「さて、と」
浩平は背筋をうん、と伸ばすと町の出口を見据えた。ここから少し行った場所に、竹林の村という村があるらしい。正確に言えば、ここから四階層ほど先にある村だ。
「ボウヤーは矢を放って来る。直線状に並ぶなよ」
「お化け大根の毒草には気を付けろ」
訊きもしないのに、そんなことを言ってくる同業の風来人。そんなこと言われなくても、浩平はもっと強いモンスターと戦って来た。そんな三下なんて、普段なら一撃だ。
そう思い、浩平は荷物を確認する。と言っても、おにぎり一個だけだが。これはちなみに、宿の女将のサービスらしい。
「あんたは亡くなったうちの亭主に似てるからね」
その目線に、嫌な悪寒が迸ったのは勘違いなのだろうか……。
とにもかくにも、浩平は風来人なら先輩に一言挨拶くらいしていけという生意気な奴を一撃の元に叩き伏せて、竹林の村へと足を進めたのだった。
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「へえ、これが自動的に形が変わるってダンジョンか……」
浩平は森に入って、その奇妙な形に思わず感嘆の声をあげた。
「そうみたいだな。それにしても、まるで迷路じゃないか」
腰の徳利に入っているコッパも、思わず声をあげる。
「とにかく、先を急ごう」
ダンジョンには、当然のことながら敵が存在した。だが、マムルや天狗小僧といった拍子抜けするほどに弱いモンスターばかりだった。
浩平は先ほど拾った棍棒を振り回し、それらを一掃する。
「全く、なんで俺がこんな無様な武器を振り回して戦わなきゃいけないんだ」
「まあまあ、素手よりはましじゃないか」
「ああ、素手よりは……な。でも、どうせならもっと良い武器が落ちてて欲しいよな。おっ、おにぎり発見」
浩平は十歩ほど先に落ちていたおにぎりを拾った。
「げっ、腐ってやがる」
「普通、道端に落ちている食い物って腐ってるんじゃ……」
コッパは冷静にツッコミを入れる。
「うーむ、そうかもしれないな。おっ、草が落ちている」
「だから、なんで効力のある草が道端に落ちて……」
「さあ、不思議のダンジョンの魔力ってやつじゃないのか?どちらにしても、ありがたいじゃないか」
浩平は左程気にしていない様子だった。
「これで手に入ったのは、棍棒と雑草、腐ったおにぎり、樫の杖か」
「ロクなもんがないじゃないか。第一、雑草ってなんだよ」
「いいじゃないか。食ったら満腹度が五も上がるんだし」
「そういう問題じゃ……」
そんなやり取りをしていると、向こうから一人の女性が向かって来るのが一人と一匹には見えた。
「はーい、こんにちは」
紺の振袖を着て、腰には脇差を差している。その様子から察するに、女の風来人のようだった。
「おう、七瀬じゃないか。何やってんだ、こんな所で」
「違う、あたしは七瀬じゃないわよ」
「そうは言っても、そのダブルテールはどう見たって七瀬だろう」
「違うっ、あたしの名前はお竜よ」
七瀬、もといお竜は、必死の剣幕で浩平の言い分を否定した。
「おいっ、知り合いか?」
「うーん、まあ知り合いというかなんというか……」
「そこっ、何ひそひそと独り言言ってんのよ」
首を傾げてコッパと会話している浩平が、お竜には独り言をいっているように見えたようだ。
「あ、まあちょっとな。で七瀬、何の用だ」
「だから七瀬じゃないって……まあいいわ。それよりお兄さん、あたしといいことしない?」
そう言って、お竜は振袖の裾をパタパタと揺らす。そこから微かに、彼女の生腿が見える。
「おっ、色仕掛けか七瀬。でも、超絶に似合ってないからやめた方がいいぞ。お前には色気というものが足りないからな」
「うるさいわね、余計なお世話よ」
「おおっ、それでこそ七瀬だ」
「くっ……」
浩平の言葉に、拳を握る七瀬……もとい、お竜。
「それで七瀬、お前は結局何がやりたいんだ」
「だからその……ああ、もうこうなったら実力行使よ。あんた、身包み全部置いて行きなさい」
「おおっ、本性を現わしたな七瀬。それでこそ七瀬だ」
「ふん、どうとでも言いなさいよ」
やけくそになるお竜、既に七瀬と呼ばれることを訂正する気もないようだ。
「さあ、覚悟しなさい」
そう言って、お竜は右手に脇差を、左手に何か玉のようなものを握った。それに対して、浩平も棍棒を握る。
「あはははっ、何よその武器、だっさ」
「くっ……広瀬の真似とはえげつなくなったな、七瀬」
「おい、広瀬って誰だよ……」
コッパがツッコミを入れる。最早ツッコミ役専門になってしまっている。
「まあ、それはお約束ってやつだ。それよりもだ、俺に刃を向けるからには七瀬だろうと容赦はしないからな」
「ええ、望む所よ」
お竜と浩平の目線が交差する。そしてその刹那、浩平が間合いを詰める……
カチッ
ちゅどーーーーーーーーーーーん
折原浩平は大型地雷を踏んだ。
折原浩平に24のダメージ。
お竜に29のダメージ。
「ぐおおおおっ」
「ぐっ……」
それぞれ、声にならない声をあげるお竜と浩平。
「あんた、何やってんのよ。このアホっ」
「そ、そんなこと言われても……」
爆発の威力で、服がぼろぼろの浩平、ドリフのように髪が爆発したお竜。
「もういいわよ、あんたと相手したあたしが馬鹿だった……」
そう言うと、お竜は道具袋から薬草を取り出した。
お竜の体力が25回復した。
「七瀬、俺にも一つわけて……」
「誰がやるか、ボケっ」
そしてお竜は、手に持った玉を破裂させた。途端に浩平の視界がゼロになる。
「お、おいっ、お前何をしたんだ……」
一人、視界を奪われおののく浩平。背後からヒョコという音と共にマムルが一撃を加える音も、だから浩平には聞こえなかった……。
第一回 テーブルマウンテン一階にて、マムルに倒される。
後書:私も最初はマムルに殺害されました(泣