『エンジン・サマー』[ジョン・クロウリー/扶桑社ミステリー]

Misskey Mastodon

[tmkm-amazon]4594058019[/tmkm-amazon]

復刊するという話で耳たこだった私の目に唐突と飛び込んできたこの一冊。そりゃあ読まないわけにはいかないのだった。

本作は過去の文明(20世紀程度~)が伝説となるような遠未来を描いているのですが、しかし物質的な凋落については端々に仄めかされるのみであまり筆を割かれていません。メインとなるのはかつての栄華とその盛衰により、星の主権者であった頃の性質を失い、いよいよもって種の黄昏に差し掛かる、その凋落についです。

そのことは何ものにも染まらぬ語りをもたらす聖人になることを夢見た少年の物語として語られるのですが。前半の穏やかで甘酸っぱい雰囲気から一転、旅する少年が所々でその凋落に巻き込まれ、その度に喪失を経ていく過程の描写は幻想的な中にも何とも痛ましい。特に以前の彼女ではなくなってしまったにも関わらず、必死に元の彼女を追い求めようとする(だからこそ、彼女に起きたことの真実が分かったとき、尚更痛ましいのですが)辺り。遠未来の独特な描写――過去の遺品や事実が曲解されて理解され、伝承されていく滑稽にも似た――と同様かそれ以上に、主人公と出会うものたちのすれ違いが、印象的なやり取りによって開陳され、世界に住まう人類の寒さを強調していて。その一つ一つが目を瞠るくらいに巧みなのです。

そしてラストで明らかになる真実。

既に黄昏れてしまった人類の時代に、微かな光を知りながら永遠に再生され続け、忘れ続けていく、物語としての主人公は何とも切ないものがありました。そして最早、物語は力なく、ただ天使を慰撫するものでしかない。

あるいは語ることが力となる、最後の時代(確定ではありませんが、春は来ないと嘆く主人公の言説からするにおそらく)を生きた少年の話と言えるのかもしれません。

素晴らしくももの悲しい気持ちを起こさせる作品でした。しかし一読ではまだ読み切れていないところもあるでしょうし、いずれ再読しないといけないなとは思います。

小説感想
シェアする
Misskey Mastodon
仮面の男をフォローする
活動報告
タイトルとURLをコピーしました