Chapter1
君が教えてくれた、その儚さもその強さも……

―一―

「お花見?」

唐突な俺の提案に、みさきはきょとんと首を傾げる。

「新学期だろ? もうすぐ桜の咲く時期だからな」

「でも、満開になるには、もう少し後だってTVでキャスタが言ってたよ」

「ふっふっふっ、甘いな」

 俺は指を立てると、不敵な笑い声をあげた。

「桜の満開時に、のこのこ出かけて行くのは素人のやることだ。第一、その時期じゃむさいおっさんや柄の悪い兄ちゃんたちが集まってるだろ。通は、まだ三分咲きくらいの頃を狙うんだよ」

「へえ〜、そうなんだ」

 感心した様子のみさき。

 いや、そんなに感心されても困るのだが……。

「まあ、本当の所は人が少ないからなんだけどな。第一、花見と言っても桜に注目してる奴なんていないから」

 高校の時、俺は悪友の住井護、以下数人の友人を引き連れて、花見をやったことがある。もっとも、その時は酒がしこたま入って全員べろべろになり、帰って来たところを運悪く由起子さんに見付かってしまった。そこはずぼらに見えて結構物事に厳格な由起子さんのこと、こっぴどく叱られた。

 それもまあ、今では良い思い出の一つだが。

「ふーん、花より団子って奴だね」

 その話を聞いて、みさきはくすくすと笑いながら答えた。いや、それだけはみさきに言われたくないのだが……そう漠然と考えていると、みさきが言葉鋭く指摘した。

「浩平……今、私にだけは言われたくないって思ったでしょ」

 その言葉に、俺は体を思わず震わせた。

「そ、そんなことは無いぞ」

「それにしては、声が慌ててるよ〜」

 俺の反応で遊ぶようなみさきの言動。

 こうやって、時々俺をからかって遊ぶのが、最近のみさきのお気に入りらしい。

 俺にとっては、至極迷惑な話だが。

 けど、こうやって毎回手玉に取られていると、一歳という年の差というものが、やたら大きく見えてしまう。

 年齢の差は幾ら頑張っても埋め得ぬものだが、自分だって少しは成長したと思っている。

 それが、気付けばいつもみさきのペースに乗せられているようだった。何だか自分が情けなくなる反面、そんなやり取りも決して嫌いじゃなかった。みさきの元気な姿を眺めているのは、幸せな時間の一つだから。

「まあ、とにかくだ」だが、やはり限界というものもある。羞恥に耐え切れなくなった俺は、からかわれているという事実を誤魔化すため強引に話題を戻した。「もうすぐ春休みも終わりだし……」

 心の中で、入学式までの期日を数える。

 今日を含めてあと四日あった。

「それで、春休みで戻って来てるやつらとかも呼んで、久々にぱーっとやろうと思ってな」

「ぱーっと、だね」

「そう、積もり積もった嫌なことをぱーっと吹き飛ばすくらいにだ」

「浩平、なんだかおじさんみたいだね」

 みさきにそう言われて、俺は床に突っ伏した。

「まあ、とにかくだ」

 先程も同じようなことを言ったが、気にしない。

「取りあえず、日程をいつにするかだな。都合の調整とかもあるだろうし」

「そうだね。でも、誰を呼ぶの?」

「えっと、まず長森と由起子さん、澪に深山に……」

 俺は、今、この町にいるであろう人たちの名前を列挙していった。

 長森瑞佳と深山雪見の両人は、春休みということでこちらに帰省している。二人とも都内の大学に通っているが、東京で顔を合わせることはないらしい。大学が違うということもあるだろうし、片やアルバイト――親の負担を少しでも減らそうという考えで始めたのがいかにも長森らしい――の日々、片や大学の演劇部で舞台・脚本担当として同輩や後輩たちを追い立てまくっている深山。そこに大学の講義があれば、接点が生まれないのも当然といえば当然といえた。

 長森の方は今年、教育学部の二回生だ。授業内容は難しいと唸りながら、一つも単位を落としていないところに生来の気真面目さを感じる。きっと長森のことだから、過去問なんて参照せずに自力で勉強しているのだろう。

何故、長森が教師になろうと思ったか……その事情はよく分からない。俺がえいえんの世界に言っている間に散々悩み、そして出した結論だと言っていた。それ以上の深い部分は、何故か俺には語ってくれなかったが。けど、面倒見の良い長森なら、きっと良い教師になるだろうと思っている。勿論、口に出して言ったことはないし、これからも言う気はない。

 深山の方は、どういうことを学んでいるのか聞いたことはない。ただ、大学の演劇部でシナリオや演技指導と言ったことをやっていることはみさきから聞いている。

『雪ちゃんの演技指導は厳しいから、みんな大変だったんだよ』

『失礼ね、それじゃまるで、私が鬼コーチみたいじゃないの』

 面白半分で言うみさきに、むきになって反論する深山の姿が、何となく微笑ましかったような気がする。住んでいるところは離れても、電話で連絡を取り合ってるし、長期休暇になるとみさきに必ず会いにやってくる。電話でのやり取りもしているらしく、雪ちゃんの演技指導じゃ周りの人も大変だよと、冗談めかして話していた。

「二人は良いとして、由起子さんはどうかな? あの人、年中忙しそうだし、都合がつかないかもしれないけど」

「そっか……後は澪ちゃんだけど」

 澪は基本的には町内に住んでいるため、誘うのは簡単だろう。お寿司も出るよと言えば、喜んでついてくるに違いない。何だか、可愛い子供を攫って身代金を要求する誘拐犯のような気分を覚えたのは勿論、秘密だ。

「そうだな、本当はもう一人くらいいたような気がするんだが……思い出せないんなら、重要な奴じゃないんだろう」

 俺はそう言い切った。

 花見の次の日、俺は住井もこの町に帰って来ていたことを思い出すことになる。

―2―

 春の夕暮れ時に吹く、僅かに冷たく心地よい風。

 集まった人たちの、楽しそうな声。

 微かに香って来る、美味しそうな料理の匂い。

 皮膚に触れる、浩平の手の感覚。

 私は浩平、それに長森さん、雪ちゃん、澪ちゃんの五人とで、街はずれの高台にある、この町の桜の名所に向かっていた。

 日本では、桜の咲いた小高い丘は春になると名所になる。その色と香りを愛でるために、皆が桜の木の下に集まるのだ。

 桜を見ることは出来ないけど、木の上から微かに香って来る匂いと、降り注ぐ花びらの感触を、直接手で確かめることは出来る。

 味は余り美味しくないけれど。

 そんなことを雪ちゃんに話したら、呆れられたことがある。みさきらしい話だって。

 みんな私のこと、食い意地が張っているって思っているけど、そんなことはないと思う。

 浩平に一度言ったら、思い切り否定されたのは結構ショックだったりするのだけど、その次の言葉がとても嬉しかったので、今は別に食い意地が張ってると言われても良いかな、と思っている。言われないにこしたことはないけど。

「わあ、結構良い場所だね……」

 長森さんが、感嘆の声を上げる。

「そりゃ、俺と住井とで発掘した穴場中の穴場だ……と言っても、桜が満開の頃には相当集まるからあながち穴場とも言えないけど。まあ、半咲きの桜だってそれなりに風情がある」

 浩平が、自信ありげな声で答える。

「折原くんの場合、色気よりも食い気って気もするけど」

「うっ、まあ、そういうこともあるな」

 雪ちゃんの言葉に、浩平は少したじろいだ様子だ。

 私は既に浩平の真意を知っていたので、そのわざとらしい見栄に、笑い声をあげるのを必至で抑えなければならなかった。完全には上手く行かなくて僅かに漏れたけど、皆はしゃっくりと思ったらしくばれずにすんだ。

「でも、人ごみで押し潰されるのよりかは余程ましだろう?」

 浩平は必至になって弁論している。

「まあ、そういうことにしといてあげるわ。ところで……少ないわね」

 雪ちゃん、急に声を潜めて内緒話。

「えっ、これでも少ないか?」

 浩平が何を指しているのか、翳りのこもった声をあげる。何か重大な思案をしているみたいだ。

「ええ、多分。こういう場所では5割増しくらい食べるから」

「……まぢか?」

「……何、ひそひそと話してるのかな〜、浩平、雪ちゃん」

 気になってこっそり耳を欹て、何事か聞き取ろうとした私の様子に、握っていた浩平の手がびくりと震える。

「いや、何でも。ん、なんだ、澪」

 続いて、私の服の裾を引っ張るような感触。

 多分、澪ちゃんだ。

「ん、何だ? 今日は招いてくれてありがとうなの……だってよ、先輩」

 澪ちゃんは声が出せないので、スケッチブックで言葉を伝えている。けど、私は直接それを知ることができない。だから、浩平に間に入って貰っている。感謝の気持ちを表していることが分かると、今日の本当のホスト役を澪ちゃんに教えてあげた。

「今日の主宰は浩平だよ、澪ちゃん」

「そうなの? じゃあ浩平さん、招いてくれてって、それは分かったよ。えっ、お腹が空いた? 澪、お前みさきみたいなこと言うな……」

「あっ、ひどい、浩平」

 それじゃ、いつも私がお腹が空いたといって回っているみたい。

「早くお弁当? 分かったって。おーい長森、澪がお腹減ったってよ。みさき、お前ももうはらぺこだろ」

 散々、食欲魔人のようなことを言われて反論しようかとも思ったが、事実、お腹はペコペコだった。

「えへへっ、実はそうなんだ」

「全く……まあ、みさきはそうでないとな」

 嬉しそうな声の浩平。

 本当はちょっと引っ掛かる表現だったけど。

 私は何も言わず、浩平の手に力を込めた。

 それが、意地悪な彼に対するささやかな仕返し。

 ビニルシートに腰掛けると、席を駆け抜けるように強い風が吹き抜けていく。適度に冷たい風は、まだ咲き始めたばかりの桜の花びらを散らしていった。

 風を伝って、一枚の桜の花びらが頬をなぞる。

 それは、まるで私に話しかけてるみたいだった。

「ようこそ、桜の園へ」と。

―三―

 俺は絶句していた。

 長森は、みさきの食の進みをまるで怪物でも見るかのように眺めていた。

 澪なんて、半泣きになっている。

 唯一、深山だけが冷たい視線で、みさきを見ていた。

「うーん、空気が美味しいと食もはかどるね、浩平」

「えっ、ああ、そうだな……」

 思わず乾いた笑い声を浮かべる。はかどり過ぎだろという言葉を、俺はすんでのところで飲み込んだ。

『みさきさん、今日はいつもにも増して凄いの』

 澪が、そんな文字を俺に見せる。

 スケッチブック一杯に書かれた文字は、いつもにも増してという部分が強調されていた。文字が覚束ないのは、きっと恐怖で震えていたからだろう。

「だから言ったでしょ、足りないって」

「ああ、そのようだな。俺の読みが甘かった、認めるよ」

 深山の言葉に、俺は素直に頭を垂れる。

 今日、この場に持ち込まれた食糧は相当量の筈だった。長森の五段重ね弁当。深山の四段弁当。澪の三段重ね弁当。質も量も豊富な十二段重ねの豪華ラインナップを、みさきは簡単に突破してしまった。

 しかも、その表情はまだ満ち足りた様子ではない。矢でも鉄砲でも食べれるよといった、そんな表情だ。テレビでやっている大食い番組に出演したら、間違いなく優勝だろう。俺は改めてそう思った。

 きっと、胃や体の作りが俺たちとは違うのだろう。自分に言い聞かせて納得するしか方法はない。他に納得できる解答があったら、是非教えて欲しいものだ。

 吸収されたエネルギを、即座に排出するような、効率の恐ろしく悪い内臓器官の仕組みを……。

 そう言えば、一度、出す方の量はどれくらいかと聞いたことがある。怒ったみさきを宥めるのに、それから三日の時間を有しただけで、その疑問にエンドマークが打たれることはなかったが……。

「じゃあ、俺、食糧調達して来るから。確か、ここに来る途中にコンビニがあったよな」

「あっ、うん、そうだね」

 俺の言葉に、ようやく我に返った長森が言葉を返す。

 あのペースは、みさきの食の太さを知っている俺でさえ驚いているのだから、長森の硬直時間が長いのも、当然といえば当然だ。

「みんな、何がいい?」

『お寿司なの』

 澪が素早く俺の方に、リクエストを向ける。

「おっ、澪はお寿司か。他に何かリクエストは?」

「うーん、私は適当でいいよ」

 但し量は沢山、俺は心の中で付け加えた。できればみさきの好きそうなものを選ぶが、量の前に質が駆逐される危険性があるので迂闊に口には出せない。

「私も特にリクエストはないけど、但し変なものは買って来ないでね」

「幾ら俺でも、この和やかな会をぶち壊しにするようなことはしないぞ、長森」

 そう言いつつ、実は一つくらい奇抜なやつを買ってこようと考えていたので、俺は心の中で舌打ちした。流石は腐れ縁、考えなどお見通しと言うわけだ。

「深山、お前は?」

「そうね……適当でいいけど」

「適当って……じゃあ、最近出たキャベツジュースなんかどうだ?」

 一度、試しに飲んだが死ぬほどまずかった代物だ。青汁といいレタスジュースといい、青野菜をジュースにした商品にロクなものがあった試しはない。

「……却下」

 案の定、深山は顔色一つ変えずにあっさりと俺の意見を遮った。

 そして、重い腰を上げる。

「私も行くわ。彼に任せたら、何を持って来られるか分からないもの」

「ちょっと待て、さっきのは冗談だぞ」

「それに、荷物が多くなるから、もう一人くらいは必要でしょう?」

「……それもそうだな」

 みさきの分だけでも、両手に抱えるくらいの荷物になるだろう。そうなると、確かに一人では手に余るかもしれない。

「じゃあ、助っ人よろしく頼むぞ、深山」

「別に改まって言うほどのことじゃないでしょう。じゃあ、ちょっと行って来るから。みさき、お腹減ったからって桜の花を食べたりしちゃ駄目よ」

「うー、そんなことしないもん」

 みさきが拗ねたような表情を深山に向ける。

「前科者が言うと、説得力が無いわよ。じゃあ折原くん、行きましょうか」

「あ、そうだな」

 深山に引きずられるようにして、俺は歩き出した。

 人気のない道を、俺と深山で歩く。

 そう言えば、この組み合わせも珍しいよな……そんなことを考えつつ。と、不意に深山が声をかけてくる。

「ねえ、折原くん」

「ん、なんだ」

 言われて、俺は深山の方を見た。

 その顔は真剣そのものだ。

 眉間に僅かに皺を寄せて、まるで一挙手一投足を見逃さないとしているような、繊細で神経質な雰囲気を彼女は滲ませていた。

「これから一つ、質問するわ。出来れば、正直に答えて欲しいの」

「質問?」

「……あなた、一年もみさきをほったらかして、何処に行ってたの?」

 深山の言葉に、俺の足が止まる。

 一年というのはつまり……そういうことだろう。

「前にも言っただろ、ちょっとした病気で転地療養してたって」

「ちょっとした病気……ね。で、その病気って何なの?」

「それは……結核だよ。ほら、最近あるだろ? 薬が効かない結核って。確か耐性菌だったかな? で、薬が効かないなら、後は空気の綺麗なところで療養するしかないって言われて、それでだよ」

 転地療養と言って結核というのは古臭い考えだが、タイムリィな話題なだけに説得力はあると思っていた。

「……嘘でしょ?」

 が、俺の言葉を、深山は一蹴した。

「私は貴方と違って、離れ離れになってからもみさきとは連絡を取り合って来たわ。でも、結核で転地療養している恋人の話なんて一言もなかった。それどころか、好きな人が出来たかなんて話をすると、まるではぐらかすように話題を逸らしたりしてたし……」

 深山はそこまで言うと、更に厳しい顔で俺の顔を強く、そして鋭く見据えた。

「本当は何があったの? みさきを一年もほったらかしてまで何をやってたの? それよりも……私があなたのことを覚えてなかったのは、何故?」

 深山の言葉に、俺は何も言い返せなかった。絶句という言葉は、こういう時のためにあるんじゃないか……妙に落ち着いた頭だけが空転したタイヤのように、役にも立たないのに回っている。

「聞きたいのか?」

「ええ、是非ともね。それで、もし理由如何によっては……」

 深山の言葉に、俺は一つ溜息を付いた。今の彼女には、いかなる曲解も嘘も通用しないだろう。そんなことをすれば、平手打ち一発くらいじゃすまない。

 躊躇いというものを、体から追い出すために俺はもう一度溜息をついた。

 そして、話を始める……不思議な世界の話を。

「そんなことが……」話を聞き終えた深山は、ただ呆然としてそう言い返すのが精一杯だった。「そんなことって、本当に存在するの?」

「さあな、俺にも今もって詳しくは分からない。何故、そんな世界が生まれたのか……。分かっていないから、こんな説明しか出来ない」

 俺は、深山の驚く顔を初めて見た。まあ、誰だってこんな夢物語のような話をして、最初からはいそうですと、納得などできないだろう。

「納得したか?」

「そんなの、納得出来る訳ないじゃない。でも……否定できない。否定しようと思えば、どうにだって出来る筈なのに……」

「でも、そうだな。愛する女性を一年間も置き去りにしていたのは事実だ。いわゆる、極悪人というやつだ」

「……確かにそうね」

 俺の言葉に、深山は自嘲的な笑みを浮かべた。

「でも、その極悪人のお蔭で、みさきは強くなったわ」

「深山、さっきの話はもういいのか?」

「保留よ、保留。もっとしっかり、吟味する時間が欲しいわね」

 しかし、その口調に怒りや困惑といったものは含まれていない。納得はして貰えずとも、これ以上責め立てる気は今の深山にはないようだ。

「私の力じゃ決して変えられなかったことを、折原くんはあっと言う間に覆してしまったわ。みさきが進んで外の世界に出ようとし始めたのだって、多分、あなたの力なんでしょう」

 俺は、その言葉に弱々しく首を振った。

「いや、それは違う。俺がみさきにしてあげられたことなんて、ほんのちっぽけなことでしかない。俺はほんの少し、背中を押しただけだ」

「でも、それは鋼鉄の門のように重たいのよ」

 深山はそう言うと、更に言葉を続けた。

「折原くん、みさきをこれ以上悲しませることのないように」

「い、いきなり、何を言うんだよ」

 深山の改まった口調に、俺は思わず緊張してしまった。

「あの娘は、多分、折原くんが思ったよりも弱い……いや、繊細と言った方が正しいかしらね。些細なことでも、深く考え込んで、傷付いてしまう。普段のあっけらかんとした様子とは、全く逆」

 確かに、そんなところはあるかもしれない。

 何気ない仕草の端に見える、動作に表情。時折、どきりとするような言葉や思いを浴びせかけて来る。

「だから、あなたがみさきを守ってあげて」

「それは、言われなくたってそうするつもりさ」

「浮気したりしない?」

「勿論」

「みさきのこと、放り投げたりしない?」

「当たり前だ」

 今日の深山は、妙に変なことを聞いて来る。

 それにしても浮気というのは何なんだ?

 俺はそんなに甲斐性無しに見えるのか?

「折原くん、貴方って本当に馬鹿ね?」

「はあ? 深山、俺を馬鹿にしてるのか?」

「いえ、誉めてるのよ」

 深山は訳の分からないことを言うと、一人でさっさと歩き出した。

「あっ、早く行きましょう。みさき、桜の樹液でも吸いかねない様子だったし」

「え、ああ、そうだな」

 俺は深山の言葉の意味が全く分からず、疑問符を浮かべたまま、夜の道を再び歩き出した。

 何故、馬鹿だと誉めたことになるのだろうか? その応えは花見の席に戻るまで考えても出なかった。

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