水瀬家の食卓 美汐編
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に落ちろ!!」
(「機動武闘伝Gガンダム」より引用)
最初から、嫌な予感はしていたんです。
第一、こんなギャグ系のストーリに闇鍋とくれば、どんな展開になるかは想像がつくものです。
でも真琴の、
「美汐も一緒にやろうよぅ」
という母性本能をくすぐるような声に、首を縦に振らざるを得ませんでした。
私も甘いですね……。
けど、食べ物に箸を付ける気はありませんでした。
それが賢いやりかたです。
それは、食材を入れ終わった後の鍋の匂いを嗅いだ時に、確信へと変わりました。
あれは人間が食するものではありませんから……。
私は箸を入れましたが、何も掴んだりはせず、食べたふりをしました。
偽善者だと思う方もいるかもしれませんね。
でも、私は恐怖に抗ってまで、闇鍋なんてする気にはなりませんでした。
しばらくは皆黙っていましたが、突然場の空気が変わりました。そして……。
「……人類の、敵です」
「無理すれば、食べれないこともありません……だって? あかね〜〜〜〜っ!!」
そんな声が聞こえて来ました。
私は焦りました。
それは確かに、逝ってしまったものの声だからです。
私は恐怖で、声が出ませんでした。
やはり、強烈な毒物を混入した人物がいるということです。
「おいしいよ〜、お肉」
「うぐぅ、あったかいイチゴ……」
「あう〜〜っ、梅干し……」
「……紅生姜?」
まともなものを引き当てた人もいるようでした。
でも、鍋の危険性は変わりません。
私はようやく硬直から解け、皆に鍋の危険性を訴えようとしました。
けど……。
「ふふ、ふははははははははははは、あはははははははははっ……」
手遅れでした。祐一さんの憑りつかれたような笑い声が、部屋中に木霊します。
「キョウジ兄さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
「ニンニン○コピョーン」
更に二人の叫び声。
恐怖。
戦慄。
まさか、これほどまでの威力とは私にも想像できませんした。
これは緊急事態です。
私は部屋の明かりのスイッチを求めて、立ちあがりました。
その間にも……。
「ボクのこの手が……省略、ゴッドフィンガー〜〜〜〜」
奇妙な叫び声。
これはGガンダムの決め技ですね。
でもこの空間では、奇異にしか感じられません。
そう言えば、Gガンダムも○歴史の一部なんですよね。
いえ、そんなことを考えている暇はありません。
「ひいいいいいいと、えんどおおおおお」
そして決め技と共に、更に一人の魂が消えた音がしました。
ようやく、明かりを見付けてスイッチを押すと、そこには驚くような光景。
まず、真琴は髪の毛の一部を失い、魂の抜けたような顔で倒れていました。
そのショックからか、真琴は気を失っているようです。
そしてその髪の毛は、
「うぐぅ、兄さん……」
と呟きながら、滂沱の涙を流している少女の手に握られていました。
そして祐一さんは、先程から奇妙な笑いを続けています。
不気味なこと、この上ありません。
更に名雪という人が、汁にまみれた猫のヌイグルミを抱きながら、ブツブツと呟いていました。
「ねこさんねこさん、うふふふふふふふふ……」
完全に……壊れています。
北川という人は、目覚し時計をかじりながらあかね、あかねと呟いています。
恋人の名前でしょうか。
そして栞という人は、姉の香里に必死に肩を揺すられています。
冷静なのは、秋子さんとそれから……。
私はそちらの方を見て、思わず硬直してしまいました。
その目に飛びこんで来たのは、二人の女性が強く抱き合う所だったのですから。
「ま、舞、ど、どうしたんですか?」
一人は突然の行為に、ひどく動転しています。
それはそうでしょう。
こんな惨状の中で、いきなり抱き付かれているのですから。
けど舞と呼ばれた女性の方は、気にする様子もなくその様子を維持していた。
そして体を離すと、強く二人は見詰め合う。
こんなシーンを見ろなんて、そんな酷なことはないでしょう。
私はこの場に残っている一欠けらの良識をこの手に掬い取るため、即座に二人の方へと歩き出しました。
「……佐祐理、愛している」
「え、ちょ、ちょっと舞……」
思った通りでした。
二人は熱い口付けをかわそうとしていたのです。
私はその直前で二人を引き剥がしました。
「やめてください、今はそんなことをしている場合ではないでしょう」
はあ……私は溜息を付きました。
これでいいんです。
でも、向こうはそうは思っていなかったようです。
急激に殺気が膨らむのを、私は確かに感じました。
「……人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に落ちろ」
どこから仕入れて来たのか、彼女は剣をさっと構えました。
「な、その剣はどこから……そ、そんなことより、やめてください」
目は殺気立ち、その表情も僅かに歪んでいます。
私はその様子に、死を覚悟しました。
これは尋常な殺気ではありません。
刹那、剣を薙ぐ音を、私は辛うじてかわしました。
そして素早く着地……したと思ったんです。
けど、フローリングの床に靴下って、滑りやすいんですよね。
私は思いきり足を滑らせ、頭を床にぶつけてしまいました。
「……コレデオワリダ」
私は濃密な死の予感を感じながら……。
そのまま、意識が薄れて行きました。
……どこで道を間違えたのだおるか、そんなことを考えつつ。
美汐編 終了
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