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先月の末、作者の未完にして遺作となる『覇者と覇者』が発売されたわけですが、ふと『裸者』『愚者』を除けば数作しか触れていないことに今更ながら気付いたので、丁度良い具合に文庫落ちした本著を手にとってみました。
あらすじを見ると、この作品はごく普通の小学生が異世界に迷い込む、ジュブナイルのように見えますし、私も最初はそのつもりで読んでいたのですが、しかしそんな生温いものを打海文三が書く訳がなかった。
この作品は元の世界とほんの僅かな差異だけを持つ異世界がゆえ、その相似に苦しめられ、その相違に苦しめられ、そのために訪れることのなかった少年時代を、死の臭いと共に振り返る一人の少年の物語です。死の臭いのする女性に溺れていく一人の男性の物語です。
彼のやってきた世界に刹那な救いはあっても希望はなく、笑顔はあっても故郷はなく、家族がいても家族はなく。どうしようもなく堕ちていく様が氏らしい淡々さで、心を刻むような筆致で描かれていくのです。胸苦しく、しかし美しく、読んだ後にどうしようもない気持ちにさせられる作品でした。
主人公こそ少年ですけど、寧ろ読み手の年齢がある程度高いほうが実感の伴う内容なのではと思います。事実、主人公とその愛する女性がラストで辿り着いた、老境の諦念にも似た境地を、私は本当に朧気にしか理解できませんでした。こうではないかと推測するものはあるのですけれど、あまりにも慎ましく、痛ましい。
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それにしても異質なものに押し潰されていく一連の描写といい、その中で精一杯立とうとするつかの間の微笑ましさといい、ままならぬ人の機微といい、よくもここまで淡々と、難しい言葉、気取った言い回しを使わずに情感たっぷり描けるものです。作者のように小説を綴れる作家を私は知らず、それゆえその孤高、逝去が偲ばれてならないのでした。