仮面の男さんは良い加減、もさもさになりすぎた髪の毛を切りに行ったんですよ。ばっさりやっちゃってくださいと指定したら冬にしては寒々しいほどの後ろ髪となりましたが概ね後悔はしておりません。年末付近、私と遭遇する方はすっきりとした髪型の新・仮面の男さんを堂々お見せすることができると思います。素晴らしいことですね。
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私の髪の毛がどうチェンジしたかは非常にどうでも良いことであり、主題は散髪してもらった理髪店での、ラジオ番組。私はうつらうつらしながらその番組を聴いていたのですが、その日ゲストに招かれていたのが広瀬香美で、女史の選ぶウィンターソングランキングなる企画をやっていたわけです。
彼女がベストに挙げたのはワムの『ラストクリスマス』――1984年に発売され日本でもクリスマスシーズンになるごと流される定番中の定番曲、最近ではEXILEがカバーしたことでも有名ですね――です。
あれだけ冬の歌をリリースしているだけあってベタなところをついてくるなと最初は思ったのですが、次の彼女の言葉に私はどきりとさせられました。
『わたし、基本的にこの曲って嫌いなんですよね』
嫌いならば、どうしてベストに挙げるのだろうと疑問に思いながらその経緯を聞き、仮面の男さんは俄に感銘を受けることとなったのでした。
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広瀬香美曰く――『この歌は米国に留学し、作曲の勉強に励んでいるとき、不意に飛び込んできた自らの求める完全な理想系であった。初めて聴いたとき思わず涙を流さずにはいられないもので、そのコード回しの完璧さに打ちのめされた』とのこと。
そして彼女は更に曰く――『毎年クリスマスになる度、自らが超えるべき壁をいやがおうにも突きつけられる。曲をリリースするたびに、その壁を意識させられる。だから好きであると同時に嫌いな曲でもある』のだと。
彼女の矜恃を聞き、数多ある行為の中で創作だけは例外的に、目標を想定しうる限り最も高いところに置くのが上策なのかなと思ってしまったのでした。
そういえば作家のインタビューなどを見ていても、一線級で活躍している方は目指すべき目標、設定すべき壁が高い場合が多いように思われます。手の届くところにある驚きなどに焦点を合わせては、万人を驚かせることなど到底出来はしないということなのでしょう、きっと。
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これから何らかの創作行為に手を染めようと考えている方がいたら、まずは出来うる限り高い壁を己の中に想定するべきなのかもしれません。見上げることが苦痛なくらいの壁を定め、しかしことあるごとに対峙することで、創作意志を研ぎ澄ませることができるようになるかもしれません。
もっともその壁にぺしゃんこされる場合もあるので、あるいは自分の創り出すものに多少なりとも自信がついてからでも良いのかもしれませんね。ちなみに仮面の男さんは始めてこの方、そんな自信など持ったことは一度もない! ありはしないのだ!
既に何らかの創作行為に手を染めている方がいたら――お前の定めたその壁を信じろ! としか言いようがありません。その壁がいと高かりしことを祈ります。