱり一朝一夕では克服出来るような問題じゃなかったみたい。五階のフロアをぐるりと一周しただけで、聞こえて来る足音や囁き声に萎縮してしまう。結局、三分もしない内に私は病室に逆戻りしてしまった。
「みさき、大丈夫……顔色が悪いけど無理してない? 辛いんだったら無理して外に出る必要はないから。みさきはみさきのペースで進めば良いのよ」
お母さんの優しげな心が胸に染みる。けど、やっぱり優しい言葉だけに甘えちゃいけないんだって感情もあった。強さというものは、黙っていたり留まっていたりしたら決して得られない。少し無理をしても、前に進もうと思う人間だけが得られるものだと思う。
私は前に進みたい。光の中を笑って歩ける強さを取り戻したい。だから――どれだけ時間がかかるか不安だけど――もう一度そうなれたら、きっと凄く幸せだろうな。
私はそんな心もひっくるめて、今ある勇気を全て振り絞り笑顔をお母さんに見せた。
「大丈夫。それに浩平も何か頑張ってくれてるんでしょう? だったら私も頑張らないと。何もせずに縮こまっているだけだったら、私を支えてくれる人たちに申し訳ないからね」
「みさき……」
お母さんは、切なそうな声を私に向ける。
「分かったわ。じゃあ、私もみさきの努力を精一杯応援するから。でも、本当に辛いと思ったら立ち止まっても良いってお母さんは思うの。それは決して悪いことじゃないから……」
「うん……ありがとう、お母さん」
今は何もできないけど、私はお母さんに数え切れないほどの感謝を込めて頭を下げた。
「じゃあ、もうすぐ三時だし林檎でも剥いてあげるわね。食欲はある?」
「えっと……じゃあ、半分だけちょうだい」
昨日よりは食欲も戻ってきてるけど、やっぱり胃に溜まったもやもやは消えない。それが、私の食欲を遠い山の向こうに飛ばしてしまっていた。
「了解。でも半分だと、残りの半分はどうしようかしら……」
お母さんが残りの林檎の所在について悩んでいた時だ。丁度、こちらに向けて一組の足音が近付いてきた。
「あら浩平くん……丁度良かったわ。今、みさきに林檎を剥いてあげようと思ってたの。浩平くんも半分食べるでしょう?」
「あ、良いんですか……じゃあ、頂きます」
少し戸惑い気味にそう答えた後、椅子の軋む音が聞こえた。浩平が椅子に腰掛けたんだろう。
林檎の皮を剥く音に重ねて、浩平が少しだけ明るさを取り戻したような口調で話し始めた。
「実は、今さっきまでユーキの入院してる病院まで行ってきたんだ。獣医の話じゃ、怪我はひどいけど命に別状はないって。実際見たけど、機嫌よさそうに尻尾振ってたから案外回復は早いんじゃないかって冗談混じりに話してたよ」
そっか、ユーキは無事だったんだ。浩平の言葉に、私は安堵の息を漏らす。耳に連なるユーキの切ない鳴き声や暴力を受けたものであろう音を聞いている私は、もしかしたら死んだのでは、そうでなくとも意識がなかったり後遺症が残ったりしていたのではないかと心配だったのだ。
今まで、命に別状はないってことだけは聞いてたけど具体的に状況を知ることができてようやく安心できた気がする。
「良かった……ユーキがひどい目にあってるって知ってたから凄く不安だったんだ。私、ユーキに止まれって命令を出してたからそれをずっと守って殴られても逃げないで……。私のせいでユーキが死んだらって思ったら悲しくて、悔しくて……凄く恐かった。
私は以前、ユーキに煙草の火が押し当てられそうになった時にも思ったことがあるんだよ。私はユーキのことを守れるのかって。でも……結局、できなかったけどね。私の命令を守ったせいで、ユーキは負う必要のない傷まで負ってしまったから。もしかしたら、私の言うことなんてもう二度と聞かないかもしれない……」
それも仕方ないかもしれない……。
でも、浩平は私の言葉をきっぱりと否定した。
「それは違うだろ。悪いのはみさきじゃなくて、ユーキをあんな目に合わせた奴らだ。だから、何も悪く考える必要なんてないんだ。それに、ユーキはみさきのことを恨んだりしてないよ。あいつは滅多に会わない俺のことすら未だに信頼してた。いつも誠意と優しさをもって接してたみさきを嫌がったりしないさ。だから……怪我が治ったら頭を撫でてやれば良いんだ」
そう、なのかな……。ユーキはまだ、私のことを良い主人だと思ってる? 信頼できるパートナだと思ってくれてる? そう考えるとやっぱり自信がない。
けど、外に出ることができるようになったらそのことを確かめたい。そして、もし良いと思ってくれるならやっぱりユーキとも一緒に歩きたい。
そのことを確かめるためにも、頑張らなくちゃいけないんだ。
浩平の話を聞いて、私はそう強く心の中で願った。
―三―
みさきと夕刻近くまで話し込んだ俺は、黄昏の光を浴びながら帰路へと着いた。ほんの少しずつだけど明るさを取り戻してるみさきと、そして膠着状態に陥っている考えを交互に頭の中に浮かべながら。
家に戻ると、いつもはこの時間家にいない筈の由起子さんがドアの閉まる音を聞き付けたのだろう、早足で玄関にやってきた。その顔にはいつもの忙しさの中に潜む余裕めいた調子が消え失せている。
俺が無意識に背筋を伸ばすのとほぼ同時に、由起子さんは尋問口調を向けた。
「率直に聞く……浩平、お前何かやらかしたか?」
率直、というか唐突過ぎる質問に俺は反応することすらできなかった。その様子を見た由起子さんは詳しい事情を説明した。
「今日の午後四時頃……今から一時間前くらいだな。御子柴さんの奥さんから私に電話があったんだ。私の息子が貴方の息子に殴られた。貴方は息子にどういう躾をしているのか……ことと返答によっては夫に進言して貴方の会社との取引を考えさせてもらう……と」
由起子さんからその話を聞いても、俺はしばらく思い当たる節がなかった。しかし、殴ったという節でようやく、ある一つのことが浮かんで来る。
「お前はお前で、ボロボロになって病院に担ぎ込まれてるという始末だからな。まあ、どんなに馬鹿騒ぎをやっても人道に外れたことだけはしないと思ってるが、こうなると事情を聞かざるを得ないんだ。だから浩平、お前が良いと言うんなら一体、何をやらかしたのか話して欲しいな」
由起子さんは眉を潜め、悪戯を諭す親の表情で俺をじっと見た。とは言っても、俺にだって全体がはっきり見えてる訳じゃない。ただ由起子さんの説明から、俺がぶん殴った奴らの誰かが、親に根回ししてこちらに圧力をかけてきたのだということだけだ。
御子柴というのは、その三人の誰かの名字だろう。多分ある程度力を持っていて、由起子さんにも圧力をかけられるような……。
理不尽の極致、世を舐めた餓鬼のそれこそ腸の煮え繰り返りそうな復讐の方法だった。自分の仕出かしたことは棚において、危害が加えられたら自分からは顔を出さずに親の道理や権力でもって屈服させようとする。
しかし、魂胆は見えても反撃の方法がない。俺は、どんなにいきがってみせても単なる学生という身分でしかないのだ。力がないというだけでこちらは泣き寝入り、力があるというだけで向こうは自分のものでもない力に胡座をかいて見下している……頭を下げろと強要できる。
状況を整理するにつれて、浮かんで来るのはそんな理不尽さに対する怒りだった。
しかし、由起子さんには極めて客観的に状況を説明するだけしかしなかった。彼女は極めて事務的な人間だから、大声でがなり上げても大して変わらないだろうし、何より向こう側と自分が同じになってしまうのではないかという思いがあったからだ。
みさきが訓練中、何者かに襲われたこと。俺は犯人を探してとことん痛めつけ場合によっては殺してしまおうと思って学校の周りをうろつき、そして失敗して病院に担ぎ込まれたこと。それらのことを、できるだけゆっくり詳しく話した。吐き出したかった恨み辛みは一切加えずに。
全ての事情を聞いた由起子さんは、腕組みをして少し考えた後、険しい顔で尋ねてきた。
「成程な、大体の事情は分かったよ……それで浩平、お前はまだみさきさんを襲った奴らに復讐を考えてるのか? 殺してしまおうと考えてるのか?」
鋭い刃のような質問。俺はそれを真正面から受け止めると大きく首を振った。
「いや、もうそれは考えてない。今は、とにかく分かって欲しいんだよ……どんなに罪深いことをしたかってことをな。それで、みさき……それからユーキの前で頭をはいつくばらせて謝らせる。それで、みさきが信じてた世界が少しでも取り戻せたならって祈って……」
口からはしる感情は、多分最後の言葉が最も正しいのだろう。
それは、祈りだ。
俺のこれからやろうとしていることは、やっぱり自己満足や詭弁の類かもしれない。だが、直接的に片付けるよりかはほんの少しばかり有意義なのかもしれない。
ただ、何もしないでいるのだけは辛過ぎる……耐えられない。
「そうか……」
俺の告白に、由起子さんはただ一つの呟きをおとした。その一言を境目に、険しかった顔付きははっきりと霧散していた。
「育ててもいない私が言うのも何だが、少しは大人になったのかもな……。まだ、ほとんど子供と一緒みたいなもんだが」
何だか、誉められたか貶されたのか分からない言い方だった。
「まあ、その覚悟があるんならとことんやってみたらいいと思うよ。もし、文句や苦情があったり手助けがいるようだったら私が引き受けるから」
まるで、悪戯でもするかのような笑みを浮かべる由起子さん。その言葉に、俺は恐縮の思いで一杯になってしまった。
「けど、本当に良いのか? 今だって、仕事に差し障りがあるようなこと言われたんだろ?」
「そっちだったら構うことないよ。息子はドラかもしれないが、父親の方は実直で自分の正義と利するところをもって動く人間だ。御子柴さんにとって私は上質の取引先だし、こちらもそうであるという自負がある。だから、外野がぎゃあぎゃあ騒いだって問題はない」
俺の言葉を一蹴するかのような由起子さんの言葉。そして、それが真実であることは自信満々の言葉から感じることができた。だから、俺も安心して軽口を叩く。
「じゃあ、由起子さんが参ったっていうくらい苦情の嵐がとぶようにするから」
すると、強気の由起子さんも苦笑してしまった。
「……流石に、それは勘弁して欲しいな」
「分かったって。なるべく周りには迷惑かけないようにするから……あ、いや早速迷惑をかけるかも。実は、一つ頼みたいことがあるんだが……」
「何だ? バズーカとか手榴弾を用意しろとか以外ならどうにかなるが」
案外に物騒なことをいう由起子さん。
「いや、そうじゃなくてだな……」
実は、由起子さんの話を聞いて一つだけ思い当たる方法を考え付いたのだ。ちょっと姑息な方法かもしれないが、向こうだって母親を引っ張り出してるのだ。こちらが少々、細工をしたって罰はあたらないだろう。つまり、息子が駄目ならまず……。
「まず、父親の方から攻める」
俺はそう、きっぱりと言った。