人を傷つけるなんて容易だ

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例えば、Aさんの作品を佳作といい、似たような作風のBさんの作品を傑作だと評価したとします。


どちらも褒め言葉であることに変わりはありませんが、もしかしたらAさんは『自分の作品は傑作じゃないんだ』と、落ち込み、傷つくかもしれません。またBさんは『この程度で傑作だなんて!』と、そういう屈折した類のものですが、やはり傷ついてしまうかもしれません。


そんな屈折した! ということを言われる方は今月に発売された『おおきく振りかぶって』の10巻を読んでください。正に私の述べたような傷つき方というものが描写されていますし、AもBも良いけどBのほうが優れているよね、的評価によって傷つけられる事象というのは、一般にもいくらでも転がっているはずです。


つまらない、という言葉を無くしただけでは、傷つけることを止めることはできません。もし本気で作家を傷つけたくないと思うならば、Web感想書きにできることは二つだけです。


一つは『本の感想を書かず、報告だけにする』というもの。もう一つは『Web感想書きをきっぱりやめる』ことです。兎に角、二人以上の作家を比べるようなことを、例え思いの外であっても、決して行ってはいけない。それだけが、作家をWeb感想から守る唯一の方法です。


繰り返しますが、ネガティブな感想を止めただけで、作家を傷つけることを止めることはできません。人間はおおよそありとあらゆる思考によって傷つき、また傷つこうとするものなのですから。



もちろん、負の意見を書かないにこしたことはないし、上の言葉を免罪符にしようという気もさらさらありません。ただ、負の反応をやめたからといって、それで全てが解決する的な議論、言説のみがまかり通ってきた感があるので、敢えて別の切り口から述べてみました。


そしてもう一つ、私は比べたいし、良いものを選択したい。そのためならば十分に配慮した上で、これは駄目だと書くことも辞さない人間だということは、覚えておいてほしいわけです。



ちなみに一ヶ月以上もの私心的な発言になりますが、私は評価の厳しさで言うと『見知らぬ人の書いたもの>>>知り合いの書いたもの』となります。


例えば、私の知っている人がライトノベルでも何でも良い、作品を出版することになったとしましょう。その親しさ、人格に鑑みて本に手を伸ばすとは思いますけれど、だからといって作品と繋げて考える気はさらさらありません。それどころか、自分の甘えを鑑みて、厳しいものになるはずです。


寧ろ親しい人にこそ『作家なんて多少は傷ついたほうが良いんだよ』と言う人間ですよ。傷つき打たれ、克ってこそ新たな高いステージにいけるというのが心情ですから。


まあ幼い頃、虐められていてそうすることでしか向上心を保てなかったゆえの持論であり、他の人にすべからく適応すべきなのかは分かりません。多分、そうではないのでしょう。


ただ逆に、度に過ぎて苦しんでいる場合、先頭に立って守りたいとも考えます。成長できる程度の傷つき方ってのはあり、それは親しい人間が割と頻繁に気を配るべき問題であると思うからです。



まあ簡潔に述べると、厳しいのでしょう。

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