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約一年半ほど前に『わたしを離さないで』を読み終えて以来、刊行順に遡行する形で読み進め、ようやく処女作にまで辿り着きました。読み終えたのは月始めだったのですけれど。
他の著書と同様、物語は一人称を基調とした、実に淡々とした語りで進んでいくのですが、当事者たちは皆が皆、幸せや満足を口にするというのに、おそるべきまでのやるせなさと閉塞感を覚える物語でした。
派手なドラマがあるわけでもなく、感動的な結末があるわけではなく、今の状況が、そしてこれからの行く末が淡々と、はっきりされない形で語られるだけなのですが、それだけに登場人物を横たわる深い陰影がくっきりと浮かび上がってくるような印象があります。
話は主人公が日本で主婦をしていた頃、英国に流れ二人の子供を育て終えての晩年、二つの時間軸で展開されるのですが、特に英国に渡ってからの主人公のパートは、一度読み通してから再読すると物凄くきつい。
人生の破綻を辛うじて回避した主人公が、しかし容赦なく別の意味での破綻を突きつけられ、諦観のままに余生を過ごすさまには半ば肌に痛々しさを感じるくらいです。『わたしを離さないで』の主人公といい、カズオ・イシグロの書く物悲しさは、この頃から既に相当、極まっていたのだなあと思わされる一冊でした。
ただ、氏お得意のユーモアとすら感じられる絶望的なディスコミュ描写はここで既に健在だったのかと思う一方、そういった会話がストレスのためのストレスにしかなっていない部分があって、若干読みにくい……というか、読んでいて辛い部分はありました。続く浮世の画家、日の名残りと、一作を経るごとに怖ろしくレベルアップしているのが、逆順に読むと良く分かります。
その後『充たされざる者』で不条理を突き詰め、『わたしたちが孤児だったころ』で大衆向きの分かりやすさを狙い、日の名残りまでのメインストリームに合流して著された集大成が、最新作の『わたしを離さないで』なのでしょう。