『人間の土地』[サン・テグジュペリ/新潮文庫]

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先日、伊坂幸太郎の『砂漠』という作品を読み――こちらは次の機会で触れます――まして、その中で強く取り上げられていたので、キープしてあったものを本棚から引っかき回し、取り出して読んでみました。

この作品は『夜間飛行』や『南方郵便機』で作家としてその名を轟かせていた作者が、もう一つの勤めである民間郵便飛行について綴った一種の随筆集となっています。といってもまだ飛行機産業自体が黎明期であり、そのために先駆的な行動、冒険を余儀なくされるため、そのつれづれはまるで物語かそれ以上の、波乱と驚きに満ちています。まるで作者自身を主人公として紡がれた物語のようであり、しかしその中には作者の矜恃や思想がきら星のように満ちています。人と人を繋ぐ郵便物を扱うゆえの、先駆するゆえの、そして国と国を平然と超えるゆえの、ヒロイズムじみた責任感と志の強さは、自他共にへたれである私には少々眩しすぎるくらいでした。それらが時にはシンプルかつ染みる言葉遣いで、時には詩人さながらの叙情をもって語られるから、余計胸に迫ってきます。

その内容も多岐に渡り、先駆者として危地に入ったものの窮死を鼓舞するように語ったかと思えば、その英雄的な死があくまで淡々とした敬意を込めて語られていたり。そして先に語られたことの集大成として語られる、砂漠での体験。その中での彼の叫びのような心の丈が、サン・テグジュペリという人物を何よりも雄弁に語っていた気がしました。

なぜぼくらの焚火が、ぼくらの叫びを、世界の果てまで伝えてくれないのか? 我慢しろ……ぼくらが駆けつけてやる!……ぼくらのほうから駆けつけてやる! ぼくらこそは救援隊だ!

ここまで転倒して、しかし格好良い言葉を私は他にしりません。

本著では民間郵便飛行士としての作者の生き様、そこから生まれた思索の他に、創作に関する非常に示唆深い一言があります。

完成は付加すべき何ものもなくなったときではなく、除去すべき何ものもなくなったときに達せられるように思われる。

作者は機械の完成について述べているのですが、しかしこれはおそらく氏の創作観念にも当てはまると思います。他の作品を読まれた方なら分かると思いますが、サン・テグジュペリはそうして小説を仕上げる作家だからです。そうして磨き上げられた『夜間飛行』の、文章と物語の峻厳さと美しさときたら!

随筆としての手応えと同じかそれ以上に、氏の創作観念を垣間見ることができたゆえ、私にとっては余計に感慨深い一冊でした。私はどんなことにしてもだらだら書いてしまう人間なので、夜間飛行を最初に読んだときは本当に衝撃だったんですよね。研ぎ澄まされ、磨き込まれた言葉、文章ゆえの力強さ、謹直さ。私は言葉を弄しているだけだと気付かされたあの絶望感。

私の仰ぎ見る壁の一つなんですけど、本著を読んでそのことを再認識した感じ。本当、こんな風に書けたらなあ。

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