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If more darkness and darkness in your mind,
bright season will come nearadays.
I hope this sound lights you and
your tendernesses brightly.
6月2日 水曜日
恋人を持った男性にとって、プレゼントを何にするかというのは多分、悩みの中でも最大級のものではないだろうか? 少なくとも、俺はそう思っている。
そんなもの、相手にさっさと聞いてしまえという人もいるだろう。実際に、そうしている奴だって沢山いるに違いない。
けど、俺としてはやっぱり素振りなしで突然にぽんと手渡して……愛する人の、みさきの驚きと喜びの顔を見てみたいと思うのだ。
天邪鬼? そうかもしれない。
だが、これは捨て切れない俺の性分であって……。
しかし、そうなると可及的速やかに考えなければならないことがある。すなわち、何を送ったら喜んでくれるかという、その一点だ。
花束、指輪、ネックレス、髪飾り、洋服、靴、一日焼肉食べ放題券。頭の中に様々なプレゼント候補が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
疲れてくると、みさきのことだから食べ物系で良いかなと思ってしまうのだ。けど、やはり女性なのだから団子よりは花と信じたいところもある。
「あーっ、駄目だっ」
プレゼントになりそうなものはないかと広げていた百ページほどのカタログを、天に向かって投げ捨てる。しかし、真上に投げたのははっきり言えば間違いで……。
カタログの角が、俺の眉間に突き刺さる。
「ぎゃああっ、いてええぇ!!」
咄嗟にカタログを手で払う。ベッドから落ちたカタログは引力の手によって何ページか読み進められた後、背表紙を表にして沈黙した。
しばらく痛みに悶えていたが、やがてそれと入れ替わるようにして虚しさが湧いて来る。
「はあっ、何かないかな。女性の心をぐっと掴んで離さないような、そんなプレゼントが」
独り言もすぐさま、部屋の中に拡散されて見えなくなってしまった。こういう時にはどうすれば良いのか……まず、過去を踏襲してみることにした。
去年、みさきにプレゼントしたのは……猫目石の埋め込まれたピン・ブローチだった。
その時は、高校は卒業したものの浪人生でとてもそんな余裕などなかったのだ。
今年なら、些細ながらも本物の宝石が入ったネックレスか指輪くらいなら買うことができる。
けど、宝石というのはやはり見た目を愛でるという印象が強い。現に、一部の裕福な女性はこれ見よがしに装飾品を身に付けているが、視覚的にアピールするという一面が大きいと思うのだ。それに、何と言ってもありきたりでインパクトがないように感じられる。
となると、もっと過去の思いでとなるのだが……思考は昔へと遡って行く。
それ以前のプレゼントとなると、クリスマスのプレゼント交換会用にと購入した、ちょっぴり奇抜な贈呈品の数々しか頭に浮かんで来ない。
まともなプレゼントとは疎遠な生活を送ってきた自身が嫌になるエピソードが、悪戯に成功してはしゃぎ回っている幼い頃の俺と悲しくも重なるのだった。
部屋に飾られた、月めくりのカレンダが更に俺の焦燥感を煽る。
カレンダが新しい絵柄に変更して二日目……つまり、期限は後三日。
誕生日自体はカウントできないのと、今が夜だということを考えれば、実際に店に赴いてプレゼントを選定する作業は実質明日しかできない。
だが、このままのんべんだらりと考えたところで妙案など浮かぶ筈もなかった。
何か、妙案はないだろうか? 或いはこういうことに詳しい人間はいないだろうか?
この時ほど、女性心理と自分の定型的思考が嫌になったことはない。
或いは……或いは……そう頭の中で復唱していれば、脳の方で勝手に何かの案を割り振ってくれるのではないかと期待してみる。と、一つのアイデアが過ぎった。
女性のことなら女性に聞け……という、有り難いお告げだった。
だが、女性と言っても誰に聞くべきだろうか?
由起子さんは今日も仕事が遅く、帰宅がいつになるかは全く分からない。
となると、俺の頼れるのは……頭の中にだよもん星人という言葉が浮かぶに至って、俺は素早く受話器のボタンを押して相手が電話に応答するのを待っていた。
繋がったのは、五コールの後だった。
――はい、もしもし長森ですけど。
「駄目ですよ、警察だったら三コール以内に出ないと……」
――浩平でしょう? 何か用?
「ぬうっ、一息で正体を見破るとはだよもん星人恐るべし」
――長い付き合いなんだから、声を聞いたら分かるよ……はあっ。
ちょっとした冗談のつもりだったが、長森にはお見通しだったようだ。わざとらしく溜息を付かれてしまっては、こちらとしても用件を切り出すしかない。
「……まあ、以下のようなことで悩んでる訳だが、何か妙案はないか?」
――うーん、みさきさんへのプレゼントねえ……やっぱり一度聞いてみたらどうかな?
「だが、やはりプレゼントというのは驚きがスパイスだろう」
――意味が分からないよ。でも、みさきさんだって欲しくないものを貰ったら嬉しくないでしょう?
「だから、同性として何か良いものがないか考えて欲しいんだよ」
受話器の奥から小さな息と、それから沈黙が伝わる。どうやら、長森は真剣に考えてくれているようだった。
しばらくすると、幾つかの品物を羅列し始めた。
――やっぱり、普通の女の子が……これはわたしの基準だから確かじゃないかもしれないけど。
――洋服とか人形とか甘い食べ物、後は綺麗な装飾品とか……それくらいかな?
「うーん、余り変わり栄えしないな。もっと、奇抜なやつはないのか?」
――浩平の尺度に合わせた奇抜は、プレゼントとしてはまずいと思うよ。
「いや、俺の基準じゃなくて良いから何か良い案はないか?」
――えっとぉ……うーん、後は花とかアンティーク、オルゴールとかそう言ったものかな。
――やっぱり、ありふれたものだけど参考になった?
花、アンティーク、オルゴール……オルゴールなんて良いかもしれないな。オルゴールの音色は俺も嫌いじゃなかったし、音ならみさきにも喜んで貰えるかもしれない。何より、感謝の気持ちとかそういうのを歌に表すというのは格好良い気がする。
「おう、参考になったぞ……やっぱりこういうのは男より女だよな、サンキュ」
――うん、参考になったなら良かったよ。それより、そっちの様子はどう?
「こっちの様子か? 長森の両親とはよく会うけど、二人とも元気そうだったぞ。俺はまあ……大学に入って慣れない授業や課題でうんうん言ってるよ。大体、一時間が九十分なんだぞ……寝ないでいるので精一杯だ」
――そうだよね、やっぱり九十分ってのは辛いかも……わたしは大分慣れたけどね。
「へえ、やっぱり年季の差か?」
――うーん、それとは違う気がするよ。よく、隣で根負けして眠ってる人とかいるもん。
「そっか、なら俺も堂々と眠って良いってことか?」
――それは違うと思うけど……。
「馬鹿、冗談だって。で、そっちの様子はどうだ?」
――こっちは……余り変わらないな。時々、友達と遊んだりバイトしたり。
――でも、大体は真面目に授業を受けて、家に帰ってから色々やるだけで手一杯。
――チャンネルはそっちよりも多いけど……やっぱり一人で見るのは寂しいかな。
「そっか……」
一人で寂しい……というのは、俺にも痛いほどよく分かる。特に都会での一人暮しだと、時々自分以外誰もいないような錯覚に陥るのかもしれない。誰も、自分のことを認知していない……それは、悲しいことだ。
そういうことも堪えて、長森は一人で一所懸命に何かを学ぼうとしている。
それは素直に偉いと思えた。
「頑張ってるんだな、長森は。じゃあ、俺も頑張らないとな」
――うん、ありがとう。浩平も頑張るんだよ、あとみさきさんを困らせたら駄目だよ。
「分かってるって。夏には帰って来るんだろ。また、皆で一緒にどこか行こうぜ。海か、山か、動物園でも遊園地でも……近くの公園で騒ぐだけでもよいから」
――分かった、楽しみにしてる。じゃあまたね、浩平。
「ああ、じゃあな。それと、ありがとうな」
受話器を置くと、ふと高校時代のことが思い起こされた。あの時は、まだお互いがどんな方向に進むかも漠然としたままに、そう言った自分に少しだけ不安を抱えながらも素直に笑い合っていた。
それが、今ではこれほどに道が違ってきている。
そのことに、俺は奇妙な郷愁を感じざるを得なかった。
6月3日 木曜日
オルゴール……と聞いて、俺が最初に訪れたのは玩具店だった。玩具などでブローチ型のオルゴールを見かけたし、オルゴールというのは玩具に属するものだと考えていたからだ。
しかし、いざ覗いて見ると俺の期待は大きく裏切られた。確かにオルゴールはあったのだが、キャラクタものばかりが並んでいたからだ。それに、プラスティック製の作りも甘いもので、すぐに壊れそうな感じがした。
駅前やデパートの玩具屋を幾つか周って見たが、目に叶うものは到底見つからない。
授業が四時間目まであったこともあり、既に時間は午後六時を少し回ろうとしていた。
このままではプレゼントが買えないなと、ブラブラ商店街を歩いていた時だ。ふと、こじんまりとしたショウ・ディスプレイの店が目に飛び込んで来た。
雑貨店だろうか、シンプルなデザインの食器やグラス、スプーンやフォークといった実用品に、ビーズや宝石のように見栄えの良いガラスや石などと言った装飾品などが並んでいる。中には手作りと思われる、動物の刺繍が施されたタオルやマット、ラベンダーやポプリなど香りの良い花を乾燥させたものの詰め合わせなども置かれていた。
その中の小さな一角に、合わせて十個ほどのオルゴールが並んでいる。それは、よく海外の番組に出て来るようなシンプルで落ち着くデザインのオルゴールだった。
見た目、どう考えても女性をターゲットとした店で装飾品もそれらしいものが揃っている。木製の柔らかそうな雰囲気と相俟って、男の俺には何となく入りづらい店だった。
しかし、ディスプレイから中を伺っているのも不審過ぎると思い、ゆっくりと中に入る。
ちなみにゆっくりと入ったことには何の意味もなかった。気恥ずかしさを誤魔化しただけだ。
「いらっしゃいませ」
カウンタ越しに、店番をしていた女性の声が投げかけられる。そんな必要はないのに、一つお辞儀をしてしまった。俺の変な姿に何か感じるものがあったのだろうか? 店番をしている女性は、笑いを堪えながら話しかけてきた。
「こんな店に一人で入ってくるってことは、恋人のプレゼントか何か?」
大当たりだった。というか、そういう客が結構多いのかもしれない。
「ええ、そんなところです……で、あれなんですけど売り物ですか?」
オルゴールの置いてある棚を指差すと、女性は大きく頷いた。
「非売品と書いてない限り、並んでいるものは全部商品だよ。で、オルゴールを送るんだ……ふーん、で、どんな曲を贈る気なの?」
どんな曲か……そのことを聞いて初めて、俺は曲について失念していたことに気付く。オルゴールを贈るのが良いアイデアだと考えていただけで……。
「考えてなかったんだね……まあ、ありがちと言えばありがちだけど……」
ありがちということは、俺の他にやった奴がいるのだろうか?
「……じゃあ、幾つか質問をするからこちらで選ぶってのはどうかな? その曲を聴いてあなたが気に入ったならそれを買う、気に入らないなら別の店を探す」
「えっと、じゃあそれでお願いします」
CDは割と良く聴く方なのだが、オルゴールについては無知だ。だから、その申し出は俺にとって非常に有り難いものだった。
「あなたの恋人は、明るい曲が好き? それともしっとりとした曲が好き?」
「うーん……明るい曲の方が好きだと思う」
これは俺が勝手に思ったことだが、間違ってはいない……と信じたい。
「あなたはその人のこと、一生幸せにできる自信がある?」
「……はあ!?」
「質問に答えること……イエス? ノー?」
「あ、えっと……イエス」
何か、とんでもないことを決断させられたのかもしれない。そう思った時には、もう答えを言ってしまった後であった。
女店員の探るような笑顔に反比例するようにして、胸を掻き毟りたくなる程の恥ずかしさが全身を苛んで離さない。
そんな俺の様子を他所に、店員の女性はカウンタから出てオルゴールの棚に向かう。それから少し探した後、一つのオルゴールを選び取った。
赤を基調とした色彩で、横面には製造年月日と作詞者の名前が刻み込まれている。
蓋を開けると音楽が鳴り出すシンプルな構造で、正面にはこう刺繍してあった。
If more darkness and darkness in your mind,
bright season will come nearadays.
I hope this sound lights you
and your tendernesses brightly.
(もし、深い闇があなたを満たしたとしても)
(輝く季節はきっと訪れる)
(願わくば、この旋律があなたと大切な人に明るい光を灯しますように)
それから、オルゴールの螺旋がゆっくりと巻かれて行く。開け放たれた蓋からは、アップテンポだが染み入るような曲が流れ出した。
オルゴールに書かれている通り、どんなに暗い思いに包まれていたとしても、この曲を聴くと輝く季節というものを信じられるような……そんなリズムだった。
紡がれる旋律に、目を瞑り耳を傾ける……とても良い曲だと思えた。
ワンコーラスを聴き終えると、オルゴールの蓋は静かに閉じられる。
「どう、良い曲でしょう?」
「……ええ、そうですね」
ワンテンポ遅れてから、深く頷く。オルゴールというシンプルな楽器が持つ魅力というものを、俺は今更ながらに感じていた。
店員の女性は、オルゴールをどこから見てもプレゼントに見えるようラッピングしてくれた。ストライプ模様の綺麗な包み紙に、スカイブルー色のリボンが気持ち良く映えている。
俺は代金を払うと、最後に小さく頭を下げた。
それに対して彼女は、ウインクと共にこう言ったのだった。
「じゃあ、頑張ってね。それと、その曲に負けない位の輝く季節が、訪れるように祈ってるわ」
その言葉は、何だか妙にくすぐったくて……店を出てから、俺ははあと息を付いた。
輝く季節、その明るさと優しさは帰路へと着く俺の足取りを自然と軽くする。ともあれ、これで対策は万全と胸を撫で下ろした。